短編2「神の戯れ」part1
「透、透よ……、起きろ」
「んぁ……?あれ?神様?なんで俺の部屋に」
見慣れた自室。ベッドの脇に神様が立って俺の顔を覗き込んでいる。目を覚ましたその瞬間から老人の顔と向き合うのは気分のいいものではない。
「緊急事態だからだ」
「きんきゅう……え、なんですか?」
体を起こしながらやり取りをするが、まだ頭がボンヤリしてうまく働かない。
「最悪の事態だ。恐れていたことが起きてしまった……」
「は?」
「彼女が魔法使いの世界へ連れ戻されてしまった……」
は?彼女?
「あの、彼女って……」
「決まっているだろう。オリサだ」
「え……?」
オリサが、連れ戻された……?
「嘘だ!嘘だ!」
急に体を起こしベッドから降りようとしたせいで足がもつれ、滑落の末に床に落ちる。受身も取れず頬や肩をしたたかに打ち付けてしまったが痛みを感じている余裕などない。
神様が何か話すのも構わず部屋を飛び出し三人の部屋へと走った。
嘘だ!馬鹿な!嫌だ!そんなこと、そんなの嫌だ!
「オリサ!オリサァッ!」
縋るようにオリサの名前を呼ぶ。お願いだ、何かの間違いであってくれ。
叫びながら扉を開けると、そこには驚いた顔の三人がいた。
「トール!女部屋だぞ!」
「いた。よかった……。オリサぁ!」
一番近くでベッドに腰掛けていたオリサに思わず抱きついてしまった。勢いのまま二人ともベッドに倒れ込む。
「きゃ!え、あの、トール?ど、どうしたの?怖い夢でも見た?」
俺は神様から寝起きに受けた報告を説明しようとした。だがそれは叶わなかった。いつの間にか俺は両の目から涙を流し、声を上げて泣いていた。自分自身のことにも関わらず気づくのに時間がかかった。何も見えない。以前と同じように、オリサを抱きしめて泣いてしまっている。怖かった。彼女がいなくなってしまうなんて考えたくない。
だがオリサは今も俺の腕の中にいる。その安心感からか今回はさほど時間がかからず落ち着きを取り戻すことができた。
「大丈夫ですか、トールさん」
「落ち着いてきたな。何があったんだ?」
「ご、ごめんな。あの、実は……え?」
顔を上げルルに返答しようとしたところで気づいた。ルルがいつものオレンジのツナギを体の前面に貼り付けている。両腕は素肌、ツナギの後ろからも素足が覗いている。要するに着ていない。
「あ、あの、も、もしかして、着替え中だった!?」
ベッドを挟んで反対側に立つリーフの方に向き直る。リーフもルル同様にワンピースを身体の前面に貼り付けるように押さえている。
「リーフ、ちゃんと隠せ!トール、まだそっちを見るな!」
「あ、ご、ごめん!」
慌てて目を閉じる。リーフの白く美しい肌。それをいつもよりだいぶ広い面積見てしまった気がしたが、頭から必死に追い出す。
「今のうちに着てしまいましょうか」
「ああ、トール、そのまま何も見るなよ」
「わ、わかった!」
ああ、いったい何をしているんだ俺は!朝っぱらから暴走して。
「よし、わたし達はとりあえず大丈夫だな。問題はオリサか」
すっかり忘れていた。オリサが今どこにいるのか。まったく喋らないので意識の外に出ていたが、オリサは今俺の腕の中なのだ。
「お、オリサ、ごめん。着替えられないよな」
そう言って彼女の背に触れていた手を移動させようとしたとき。
「ンっ……!」
短く声を出すと同時にオリサの体が『ビクッ』と小さく跳ねた。
「え?」
「と、トール。いつもからかってるのは悪かったけど、こ、こんな仕返しはダメ……だよ……」
「お前ら、朝から仲がいいことだな」
「トールさんは思いの外大胆なのですね」
「あたしはヤダよぉ……」
両手からはオリサの温もりが強く伝わってきた。まるで肌と肌、隔てるものが何もないかのような。というか、この感触はまさか……。
「あの、オリサ、もしかして……、何も着てない?」
「そうだよぉ……今はパンツだけなの。トール、さっきからあたしの背中触ってるんだよ。る、ルルちゃんとかリーフちゃんの前でなんてことしてるの。そもそも、なんでノックしないで入ってきたのさ!ここは女の子の部屋なんだよ!」
本当に何も隔てていなかった。
「ああああっ!ご、ごめん!」
慌ててオリサから離れようとしたら今度はオリサが俺の背中に手を回して密着してくる。
「今離れたら見えちゃうじゃん!もう!なんなの!?」
「トール、目を閉じろ。動くなよ」
「四つん這いになってください。足を大きく開いて、そうです。オリサさん、足を引っ張りますよ」
「うん」
「「せーの」」
二人の指示に従い目を閉じ膝を立ててベッドと身体の間に隙間を空ける。リーフとルルに足を引かれたらしいオリサが俺の身体でできたトンネルの下を抜けて行くのを感じた。正直名残惜しさを感じてしまったが、今はこの状況をどうにかしなければ。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
「オリサさん、顔が赤いですね」
「当たり前じゃん!」
「ホントごめん」
ああ、流石に自己嫌悪だ。そうこうしているうちにオリサの着替えも済んだらしい。
「どうぞ、目を開けてください」
リーフの許可が出たのでゆっくり目を開けると、いつもどおりの服装の三人が並んでいた。だがオリサはリーフに隠れるようにしている。完全にしくじった。嫌われたらしい。
「それで、朝から何やら叫びながら部屋に乱入し、オリサを手始めに私達を辱めた理由を聞こうか」
罪状を並べ立てられただけで自己嫌悪で泣きたくなった。四つん這いになっていたベッドから降りて床に正座する。
「あの、まずは本当にごめん!えっと、その、さっき俺の部屋に神様が来てたんだよ。神様が、『最悪の事態』だとか言って、オリサが元の世界に強制送還されたって。それで信じられなくて、慌ててこの部屋に確認に来たんだ。それで、オリサがいたから安心して泣いちゃったみたいで……、本当にごめん」
深々と頭を下げて謝罪した。まさかこんな事態になるだなんて。
「はあ、まったく、再び心の調子を崩したか?とりあえず今は大丈夫そうだな。驚いたが、一番被害を受けたオリサが許したらわたしも許そう。リーフ、お前もそれでいいだろう?」
「わたくし個人としては別段怒ってもおりませんが。オリサさんはいかがですか?」
「まあいいけど・・、この罰はあとで考えとく」
「ホントごめん。なんでも言うこと聞く」
とりあえず許しは得られたらしい。
「ところで、神様がいらしているのですか?」
すっかり忘れていた。本物だよな?
「ああ、夢じゃないと思うんだけど……。起きたら俺の部屋で待ってて、というか神様に起こされて、えっと、それで、オリサが帰ったって言ってきて」
「ちょっとトールの部屋を見てくる」
ルルが足早に俺の部屋へ向かい、即座にUターンしてきた。
「居なかった。リビングにでもいるのだろうか?」
「それでは移動しましょうか」
「あ、俺は着替えてから行くよ」
寝間着のままの俺は一人、自室に戻った。




