9 出会いイベント4
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
『アリアーテ姫が振り向くとそこにはエディ王子の姿がありました。なんと庭の木を登り姫に逢いに来たのです』
(王子が木に登ってくるなんて、現実的にありえないわね。どうしてわたくしは、こんな絵本にアラン様を重ねて夢見ていたのかしら)
スカーレットはアランの使いから逃げる為、図書室に身を潜めていた。室内は飲食禁止であるため、昼休みが始まってすぐの現在人気はない。
「これからは友人とランチを食べることにしましたの」
と嘘をついたが友達などいない。一人で食堂へ行くわけにも行かず、だが、屋敷の者に昼食の用意を頼めばアランと何かあったのか詰め寄られるのは必須だ。
(昼食は抜きにするしかないわね)
元々食は細い方だ。一食抜いてもやり過ごせる。どうせこんな我儘が続かないことはわかっている。明日もまた同じことをすれば、アランから公爵家に何らのクレームが入り、そしてスカーレットはアランの元へ強制連行されお咎めを受けるのだ。
「婚約者のお前がいるのに、カレンと二人きりで昼食をとるわけにはいかんだろう。そんなこともわからんとは、王家に嫁ぐ者として良識が足りないのではないか。第一、テラスでのランチはお前が言い出したことだろう」
いかにも正論という態度で言い放つアランの姿がありありと想像できた。当然、スカーレットに反論の余地はない。
(大体、カレン様を昼食に誘っていいか、なんて一言も尋ねられていませんけれど?)
返したい言葉は山のようにあるが、スカーレットはいつだって自分の言い分を呑み込んで、アランに嫌われないように、好かれるようにと必死に取り繕ってきた。
アランが好きだった。絵本に登場するエディ王子はアリアーテ姫の王子様で、アランは自分の王子様だと思っていた。だけれど、理想と現実は違いすぎた。胸が高鳴るような出来事は一度もなかった。泣きたいくらい惨めで情けないことばかりだ。しかし、どんなに蔑ろにされても、国を統べること以外に興味のないアランは、決められた婚約通り自分と結婚するはずだ。それが唯一、スカーレットの救いだった。だが、それもどうやら違うらしい。アランはカレン・フォスターと身分も階級も関係なく燃え上がるような恋に落ち、挙句、嫉妬した自分はカレンを貶め、卒業パーティーで断罪されるという。ショックだった。あの不思議な声の根拠もない妄言にすぎない。でも、どうしても頭から離れなくなって、突然アランに逆らう真似をした。安易で浅はかな行動だと後悔する一方で、だけれど今も強く思ってしまっている。
「わたくしだって、胸キュンの恋がしたいんですの……」
音に出して呟くと、自分の奥に封印してきた想いが解放された気がした。できないことはわかっている。もし声の予言通り婚約を破棄されても、自分は次もまた親の決めた男の元へ嫁ぐことになるのは間違いないのだ。
「胸キュン? 完璧な淑女のスカーレット様もそんなことを言うのですね」
誰もいないと思っていた図書室内で急に聞こえた声。ばっと振り向くと窓際の机から人が起き上がるように姿を現した。椅子を寝台代わりに眠っていたらしい。スカーレットは絶句した。胸キュン、とは下町の若者言葉である。前に一度、アランに付いて視察に訪れた孤児院の少女から聞いた。
「スカーレット様はアラン様の恋人なんですか? わたしも、アラン様みたいなカッコイイ恋人が欲しい! 胸がキュンキュンするような恋をするの!」
まさか聞かれてしまうとは。本当に小さな声だった。静寂の図書室で完全に油断した。いや、紳士淑女の通うこの学園で行儀悪く椅子の上で眠っている者がいるとは意識が及ばなかった。スカーレットは口を押さえてたじろいだ。
「あ、貴方は……」
「初めまして。シド・マクラミと申します。元々商家の出でして、爵位を金で買い男爵令息をしてます」
机に肘をつきにっこり笑う。ブルネットの髪に切れ長の目はトパーズ色で、白い肌がその虹彩をより印象的に魅せている。
シド・マクラミ。
聞き覚えがあった。よくない評判だ。幾多の令嬢を手玉にとって弄ぶ男。だと言うのに、彼と付き合って別れた令嬢自身からは何の糾弾も受けていない。きっと弱みを握り脅している。碌でもない男。近づいてはいけない。それでも女が絶えたことはない。稀代の遊び人と言う噂だ。
「わたくしは、」
「スカーレット様を知らない男子生徒はこの学園にはいないでしょう」
穏やかな笑みを浮かべ独特の色香を纏って言う。免疫のない箱入り娘ならころりと落ちてしまうのもわかる。しかし、スカーレットの傍には常に完璧な男アラン・オーランドがいる。
「マクラミ様、先程のことは」
「えぇ、もちろん。誰にも言いません。貴方の可愛らしい秘密は僕の心に留めます」
スカーレットは胸キュンの思い出が欲しいわけで、別におべっかを言われたいわけではない。第一、美辞麗句は言われ慣れている。口の上手い男というのは社交界にも存在し、将来の王妃に賛辞を並べたてる者は多いのだ。それに、お世辞ではなく実際にスカーレットは人目を引く美人だ。
「……有難うございます。夢みがちな少女趣味がありまして、お恥ずかしいです。マクラミ様は商人と貴族の両方の生活を手に入れていらっしゃるのね。羨ましいですわ」
商家の暮らし。幼い頃から王妃になるべく教育を受けてきたスカーレットにとってはこっそり愛読しているロマンス小説に出てくる夢の世界である。嫌味のつもりはない、しかし、
「羨ましい? オレが?」
シドの態度が急に変わった。端正な顔に不敵な笑みを浮かべている。スカーレットは怪訝に思うも、何となく理由はわかった。でも、今度はそれにスカーレットの方が不快感を抱いた。
「どうせ何もできない籠の中のお嬢様が馬鹿にして言っているんだろう、そんな感じかしら? わたくしが何の努力もなく生きてきたと思っていらっしゃるのね。では、それならばお互い様ですわ」
スカーレットの発言にシドは面食らった顔をした。そして、再び笑ったが、先程の険のある微笑みではなかった。
「へぇ、もっとお人形さんみたいかと思った。意外」
「失礼ですわよ」
何故、初対面の男と言い争っているのか。いつも通り下手な波風を立てぬよう淑女らしくやり過ごせたはずだ。しかし、とても気分が良かった。言いたいことを言っていることに、すーっと風が入ってくる感覚。
「スカーレット様はアラン殿下とリッチにテラスでランチするんじゃないのか?」
シドは腕時計を確認しながら、予想より時間が経っている風な表情をして言った。険悪な雰囲気になりそうな会話だったが、二人の間には不思議に柔らかな空間ができている。
「気分じゃないので行かなかったのですわ」
「そりゃあ、賢明だな」
「マクラミ様は何をしておいででしたの?」
授業をサボって寝ていたのが暗に窺える。野暮な質問だったとスカーレットは思った。
「ちょっと、休憩をね。……それより、ロン・サーフォンって男知っているだろ?」
「ロン様? 騎士団の?」
「あぁ、アラン殿下の護衛の男」
「ロン様が何ですの?」
急に何を言い出すのか。内心の掴めない男である。アランとならば規則正しい会話が予想通りに展開する。
「どんな男だ?」
スカーレットは眉根を寄せた。どういう意図があるのか。女好きだけには止まらず男色の気もあるのか。ロンのことを悪く言う人間をスカーレットは知らない。明朗快活。誠実で気持ちの良い男だ。
「信頼できる男性ですわ。人望もありますし、性格も温和で優しい方です」
(ただし、女心に疎いのが唯一の難点ですけれど)
スカーレットはロンとは当然のことながら、ヨハナとも顔馴染みである。ヨハナがロンに恋心を抱いているのは明白だが、ロンに全く応える素振りはない。むしろヨハナの恋情に気づいていない様子で、厄介だなと感じていた。ヨハナが確信をついた告白をすれば流石に理解するだろう。しかし、完全に拒絶されたくない意識からヨハナは思いを伝えきれずにいるし、その気持ちもわかる、とスカーレットは他人事ながらやきもきしていた。一体どうなってしまうのか。スカーレットが口出しするのは立場的に良くない。変な忖度をされたら困る。だから、密かにヨハナに肩入れしているが、あくまで公平に遠目から見守っていた。
「婚約者はいるのか?」
「いえ、今のところは。なりたい令嬢は沢山いらっしゃるみたいですけれど」
「へぇ」
シドは尋ねておきながら興味なさそうに答える。自分以外にモテる男は許さない、とでも言いたげである。案外度量が狭いのだな、とスカーレットは笑いが漏れた。すると、それをじっと見ていたシドは忽然と言った。
「胸キュンの思い出づくり、協力しようか?」
「え?」
「結婚前の思い出づくりさ」
一瞬心臓がどきりと鳴った。将来の王太子妃に言ってよい台詞ではない。スカーレットが不敬だと怒り狂えばどんな沙汰がくだされるかわからないのだ。その無鉄砲な言動にスカーレットの方が緊張した。そして、シドならば自分の期待に応えるような胸キュンをくれる、とも思った。アランはどうせカレンと結婚する。ならば自分も好きにしてよいのではないか。脳裏を過るが、それとこれとは別問題だ、とすぐまた頭を振った。確約のない将来の不貞を理由に、先に自分が不義を働くわけにはいかない。
「何を仰ってますの? 変な噂を立ててアラン様の顔に泥を塗るわけにはいきません。わたくし、失礼しますわ」
スカーレットは席を立つと激しく鳴る鼓動を抑えて入り口へ向かった。
「気が変わったらいつでもどうぞ! オレは木曜の昼は大概ここにいるから。相談にのるぜ!」
振り向いたらどうなるだろうか。自分は、何を考えているのか。スカーレットはうるさい心臓を押さえて、足早に図書室を抜け出した。