短編1「トールの贈り物」part3
陽が沈み夕食の支度も終わりを迎える頃
馳家
「トールさん、天ちゃん様、おかえりなさいませ」
「ただいま」
「世界中の紳士淑女に愛を伝える愛を届ける天の使者天ちゃん、今日もおじゃましまーっす!」
「オリサさんが寂しがっていましたよ。一緒に連れて行ってほしかったと」
「いやぁ、そうだろうとは思ったんだけど、連れて行っちゃうとサプライズじゃなくなるからさ」
「ふふ、充実したお時間を過ごされたようですね。もうすぐ夕食の用意ができますから。今夜は動画で学んだ豚肉の角煮です。皆さんには大根と煮卵もお付けしました」
「おー!おいしそー!これはごはんが進むっすね!その後はデザートもあるっすよ」
「甘味ですか」
「天ちゃんに教わって作ってきたんだ。楽しみにしてて」
「ええ。そろそろ煮込みも十分だと思います。お二人を呼んできていただけますか。ルルさんは工房、オリサさんは地下にいらっしゃるはずです」
「んじゃ手前はルルちゃんを」
「なら俺は地下だな」
「オリサー、メシだぞー」
「あ、トールおかえりー!どこ行ってたのさぁ!お出かけなら誘ってよ!」
「悪かったって、服引っ張んな。ちょっと美味い物作ってきた。どんなものかは夕飯の後のお楽しみってことで」
「えー、なんだろ。良いものなら許してあげる」
トールが地下への入り口から声をかけた直後、ドタドタと階段を駆け上がってきていつも通りのやり取りをするオリサ。その笑顔を見てリーフも自然と笑顔になる。
平和な日常に感謝の念を抱きながら、配膳の用意を進めた。
・・・・・・・・・・・・
「リーフ、角煮作ったのって初めてだよね?」
「はい、そうです。いかがでしたか?」
「美味い。本当に美味い。あの、なんて言うか肉を口に入れた瞬間蕩けるっていうのを初めて実感した。柔らかいし味も染みてるし本当に美味かった。美味かった、この肉マジで美味かった」
「なんで七五調なんすか」
「え、意識してなかった」
「確かに美味いが、相当気に入ったんだな。こんなに饒舌に感想を言うのも珍しい」
「でも本当に美味しいね。あたしも気に入った!リーフちゃん、今日もご馳走様でした!」
「豚肉も良いもんっすねぇ」
「本当にうまかったぁ。マジで名残惜しい」
「恐縮です。たくさん作りましたから、おかわりもありますよ。どうぞご自由にお取りください」
「あたしもらおうっと」
「俺も」
「わたしももらおう。これは酒も出さねば料理に無礼だな」
「よく食べるっすねぇ。手前はここまでで。この後のデザートの為に、胃に余裕を持たせておきます」
追加の角煮を手に入れる為、皿を手に立ち上がった三人の動きが止まる。
「そうだったぁ!自分で作ったのにすっかり忘れてたわ」
「トールくん、手前と楽しくヤラシく作ったのに忘れちゃうなんて酷いじゃないっすか」
「ごめんごめ、ん?なんて言った?」
「みんな胃にどのくらい余裕あります?デザートはちょい重めなんで、お腹いっぱいにしちゃダメっすよ」
「ふむ、どんなものか分からんがせっかくトールが作ってくれたのだ。肉はまた明日食うとしよう」
「では明日のお昼にお出ししますね」
「んじゃトールが作ったお菓子食べよっか!」
甘い物が大好物なオリサが目を輝かせながらトールに催促する。笑顔でトールを見つめたまま、リビングのローテーブルに置かれた風呂敷包を指さす。
犬だったら千切れそうなくらい尻尾を振っているのだろう。そんなことを思いながらトールも動き出した。
「ああ、そんじゃ角煮のお皿片付けてくれ」
「承知しました。食後のコーヒーとお茶でしたらどちらが合いそうでしょう」
「断然お茶っすね。紅茶より日本茶の方がいいですよ」
「ならほうじ茶を淹れるか。リーフ、お茶はわたしが」
「ありがとうございます」
「ねえねえ、小さめのお皿とかあった方がいいかな?」
「そうだな、いつもケーキ乗せてる皿頼む」
「はいはい、テーブル拭き終わりましたよっと」
天ちゃん以外は同居が二か月近くなり仕事の息もピッタリだった。そこに気遣いの鬼である天ちゃんが加わったこともあり、食卓ではあっという間にデザートを受け入れる体制が整う。
「それじゃ、ちょっと時期外れではあるんだけど。喜んでくれたら嬉しいな」
トールが風呂敷を解き、プラスチック製の蓋を取ると辺りには桜の柔らかな香りが広がる。ほうじ茶の香りと溶け合い、キッチンには温かな春の空気が漂い始めた。
「きれー!ピンク色でかわいいね」
「これは桜の香りか」
「サクラ!」
オリサは初めて見るその姿に、ルルは優しい香りに、リーフは勘違いにより目を輝かせる。
「うん、リーフごめんね、君の考えてる『サクラ』は使ってないよ。これは桜餅。俺の大好物なんだよね」
「サクラ餅ですか!!」
「違うっつーの!」
「外側の桜の葉も食べられますから、そのまま食べちゃってくださいね。抵抗があれば残しちゃっても良いっすよ」
天ちゃんに説明を任せ、トールはそれぞれの皿に桜餅を置いていく。
「それじゃみんな、召し上がれ」
「どぞー、召し上がれ〜」
「「「いただきます!」」」
家族や友人が桜餅を頬張る様をトールは緊張した面持ちで眺める。手順は間違っていないはずだし、そうそう失敗はしないと思うが沈黙に怯んでしまう。
「トール!美味しいよコレ!」
「ああ、桜の葉の塩っ気がちょうどいい。もう一つ食べたいくらいだ」
「ふふ、たくさんありますしオリサさんは既に手を伸ばしていますから大丈夫でしょう。ねえ、トールさん?」
「ああ、もちろん。喜んでもらえて良かったよ」
「師匠が優秀なんすよ。可愛くてイケメンでグラマーなししょーが」
「可愛いとかイケメンとかは知らんけど、だいぶ助けられた。ありがとう」
「グラマーは否定なさらないのですね」
「拾わなくてよろしい」
「トール、ありがとうね。あたし桜餅気に入った!」
「良かった」
トールは息を深く吸い込み、先ほどまで抱いていた緊張感を追い出すように吐き出した。安堵したところでお茶を一口啜り、自分でも桜餅を一口囓る。
「うん、良かった。ちゃんとできてるな。あー、緊張した」
「お疲れ様でした。おかげさまで美味しくいただいております。難しくはありませんでしたか?」
「本格的に作ると大変なんだと思うけど、今日は道明寺粉っていう粉を使って楽したんだよ。思ってたより簡単で驚いた」




