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短編4『夜の語らい』part1

 今夜も星空が綺麗だ。最近なんだか無性に星空を見たくなる。

 四月。風はまだ冷んやりしているけど、白い息が出る刺さるような寒さではない。昼間の空気は春の訪れをはっきり感じられる。今はその春が寝入っているのを見計らい、夜の間だけ冬がコッソリと帰ってきた、そんなところだろうか。


「いやいや」


 俺はずいぶん詩的なことを考えるようになったな。

 なんとも『らしくない』発想に思わず笑ってしまう。まだまだセンチな気分は無くならないのだろうか。

 そんなことを思っているとゆったりと風が吹いた。別段寒いわけでもないが、俺はその風に釣られて当たりを見回してしまった。風に乗って独特な匂いが漂ってきたのだ。独特というか、はっきりと苦手な匂い……これは、タバコの煙か?


「Elen síla lúmen' omentielvo.トールさん」

「うぉっ?」


 突然の声かけに驚いて声のした方を見れば、これまた驚いた顔のリーフがいた。


「すみません、驚かせてしまいましたね」


 驚くわ。声そのものにも驚いたが場所にも驚かされる。リーフは我が家の屋根に腰掛けていたのだ。


「いや、大丈夫……え、いつからそこにいたの!?」

「ふふふ、トールさんがいらっしゃる少し前からですよ」

「そうなのか。眠れないの?」

「そのお言葉、そっくりお返ししてもよろしいですか?」


 リーフが珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 当方、不眠の経験あり。そりゃあ心配にもなるか。


「いや、晴れてるから星が見たくてね。寝る前に少し外に出ただけだよ」

「それを聞き安心しました。わたくしも同じようなものです。そして、星空を肴に一本だけ」


 そう言って持ち上げた左手の指先からは、ゆったりと白い煙が上がっている。なるほど、先程風に流されて漂ってきたのはリーフの吸っていたタバコの煙か。

 副流煙じゃん、やだな。

 リーフはそのタバコを口に咥え胸を膨らませる。呼応するように橙色の灯火も力強く輝いた。

 タバコを吸うリーフはなんとも絵になる美しさだ。ネグリジェから伸びる白い足を組み、星空を見上げたまま煙を楽しむ様は美しさと格好よさが同居した独特の魅力に溢れていた。タバコ自体は嫌いなのだが、今のリーフはいつまでも見ていられると思えた。

 スーツとか似合いそうだな。キャリアウーマンっぽくなるか、はたまたマフィアの女親分になるか。煙管(キセル)を持って花魁(おいらん)の衣装を着たらさぞや絵になるだろう。

 気遣ってくれたのか、リーフは風が止んだタイミングを見計らい俺とは反対方向に顔を向け煙を吹くと、手に持っていた携帯灰皿で火種を押しつぶした。そのまま軽々と身を乗り出すと音もなくバルコニーへと着地する。バルコニー用のサンダルを履いてこちらへと歩いてきた。

 そういえばリーフはいつも足音を立てないし気配も巧みに消しているような気がする。戦場に立っていた話をよく聞くし、今更驚くことじゃないけど。


「お隣、失礼しますね」

「どうぞ」


 このルーフバルコニーにはバス停にでもありそうなベンチが置かれている。ぼんやり夜風に当たるときのために軽トラで持ってきたのだ。


「相変わらず身軽だね」

「ふふ、昔取った杵柄というものです」

「みんな慣用句とか使いこなしてるなぁ」

「学ぶというのは楽しいものですから。トールさんも、学ぶことがお好きで勉学を続けようとお考えになったのでは?」

「ああ、高校と大学のことか」


 ちょうど今日、彼女たちに日本の義務教育について説明したのだ。俺は義務教育の後も高校へ通い、次は大学へ進学予定だったというのを解説した。


「いや、勉強は……どうだかな。好きではないなぁ。高校に行ったのは皆が行くから。それにすぐ働こうって考えもなかったからね」

「ルルさんに調べていただきましたが、在りし日のこの国の大学進学率は50%、資料によっては60%を越えていたとか。素晴らしいことです。平和であり国が豊かでなければ学ぶことはままなりません。貧しさ故に子供であろうと労働、ひどいときは戦場へと駆り出されることもありますから。トールさんにとって当然のことも、わたくしから見たら幸せなことなのです」

「そうなのかなぁ。まあ、大学には行けなかったけど」

「ああ、すみません」

「え、いや、謝んないでよ!ぜんぜん気にしてないし」

「お気遣いありがとうございます」


 自分の中では既にケリはついているから、叶わなかった大学生活を話題に出しても何も問題ないし。

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