短編1「トールの贈り物」part1
三月末。
日中は温かな日差しが注ぎ、人も草木も春の心地よさを享受するころ、馳家の女性達は四時のお茶を楽しんでいた。
一人を除いて。
「トール〜、おーい、居るなら返事して〜。居ないなら、ちゃんと居ないって言って〜。ト~ル〜、トールちゃ〜ん」
「途中、無茶なこと言っていなかったか?」
「どちらへ行かれたのでしょうね?車はあるようですが」
現在、この家の若き主、馳透は自宅にいない。家族に何も告げずに出かけることなどなかったため、それが議論を呼んでいた。
「地下の映画室はどうだ?」
「もう見てきた。部屋にも居ないし地下にも居ない。えーと、図書室も行ったし。畑の方かなぁ?」
「トールさんに何か御用ですか?」
「んーん、特にやることないから下でゲームでもしようかと思って」
「なら放っておいてやってもいいだろう。わたし達が来てから一人になれる時間もなかったんだ。たまには気楽に過ごさせてやれ」
「そうですね。一人でゆっくりお散歩かもしれませんし、わたくし達に声をかけなかったのも理由があるのかもしれません。もう一杯いかがですか?」
「うん、ありがとう。お願い」
そう言って椅子に座ったオリサが差し出したマグカップの底部から小さな紙が落ちる。
「何か落ちたぞ。ん?トールの書置じゃないか。オリサ宛に残してくれていたのにコースター代わりにしていたのか。まったく」
「あれー?気づかなかった。ゴメンゴメン」
「それで、何と書かれているのですか?」
「『オリサ ちょっと天ちゃんと出かけてくる。夕飯までに帰ると思うから、みんなによろしく。おやつ食べすぎるなよ』……んぬー!お出かけなら誘ってくれてもいいのにー!あたしがリーフちゃんと放牧場行ってる間にどっか行っちゃって。もー、仕方ない。そんならゲームは一人でしようかな」
「あの車を運転するゲームか?お前下手なのに好きだな」
「絶対上手になってルルちゃんにバナナとか甲羅ぶつけてやるんだから!じゃーね」
「お夕飯の時間にお呼びしますね」
「ありがとー!」
基本的にトールと行動を共にしているオリサなので、トール不在となってしまうと手持ち無沙汰になってしまう。
一人でつまらなそうに地下室へ向かっていくオリサの背中をルルとリーフが楽しそうに眺めていることに、彼女は気づいていなかった。
「ふふ、あいつは本当にトールが大好きだな」
「ええ、微笑ましい。出会って間もなく二月でしょうか。オリサさんはトールさんなしではいられなくなってしまいましたね。それにトールさんも。三人宛ではなくオリサさん宛の書置。恐らく意識せずに書いたらこうなったのでしょうね」
「ふふ、トールらしい。それにしても、アイツらアレで恋人ではないのだから不思議なもんだ。相思相愛だと思わんか?それとも単に仲のいい友人なのだろうか」
トール自身は三人の誰とも恋愛関係を築くつもりはない。三人のうち誰かと恋愛関係になり、今の関係が崩れるのが怖いというのが本人の弁だが、実際のところは女性経験の乏しさから怖がって奥手になっているのである。そして、本人にその自覚はない。
天ちゃんはそれに気づいているが天使の情けで敢えて何も言わないでやっている。それを唯一聞かされている喫煙仲間のリーフも同様だった。
「うふふ、天ちゃん様に伺いましたが、トールさんご自身は色恋の関係になる気はないそうですよ。ですから、オリサさんに妹のゆり子さんの面影を抱いていらっしゃるのかも」
「確かに、私たちに比べたら日本人的な外見だしな。人懐こい性格もあるが、トールにとって馴染みやすさならオリサが一番だろう」
「それと、オリサさんもトールさんを異性というよりはお兄さんのように思っているのかもしれませんね。ですので非常に強い家族愛はある一方、恋愛の感情はないのかもしれません」
「オリサのことだから『あたしは妹じゃなくてお姉ちゃん!』とか言いそうだがな」
「ふふ、容易に想像できます。ルルさんはこの後も工房へ?」
「ああ。夕飯の頃になったら戻る。リーフは農場へ行くのか?」
「いえ、この後は動画を見て覚えたお料理を作ろうかと思います。既に下準備は終えていますので、後はゆっくり煮込むだけです」
「それは楽しみにしておこう。では。今日の茶請けも美味かった」
「痛み入ります。カップはそのままで結構ですよ。いってらっしゃいませ」
リーフに一言礼を告げるとルルはリビングを出て行く。
ゆったりとお茶を楽しんでいた一同は一時解散と相なった。