背後に忍ぶ殺意
荒い呼吸を吐いて目の前の背中を見つめる。
押せばいいのだ。
押すだけだ。
最終電車を待つホーム。
田舎駅の薄暗いホーム。
春子と目の前に居る大和以外に人は居ない。
押すだけだ。
短く息を吐くが、呼吸が乱れる。
最早過呼吸のような状態である。
頭の中は沸騰しそうだった。
大和は春子のものにはならない。
だから殺すのだ。
手に入らないのであれば、誰かの物になってしまう。
だから、殺すのだ———。
「押すのかい?」
不意に掛けられた言葉に振り向く。
「誰?!」
辺りを見渡すが、人気は相変わらず無い。
「春子?どうかした?」
春子の張り上げた声に驚き、大和が振り返る。
ホームに列車が滑り込んできた。
春子はぐっしょりと汗をかいていた。
到着した列車に乗り込み、息を吐く。
また失敗してしまった。
そう思って胸に手を当てた。
見遣った車窓。
窓の外は暗い。
窓ガラスには手摺りに寄りかかり目を瞑る大和の姿。
そうして、髪を乱した怖い顔をした春子の姿が映っていた。
♢
春子と大和は従兄弟同士であった。
田舎で育った二人はまるで兄妹のように育ち、やがて思春期を迎えた。
そうして二人は田舎の中で数少ない高校に当然のように一緒に通い出した。
そんな折、放課後に大和が同級生と話しているところを聞いてしまったのだ。
春子は随分前から大和の事が好きだった。
何れはそういった関係になればいいと密かに想っていた。
しかし大和は春子を有り得ないと言った。
従兄弟となんて真っ平ごめんだとまで言ったのだ。
その日の帰り道。
大和のホームに立つ姿を見ていると、ふつふつと暗い感情に囚われた。
部活をしている春子が遅い時間帯の無人駅に一人は危ないと送りを申し出てくれた大和。
好意からの申し出では無く単に義務感からだったのかと思うと、春子の幼い恋心は一転憎しみに変わった。
もう目の前から消し去らなければ気が済まなかったのだ。
そうして大和の背中を見つめる内に列車が来たタイミングで殺してしまおうと短絡的に考えたのだ。
自宅に着いて一人部屋に籠ると、何故あんな事を考えてしまったのだろうと自分の中で眠る殺意に慄いた。
しかし、翌日からも大和に対する不信感は燻り、ふとした時に湧く殺意に春子は懊悩した。
そして幾度かのチャンスを見送ったある日———。
再び駅で二人きりとなった。
スローモーションのように態勢を崩し、線路に吸い込まれる大和。
———なんで?
耳をつんざく列車の激しいブレーキ音。
だが、大和の口ははっきりとそう言っていた。
「押したね。やっぱり押した」
その暗い愉悦を含んだ声が背後から聞こえた気がした。
end