短編3「リーフwith刃物」part4
「ところでオリサ、困ったことがある」
「どしたの?」
「俺、さっきの牛食いたくない……」
「あたしもだよ……」
「牛って頭がいいんだな」
「あたしたちでコレなのに、なんでリーフちゃんはお喋りしてるのに食べられるんだろうね」
しかも笑顔で。
「エルフは心が強いんだろうな」
「うん……」
加工場の前まで来たところで二人とも足が止まった。
「よし、リーフが出てくるまで待とうか!」
「そだね!今日もいい天気だねぇ」
「だな、すっかり春だな。今日もみんな元気でサイコーだな!」
なんだこの会話。なんだこのテンション。
俺もオリサもこの場所には苦い思い出があるから無理やりどうでもいい会話をしているが、さて困った。というか、そもそもずっとここで待つ必要ないんじゃないか?夕飯の時にリーフに相談して、明日切ってもらえばいいわけだし。
そんなことを考え、帰宅を促すためオリサに声をかけようとしたら背後で扉の開く音がした。
「お二人とも、こちらにいらっしゃるのは珍しいですね」
「リーフ、作業は終わったの?」
振り返り扉から姿を表したリーフを視界に入れた瞬間、俺は振り返ろうとするオリサの前に立ちはだかった。
「ちょ、トール、何さ?」
「見ないほうがいいぞ」
「ああ、すみません。ちょうどミントちゃんを解体したところでして。ちなみに、ミントちゃんはヤギですよ。ふふ」
「トール、ありがと……」
この短いやり取りで俺が何を隠したのか伝わったらしいオリサは、目を閉じたまま慌ててリーフに背を向けた。
前にも思ったけど、食べる動物に名前付けんなよ……。
「ちょっとリーフに聞きたいことがあってね。ただ、なんていうか、すごい格好だね」
「ええ、特別大量の血が飛んだわけではありませんが、エプロンが真っ赤ですし、驚いてしまいますよね」
そうだ、今度スーパーの鮮魚コーナーの裏を見てみよう。魚屋さんが使っているような、黒いゴム質なエプロンをプレゼントするといいだろう。大量の血がついただけでなくそれが乾燥して真っ黒になった元は白いエプロンなんて見たくはない。しかもフリル付き。更には、現在は鮮度抜群の鮮血まで付いている。オリサが見る前に体が動いてよかった。
「それじゃ、なんでもないから俺たちはかえ」
「トール、ちゃんと聞こうよ」
「へい」
目の前のリーフに早々に怯えてしまった。
「何でしょうか?」
「リーフって散髪できるかな?無理?しょうがないね、ルルに頼もうと思うよ。じゃ、またね」
「あの、髪を切るくらいでしたらできますが。トールさんの髪をお切りすればよろしいのですよね。散髪用のハサミが手に入れば今すぐにでも可能です。たしかに、随分伸びたように見えますね」
ちくしょおぉぉぉ!!
できんのかよぉぉぉ!!
「よかったじゃん」
他人事だと思って……。一番会いたくないタイミングのリーフに会っちまったから、さっさと撤収したいのに。仕方がない、覚悟を決めろ。
「ありがとう。それじゃ、リーフの手が空くタイミングで近所の床屋に移動しようか。道具は全部あるはずだし」
「承知しました。すぐに行けますので、早速移動しましょうか」
「よかったねぇ」
こいつ気楽に言ってくれるな。
「とりあえず、エプロンは外してくれるかな」
「ああ、これは失礼いたしました」
そう言ってエプロンを外し建物内に置きにいった。
「たぶん、もう大丈夫だぞ」
食肉加工場に背を向け額にうっすら汗を浮かべたオリサに声をかけた。トラウマをあまり刺激せずに済んでよかった。
「ありがとうね。頭撫でてあげたい気分」
「いいよ、別に」
「お待たせいたしました。では行きましょう」
リーフはいい奴なんだがなぁ、本当に。




