「降臨、天の使者」part20
天ちゃんが風呂から上がったあと俺達は無言で夕飯を食べた。リーフと天ちゃんが豚肉を使った料理について熱い議論を交わしていたようだが、詳しいことは思い出せない。
オリサとルルが風呂に入り、リーフには悪いが俺も先に入らせてもらい今はベッドの上で放心している。なんだか今までで一番イベント盛りだくさんな日だった気がする。このまま目を瞑ればストンと寝てしまうだろう。電気を消すのも面倒だ、おやすみ。
と、瞼を下ろす寸前に扉からノックの音が聞こえてきた。
「どうぞー」
「失礼しまーす。いやはや今日はご迷惑をおかけしました」
リーフが風呂に入ったことで一人残されたのであろう天ちゃんが扉を開けた。
「おつかれさま。今日はありがとう」
「いえいえとんでもない。それでですね、ご飯を食べてちょっと回復したのでお部屋とベッドの拡張くらいならできそうですが」
「うん、明日でいいや。じゃあ、おやすみ。いい夢見てね」
それだけ答えて目を閉じた。律儀でいいヤツだけど空気読めないな。もう眠いので明日にしてほしい。寝かせてくれや。
「だいぶお疲れっすね。承知しました」
言葉に反して気配は近づいてくる。目を閉じたままだがベッドの直ぐ側に立っているらしいことはわかる。
「おやすみなさい、トールくん」
その言葉と共にしっとりとした柔らかく温かいものが頬に触れる。
驚きのあまり目を開けると天ちゃんの顔が間近にあった。
「じゃ、また明日。世界中の紳士淑女に愛を伝える愛を届ける天の使者、天ちゃんでした。あ、リビドーが爆発しそうだったら手前の部屋に来てくださいね。イイコトの続きをしましょ」
笑顔のままそう言って投げキッスをすると電気を消して部屋を出ていった。静かになった部屋で放心する。先程頬に触れたものは、状況的にどう考えても天ちゃんの唇だ。鼓動が速まる。気恥ずかしさから顔が赤くなっているのがわかる。
俺は天ちゃんにだいぶ気に入られたらしい。気に入られたらしい……、あれ?天ちゃん見た目は綺麗なお姉さんだけど、実は股間に大層立派なものを隠した両性具有の天使だったよな。あまりにショックな出来事で記憶が消えていたのか?しっかりしろ、大丈夫か、俺?
ホームシアターで迫られたときオリサ達の救援がなければそのまま身を委ねそうになったけど、もしそうなったら俺はどうなっていたんだ?
えっと、あのとき天ちゃんは何と言っていただろう。
『お姉さんと楽しいことしませんか?』
楽しいこと……。
『身体をつかった、激しい戦いっすよ』
たしかに戦いだろうな……。
『オリサちゃんにも、リーフちゃんにも、ルルちゃんにもできない経験をさせてあげるっす』
あの三人にはできなくて天ちゃんにはできること……。
『一生忘れられない体験をトールくんのカラダに残します』
俺の……カラダに……。
『どうです?新世界への扉を開いてみませんか?』
新世界への……扉……。
『イイコトはまた機会を見つけてしましょうね』
そう言って天ちゃんは軽く叩いた。俺の、尻を……。
「ノオオオオオオオオオッ!!」
気づけば咽頭から拒絶の悲鳴が迸っていた。
天ちゃんごめん、君とは話してて楽しいしすごく居心地が良かったよ。けど、大変申し訳ないことに君の身体と嗜好は俺の嗜好と合いそうにないんだ。これからは友人として仲良くしてほしい。
ほら例えばカレーととんかつを組み合わせたら美味しい料理できるんじゃね!?っていうのはわかるんだ。
正直、巨乳は好きだ。大好きだ。でも、そこに巨根も組み合わせると俺の許容範囲から出ちゃうんだ。新しい世界を見せてくれようとしてたのに、ごめんね。
なに考えてんだ、俺。
「寝よう、今度こそ……」
そう声にならない声でつぶやくと瞼を閉じた。疲労のせいか一瞬のうちに眠気が……、なにかバタバタと走る音が近づいてくる。
「トールさん、ご無事ですか!悲鳴が聞こえました!」
そう言ってタオルと短剣だけを装備したリーフが飛び込んできた。廊下から明かりが差し込む。
「大丈夫だから風呂に戻れ!!」
全身びしょ濡れのエルフに向けて声の限り叫んだ。
第六章「降臨、天の使者」
完