短編2「神の戯れ」part3
「ど、どうした、お主ら?きょ、今日は特別なんじゃ。無礼講だぞ」
「無礼を働く側の発言じゃないですよね。俺がどんな想いで着替え中のオリサを抱きしめたかわからないみたいですね」
「ず、ずいぶんいい想いをしているじゃないか、なんてな・・・」
ようやく俺たちの様子に気づいたらしい神様がうろたえだした。だがうっかり死なせるわけにはいかない。自分たちまで死んでしまう。
「なあオリサ。俺はあの白い髭が気に食わないんだ」
「わかったよ。『緋色のオリサ』が毛根まで焼き尽くしてあげる 」
一心に神様を見据え、オリサが頼もしく頷く。力強い肩を軽く二度叩いた。
「今度こそ首を刎ねていいか?」
「斧は殺傷力高すぎだからやめておけ。ところでこの前少しだけ教えた空手の腕はどうだ?」
「お前から話を聞いただけで練習もしていないが、今なら最高の手刀が出せそうだ。見ていてくれ」
ルルの頭を撫でながら素手の戦いを促した。弟子の成長を見守ろう。
「リーフ、二人が死なせないよう見ていてやってくれ。死なせなければ何をしてもいいさ」
「お任せください。相手が神様であろうと、お仕置きが必要だと考えていたのです。初めてですよ。わたくしの家族をここまでコケにしたおバカさんは」
リーフの広い背中をパシッっと叩き、監督を頼んだ。
「なあお主ら、悪かったのは認める。もう終わりにせんか?なあ?」
「仕方ないですね」
やれやれといった顔で神様と向き合った。
「それじゃ今回の件は水に流しましょう」
「おお、それがいい!」
「というのは、嘘です」
俺の発言を受けてルルが飛び出した。
「シャっ!」
残念ながらルルの奇襲の手刀は空を切る。
「はぁっ!」
「あ、アチチチ!やめろ!」
オリサの杖から神様の顔めがけて炎の槍が飛び出し、それを紙一重で回避する。
「オリサさん、無念でしょうがもう少しだけ火力を弱めてください。ルルさん、オリサさんが隙を作ったら一気に距離を詰めるのです」
「しょうがないな!」
「わかった!」
いいぞ、みんなやってやれ。必死に逃げ回る神様の悲鳴、前衛と後衛のタッグの気合の籠もった声が繰り返される。
まったく、本当にどうしようもない神様だ。
それにしても、さっきまで疲れ切って自分じゃ何もする気が起きなかったが、だんだん腹が立ってきた。俺も一撃ぐらい入れても許されるんじゃないだろうか。うん、いいだろう。因果応報だ。そう自分に言い聞かせ、俺はシャツを脱いで上半身裸になった。次いでストレッチ。急に動くのは体を痛める。特に関節と靭帯。
準備運動の最中も周囲では同じような音が聞こえてくる。神様はオリサ達の心を読んで上手く逃げ回っているのだろう。次に俺の近くを通ったとき、得意技を浴びせてしまえ。
「と、透!わしが悪かった。彼女らを止めろ!お前の言うことしか聞かん!」
期せずしてチャンスはすぐに巡ってきた。背後から神様が近づいてくるのを感じる。頭の中でイメージをする。大事なのはいつも通りを意識すること。余計な力を込めないこと。
集中。
深呼吸。
1〈ワン〉
2〈トゥー〉
3〈スリー〉
今だ!
振り向きながら神様の顎に向け得意の上段回し蹴りを放つ。タイミング、コース共に良し。
俺のことはノーマークだったようで驚いている。回避は不可能だ。一撃ぐらい良いだろう。怒りの波に乗る俺の蹴りを喰らえ!
「はい、スト~ップ」
確実に神様の顎を捉えていたはずの俺の足に急制動がかかった。
「うおっ!」
俺の意思に反し、突然右足が空中に固定される。何者かが俺の足を掴んでいるらしい。
「放しますよ~」
軽くパニックを起こしていたら聞き覚えのある声と共に足が自由になった。
「天ちゃん!?」
俺と神様の間には、いつの間にか我が家の友人が立っている。いつ現れたのかまったく気づかなかった。
「トールくん、どうも、おはようございます。世界中の紳士淑女に、緊急事態につき以下略!上司の危機を察知して馳家に馳せ参じました、天ちゃんです。馳家に馳せ参じましたよ!ふふふ」
「おお!さすが我が部下じゃ!」
つまらない洒落を言って笑っていた天ちゃんだが、救援の登場に神様が喜色満面の声を上げたのを聞いて苦々しい顔に変わってしまった。
「『さすが我が部下じゃ!』じゃないっすよ!なんで朝っぱらから追いかけられてるんすか!あ~、ルルちゃん、オリサちゃん、何か理由があるのはわかるんすけど、ごめん、ちょぉぉっと待ってくれないっすか。お願いだから、ちょいとばかし上司と話をさせてください」
神様を追いかけ回していた三人が立ち止まる。水入りだな。脱いだシャツに手を伸ばしつつ、仲間に声を掛けた。
「仕方ない。ここは天ちゃんに任せよう。みんな、お疲れ様」
「まったく気が晴れていないぞ。ああ、まったく!」
「もー!心読まれちゃってぜんぜん当たんなかった」
「いい蹴りでしたね。当たらなかったのが残念です」
「天ちゃんにはアッサリ止められちゃったけどね」
リーフからは褒められてしまった。自分でもなかなかいい感じの蹴りだと思ったので、そう言ってもらえて嬉しい。
「それで、この世界の全能の神ともあろう者がなんで追いかけ回されていたのか教えてもらいましょうか。神様から話を聞いたらトールくん達からも話を聞きますので、ちょいと待っててください。すんませんね」
公平だな。もういっそのこと天ちゃんが神様やってくれないかな。俺たちの投票で決められるなら、今すぐ新神様の誕生なのだが。裁きの神とか名乗っていいと思う。
「ねー、天ちゃーん、天ちゃんが神様やってよ!」
「それは妙案だな」
妙なところで心が通じ合った。
「そう言っていただいてありがたいっすけど、そんなわけにはいかないんすよねぇ。はい、神様。一通り簡潔に話してください」
「よし、聞け!あやつらときたら、ユーモアが通じないん」
「か!ん!け!つ!に!!」
出会って初めて天ちゃんが声を荒げた。日頃から相当手を焼いているらしい。
「わかったわかった。今日は四月一日じゃろう・・・?」




