7 出会いイベント2
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
三時に待ち合わせて一時間待った。四時にビビアナ商会へ行け、と言う天使様の指示がなければ、もう一時間は待っただろう。こんなことでは気持ちが萎えなくなっている。ほとほと自分がおかしいことに気づく。
ソフィアが暗い面持ちで店内に入ると、
「お嬢様! 学校帰りですか?」
と店員に声を掛けられた。
ソフィア達が通う学園には貴族学校には珍しく学生服が設けられている。有名デザイナーに作らせているから、逆にそれがステイタスとなっている。制服姿のソフィアににこにこ微笑みを向けたのはこの店の女店長マリンだった。
ビビアナ商会は元々小売はしていなかった。しかし、父親譲りの才覚でシドが女性客をターゲットにした雑貨店を始めるよう、半ば強行に開店させたのだ。内装やら品揃えにも事細かに指示を出し、当初は「金持ち息子の道楽」と揶揄されていたが、僅か一年で繁盛店に成長させた。今ではその手腕を誰もが称えている。マリンを店長に抜擢したのもシドだ。事務局で受付をしていたが、感じの良い人柄から接客業に向いていると引き抜いた。女性の社会進出が台頭してきた世情とは言え、雇用にはまだまだ男女差が大きく残る。女性が店長を務める店としてオープン当時かなり話題を集めたことも、シドによる計略だったのでは? とマリンはその経営センスに尊敬を抱いている。
「えぇ、近くに来たものだから。今日は男性客がいつもより多いわね」
若い女性向けの店であるから、ソフィアもしばしば来店して最近の学園内での流行について意見を述べたりしている。ソフィアが店内をぐるりと見渡す。通常は九割女性だが、本日は三割ほどが男性だ。皆、割合に広い店内の一角に集っている。
「例のブローチが……」
「……あぁ」
マリンが微妙に告げるとソフィアもぎこちなく頷く。最近のビビアナ商会の一番の売れ筋商品、ターコイズでできたブローチである。男性から贈られると二人は永遠の愛で結ばれる、と噂が飛び交っている。彼女に強請られ、または女性に思いを伝えたい男性が購入に訪れている。だが、ブローチにそんな効力はないのだ。当然、ビビアナ商会でそんな文言を銘打って売り出してもいない。
「坊ちゃん! なんだか妙な噂が流れているらしいんです!」
「あぁ、誰かが勝手に流した噂だろ? うちには関係ない。聞かれたら否定しろ」
シドはにやにや答えた。シドが自腹でブローチを大量に購入したのをマリンは知っているし、ソフィアはシドが学園の令嬢達に手当たり次第ブローチを贈っているのを知っている。その意味するところは何か。女は自慢好きで噂好きである。
「いつか女性にうんと痛い目に遭わされたらいいんだわ」
ソフィアの言葉にマリンは驚いた。ソフィアはいつもはどんな状況でもシドを庇う発言をするからだ。マリンは自分を見出してくれたシドに感謝の念を抱いているが、シドの女遍歴とソフィアとの歪な関係には心を痛めていた。人当たりの良いシドがソフィアにだけ、どうしてあんな風なのか、全くわからなかった。
「まぁ、商人としての才はありますけれどね」
マリンは苦く返した。殆ど詐欺に近いが、品自体はとてもよいもので、まとめて仕入れることで、かなり良心的な値段になっている。若い恋人同士にも手が出しやすい値段に落とし込んでいるのだ。シドの抜け目のなさが窺い知れる。
「忙しい時間帯でしょ? 少し店を見て帰るから、マリンさんは仕事に戻って」
「そうですか。ではまた」
マリンが下がるとソフィアは再び店内を見渡した。運命の人を捜しに来た。天使様は具体的な容姿について教えてくれなかった。一体どんな人なんだろう。シドにすっぽかされたことより、既に意識はまだ見ぬ相手に注がれていた。そして、直ぐに判明した。
「何か女性が喜びそうなプレゼントはないですか? あのブローチが人気のようですが」
店員にざっくりした質問をして困らせている男。
(ロン・サーフォン様! 嘘!)
ソフィアは名前を叫びそうになって慌てて唇を押さえた。
アラン王太子の側近、ロン・サーフォンを知らないのは学園では潜りである。シドにしか興味がないソフィアも令嬢達が黄色い歓声をあげる視線の先に何度か彼の姿を見ていた。長身でがたいのよい身体つき。日焼けした肌は健康的ではつらつとした雰囲気がある。シドは長身ではあるがどちらかと言えば華奢で儚い感じだ。まるで対照的だった。
(でも、確か幼馴染の女性がずっとアプローチしているとか。彼女がいるから近寄れないと聞いたことがあるのだけれど……)
しかし、店内に他に該当する男性がいない。会えばわかると天使様が言った通りならば、ロンしか考えられない。
「あの、宜しければわたしがお手伝いしましょうか?」
ソフィアが思い切って声を掛けると、ロンと店員は視線を向けた。
「君は……」
ロンは同じ制服であることから、知り合いか? と思考を巡らせるが思い出せない。向こうは覚えているのにこちらが忘れていることは失礼な行為だとロンは戸惑った。
「お嬢様、お知り合いの方でしたか」
店員が告げると、
「いえ、わたしが一方的に存じ上げているだけです。貴方はもう下がって貰って大丈夫よ」
ソフィアの言葉にロンは安堵し、店員は場を離れた。
「ロン・サーフォン様、突然すみません。わたしはこの店の店主の娘、男爵家のソフィア・マクラミと申します。女性の方への贈り物とお伺いしましたが、お相手はうちの学園の生徒でしょうか? ならばわたしがお力になれると思いまして、差し出がましいようですけれど、声を掛けさせて頂きました」
「そうか。マクラミ嬢。すまない。相手は同じ学園の生徒だ。稀少な品を貰った礼がしたいのだ。この店に行けば女性の好む品が見つかると聞いてきたのだが、どうもさっぱりで」
女の噂が断たないシドと異なり、お礼一つにこんなに悩むロンにソフィアは好感を持った。
「そうなんですね。ご予算などはありますか?」
「いや、特には」
「失礼ですがお相手の方とはどういうご関係でしょう? 恋人ならば宝飾品や髪飾りなどがよいかもしれませんが、ただのご友人と言うのであれば、後に残らない消耗品の方がよいかと思います」
まるで探りを入れたみたいになったが、純粋な親切から出た言葉だった。
「いや、恋人ではない。友人だが、宝飾品はまずいか? 先程から男性客がこぞって購入していくあのブローチなどがいいような気がしていたが」
「あれは絶対に駄目です!」
「え」
ソフィアが声を荒げるのでロンは、
「人気のブローチがあると聞いてきたのだが」
と困惑の表情を見せた。
「いえ、あのブローチは確かに人気です。ですが、あのブローチには男性から贈られると永遠の愛で結ばれるという噂があるのです。うちの学園の女生徒なら大体知っているかと。そのご友人が勘違いしてしまうかもしれません」
「そ、そうか。それは拙いな」
ロンの反応に贈り相手に恋心を抱いていないことをソフィアは確信した。多情な男はまっぴらなのである。
「はい、ですから……そうですね。東洋から仕入れている珍しい紅茶などは如何ですか? 少し値が張りますがこの店でしか扱っておりませんので稀少です」
「お茶か」
「お茶を好まれない方なら、アロマキャンドルもお勧めです。後は、甘いものがお好きならチョコレートはどうでしょう? アルズード国の正規店でしか扱わないラファエロ社のチョコレートを、この店の店長が交渉して、国内で唯一販売権を得たのです! アルズードの王族御用達の店の品です。絶対に喜ばれますよ」
ソフィアが興奮して言うのでロンは笑みが溢れた。チョコレートが余程好きらしい。まるで幼い子供のようで可愛らしかった。ロンに兄弟姉妹はいない。だが妹がいたらこんな風かもしれない、とふっと思い、次の瞬間、いや妹ならばヨハナがいるではないか、と思い直した。血の繋がりはなくとも大事な妹だ。だが、ヨハナに思う「可愛い」とは何処か違う気がした。
「では、そのチョコレートにするよ。友人も甘い物は好きなはずだ」
アラン王太子も甘党でランチには必ずデザートが出る。スカーレットは甘味をあまり好まないから、カレンには用意しがいがあると溢したことがあった。
「それがいいです! あちらのショーケースに並べてあります。毎日一個ずつ食べるように三十一日分違う味が入ったギフトがお勧めです!」
「じゃあ、それに決めよう」
それからロンはソフィアの勧めるギフトを購入し、同時に、
「マクラミ嬢、助かりました。貴方にもお礼にチョコレートを贈りたいのだが、どれがいい?」
と尋ねた。
「え、そんなことは……」
「じゃあ、同じ物を二つ」
「そんな高い物は駄目です! では、このチョコレートを買ってください」
ソフィアが選んだのはカウンター横の籠に入った個装包のバラ売りチョコレートである。ロンはふっと笑うと、その大きな手でチョコを掴み取り、
「では、これをお願いします」
と店員に告げた。籠の中はほぼ空である。
(いい人!)
ソフィアはそう思ったけれど、恋愛感情かといえば違った。単純に誠実なよい人に見えた。シドとは違い裏表のない安心感があった。
「サーフォン様、有難うございます。大切に食べます!」
「いや、こちらこそ助かったよ。本当に有難う」
二人はほのぼのとした雰囲気の中、店を出た。
「お役に立ててよかったです。流石にあのブローチを贈るのは拙いですから、意中の相手に贈るならば是非にとお勧めしますけれど」
ソフィアが笑うとロンも、
「そうだな」
と笑顔で頷いたが、次の瞬間、
「マクラミ嬢、その噂というのは学園の女生徒ならば誰でも知っているのか?」
と急に真剣な声で尋ねた。
「え? えぇ、流行りに敏感な方なら大概。全員とは言いませんけれど……」
「知っていて勧めるというのは?」
「どういうことです?」
意味がわからず聞き返す。突然考え込むようなロンに疑問を感じたが、
「いや、なんでもない。今日は有難う。気をつけて帰ってくれ」
紳士らしくソフィアが歩みを始めるのを待っている仕草に、それ以上追及できず、もう一度頭を下げるとソフィアは家路を辿った。
屋敷に入り二階へ上がると廊下でシドに出会した。
「ソフィア、今日は悪かったな。急用ができて」
「いいのよ」
まさか先に帰っているとは思わなかった。もしかしたら最初から家で寝ていたのではないか。これまでそんな邪推はしなかったが、ロンといた時の穏やかな空気と違いみるみる自分の心が掻き乱れるのを感じた。
「商会に行っていたのか」
手に抱えるチョコレートの包装紙はビビアナ商会のロゴ入りだ。
「また無駄遣いか」
「これは買ってもらったの」
「買ってもらった? 親父にか。お前に甘いからな」
「お義父様にじゃないわ」
責めるような台詞。約束をすっぽかしておいて何なのだろう。ソフィアは苛立ちを覚えて私室に向かった。
「親父じゃないなら、誰に?」
背後から聞こえるシドの言葉は無視した。