短編1「トールの贈り物」part4
「ところで、先程お前は『時期外れ』と言っていたが今はまさに桜の季節ではないのか?」
「ああ、あれはそういう意味じゃなくてな。三月三日はひな祭りって言って女の子の成長を祝う日なんだよ。それで桜餅を食べると。もう三月も終わりだろ。だから時期外れ」
「そんなに気にしなくても良いって言ったんすけどね。四月に食べても八月に食べても桜餅は美味しいっすよ」
「わたくしもそう思いますが。それにしても、ふふ、ありがとうございます。こんなお婆ちゃんも『女の子』に入れていただけるなんて嬉しいです」
「最低1000歳はお婆ちゃんですらないって」
「トール、なんで急にお菓子作ろうって思ったの?嬉しいけどビックリしたよ」
「え」
オリサの何気ない質問にトールは驚いてしまう。
極力顔に出ないよう気をつけたのだが、観察眼に優れるリーフは見逃さなかった。
「オリサさん、何かトールさんに食べ物をねだったことはありませんか?」
「え?うーん、どうだったかな?」
「オリサなら何度もねだっていそうな気がするが」
熱いほうじ茶を飲みながらルルが推測する。
「あたしのことなんだと思ってるのさ!」
「よく食べよく寝る魔法使い」
「手前もそんな印象っすねぇ。それで、トールくんなんで桜餅を?手前も詳しくは聞いてませんでしたけど」
「なんだよオリサ、忘れちまったのかよ」
「え、あの、ごめんね」
「まぁいいけど。ほら、天ちゃんに出会う前に俺が過呼吸で倒れたことあっただろ?」
「ええ」
「今月の一日だったな」
「そう。過呼吸のあと、今度は大泣きしちゃってオリサも俺に釣られて泣いちゃって、落ち着いたら二人で洗面台に行って顔洗ったわけだけどさ、そんときにオリサに頼まれたんだよ」
「え、えー、うーん……ごめん、あたし何言ったんだっけ?」
「お前は……」
トールにとっては大きな出来事だったにもかかわらず、オリサはすっかり忘れた様子である。
「あの時はな……。あ、そうだ。んっんん。忘れてしまったの?あの夜、俺の耳元であんなにねだっていたのに!」
「あらぁ!オリサちゃん積極的っすね。いいっすよ、お姉さんそんな子大好きっすよ」
「え!ええ!?あ、あたし、いつの間にトールとそんなことに……?」
「ありゃ、記憶にない!?そら大変だ。オリサちゃん、ご飯を食べて急に眠くなったことないっすか?起きたら着衣が乱れてたとか。リーフちゃんとルルちゃんがいないタイミングで、トールくんに食べ物とか飲み物をもらったとか!どうっすか!?」
「そうじゃねぇよ、アホ!今のは前にオリサが言ったことだろ!」
「でしたら、積極的なのはトールさんなのですね」
「お前達落ち着け。どうせオリサが言った冗談をトールが真似して言っただけだろ。特に深い意味などないんじゃないか?」
「そう。泣いて顔を洗ったとき、俺が礼を言ったらオリサが『美味しいお菓子紹介してね』って言ったんだよ」
「あ、あーっ!!そうだった!そんなに本気で言ったわけじゃなかったからすっかり忘れてたよ。なるほどねぇ」
「オリサにそう言われてたのもあるけど、ルルやリーフにも日頃の感謝を込めて何か恩返ししたくてね。みんな、いつもありがとう。こんな何もない田舎に来て、毎日俺を助けてくれて、本当に感謝してる。だから沢山食べてくれ」
「真っ直ぐなヤツだな、お前は」
トールの飾り気も何もない裸の物言いにルルが頬を薄らと朱に染め、照れ隠しに湯呑に口をつける。
「感謝しているのはわたくしもですよ。これからも仲良くしてくださいね」
「ああ、もちろん」
「わたしだって同じだ。お前がわたしの体質を気づかせてくれたわけだし、このゴム手袋を教えてくれたのはリーフだ。皆に感謝して日々生きている。だから改まって言われるとこそばゆい」
「ねえルルちゃん、あたしには?あたしには何かないの?」
「ん?そうだな。寝るときにそのやたらデカい胸がいい枕になるから気持ちがいい」
「えー、何それ」
「確かに……あ」
思わず相槌を打ってしまったトールだが、それが大失態であることはすぐに理解できた。
「あらあら」
リーフが笑顔のまま感嘆の声をあげる。
「え、トール……?」
オリサが顔を赤くし、隠すように胸元に手をやり困惑する。
「お前は……」
ルルが呆れを隠さずトールを見つめる。
「良いっすねぇ。欲望に素直な子、大好きっすよ。詳しく教えてくださいよ。まぁ仕方ないっすよ。オリサちゃんかわいいっすもんね。こんな可愛い子を放っとく男なんてとんだ玉なし野郎っすよ!それで、どんな流れでオリサちゃんを枕にしたんすか?ね!ねぇねぇねぇ!!」
天ちゃんが涎を垂らしながらトールに迫る。
「嬉しそうに舌なめずりすんな!」
「わたしが説明してやる。現場を見ていたからな」
「恥ずかしい……」
「こんな流れじゃあたしだって恥ずかしいよ……」
「仲良しさんですね」
・・・・・・・・・・・・
「なんだぁ、ホントに仲良しさんじゃないっすか!」
「旅行からお帰りになる前にそのようなことがあったのですか。何はともあれ、トールさんが元気になってくださり安心しました」
「あー、オリサ。今日は何してたんだ?」
「ゲ、ゲーム!あの、車を運転するやつ!」
「話題を変えようと必死だな」
「それで、トールくん、抱き枕の感想は?」
「ふふ、それは表情からお分かりになるではありませんか」
「お前ら離さねぇな……」
「ト、トール、お風呂入ったらゲームしよ!あたし上手くなったから!」
「よし、良いぞ!」
「でしたら、一緒にお入りになってはいかがですか?」
「いいっすね!さすがリーフちゃん!」
「ルル、助けてくれ……」
「寝床はどうするのだ?」
「ルルちゃんの裏切り者!」
「愚問ですよルルちゃん!何のためにトールくんのベッドを大きくしたと思ってるんすか!」
「あらあらあら」
「あたし達そういうのじゃないってば!」
「そろそろ助けてやるか。トール、桜餅は女の祭りの食べ物と言っていたな。なら男もあるのか?」
「あ、ああ。柏餅ってお菓子があるけど」
疲れ切った身体から和菓子の名前を絞り出す。三人の戯れに取り乱したせいで、トールの額には薄っすらと汗を浮かんでいた。
「かしわもち……、名前の様子からして桜餅に近いものだな」
「そうそう。柏の葉が」
「カシワ!カシワといえば鶏肉の天ぷら!つまり、柏餅はお餅の中に鳥の天ぷらが入った料理!」
「ちげーよ」
「は!お餅ではなく餅米で包んでもいいかもしれません!そう、コンビニのから揚げおにぎりのように!」
「それも違う……って、美味そうだなそれ」
「男が主役ならその料理であっても違和感ないな」
「じゃあ明日作ってみる?あたしもがんばる!」
「では明日の農作業が終わったらルルさんはスーパーでもち米を仕入れてきてください」
「うむ。オリサをサイドカーに乗せて行ってくる」
「わたくしは鶏肉の用意を」
「お前ら結局柏餅じゃなくてとり天握り作ろうとしてるよな?」
「みなさん楽しそうで良かったっす。良かった良かった。安心安心」
「どーも、おかげさんで。ふぅ」
今宵も笑い声と共に馳家の夜は更けていく。
短編1「トールの贈り物」
完
いつもは一人称で投稿していますが、今回は練習のために三人称に挑戦してみました。
また折を見て挑んでみたいと思います。




