6 出会いイベント1
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
「わたくし、明日からのランチは友人と取ることに致しますわ」
スカーレットの申し出がアランに伝わったのは昨夜のことである。
シェフに事前に申請しておかないと料理が無駄になっては困る、と配慮して王室の従者に言づけた。
元々テラスでの食事はスカーレットが提案したものだ。既に公務を担っているアランは学園に特別に執務室を与えられている。生徒会の仕事と公務に追われ、昼休みも部屋へ籠り適当な食事で済ませていた。それを「休みの時は休まねば身体が参ってしまう」とスカーレットが提案してテラスへ連れ出した。アランは最初、迷惑そうに却下したが、王と王妃の耳に入り、数の暴力ともいえる説得により渋々了承したのである。
だと言うのに、急にどういうつもりなのか。アランは憤りを感じた。だから無理やり席に着かせるつもりで、本日も三人分のランチを用意し、スカーレットの元へ必ず来るように使いを出した。しかし、スカーレットは来なかった。アランは益々憤慨したが、昼休みには限りがある。カレンを放ってスカーレットを捜しに行けばどうなるか。先に食べておけ、と言っても待っていることは予測できた。さりとて、テラスでカレンと二人で食事を取るのは体裁が悪い。学園長の指示の元、カレンの面倒を見ているが、あらぬ噂が飛び交っていることをアランは知っていた。馬鹿馬鹿しいと放置していた。第一に、カレンが傍にいる時は、大概、スカーレットが間に入って来た為、軽視していたのだ。カレンを昼食に誘うことも婚約者と共に学園に不慣れな生徒を助ける構図に問題はないと思っていた。スカーレットの意見を聞かずカレンを呼んだことは、元々スカーレットの我儘でテラスで食事をしてやっているのだから、と。
だが、今日はそのスカーレットがいない。自分で提案したことの上、体面を考えるべきだ。王妃になる者として怠慢である。しっかり義務を果たすべきだとアランの苛立ちは収まらなかった。
そんな中、テラスに通りかかったのがアリシアだ。偶然ではない、声に「テラスに行け」と指示されてわけもわからずやって来ていた。まさかアランに遭遇するとは思わなかった。従来のゲームでアランとアリシアが関わることはない。だが、実際は、隣国の王族の再従妹であるアリシアとは社交界で数度挨拶を交わしている。
「アリシア嬢、よければ一緒に昼食をどうだ? スカーレットが勝手をして困っている」
王太子アランの誘いを断るわけにはいかない。カレンの姿が目に留まり若干の気まずさはあったけれど、冷静になれば昨日の態度はあまりに理不尽である。ちゃんと謝罪をしよう、とアリシアは同席に着くことにした。
アリシアが率直にカレンに謝ると、
「いえいえ、そんなアリシア様、頭を上げてください」
とカレンは微笑んで答えた。
(感じのいい方ね。八つ当たりなんかして恥ずかしいわ)
アリシアの方も素直に思った。それから三人の昼食会は穏やかに進んだ。アランは二人に平等に話題をふり、終始優しい笑顔を向けてもてなしていたし、町娘として育ったカレンの話は新鮮で、いつもホアンの面倒に追われゆったりした昼休みを過ごすことのなかったアリシアにとって、楽しいひと時と言えた。それに、アランの王太子然とした態度に感銘を受けた。
「アラン殿下は学生の身でありながら、ご公務に積極的に携わられるのは将来を見据えていらっしゃるからですよね。素晴らしいですわ」
「あぁ、まぁ、自由が利く学生のうちに取り組んでおいた方がよい政策もある」
「凄いですね。遊べるときに遊んでおこうってわたしなら思ってしまいます」
カレンが笑って言う。アリシアも全く同感であるが、王子の立場が不幸だとは思わない。義務を果たす対価に、他の者がどんなに望んでも手に入らない財力も地位も権力もアランは生まれながらに持っている。この学園にアランに逆らう者はいない。女生徒の憧れの眼差しと男子生徒の羨望を一身に纏っている。割りを食っているならば――
「スカーレット様は今日はご一緒ではないのですね」
アリシアが尋ねると、アランは短く責めるように、
「あぁ、勝手をしている」
と告げた。
「勝手、ですか?」
そう言えば食事に誘われた時も同様なことを言っていた。アリシアはスカーレットとも挨拶を交わしたことがある。凛とした美少女で、アランに首ったけであることは誰が見てもわかった。
「あぁ、昨日急に今日は友人と昼食をとるなどと言い出した。何を考えているのだか」
「ご友人とお話があるのではありませんか? 女性同士でないと話せないこともありますから」
「そういうのを町では女子会って言うのですよ」
アリシアが庇うように言えば、カレンもにこやかに付け足した。昨日告げたのなら勝手とは言えないのではないか、とアリシアもカレンも思った。しかし、アランにはそれが不快だった。
「わざわざ昼休みでなくてもよいだろう。学期末まではカレンと共に食事をする約束しているんだ。婚約者がいるのに二人で食事をするわけにはいかん。あいつには義務がある。それを破るとは勝手だろう」
「あの、それならわたしは別に……」
「お前のことは学園長に頼まれている」
柔らかな会話から打って変わりアランが不機嫌に言う。カレンは困ったように笑うしかなかった。一方のアリシアは、なんだかなぁ、と無性にスカーレットに同情した。
(王子って、結局は皆、我儘なのかしら)
先程までの感動が砂地に水が染み入るように消えた。
割りを食っているのはスカーレット。
アリシアはそう思っている。スカーレットについて、アランに憧れる令嬢達の間ではやっかみめいた揶揄が囁かれているのを知っているのだ。それは偏にアランがスカーレットにそっけないからだった。スカーレットが、頻りに、
「アラン様、アラン様」
と追いかけ回す様を、婚約者に成り損ねた令嬢達が嘲笑う。それでもスカーレットは気丈だった。いつも背筋を伸ばし美しい所作でアランの傍にいた。父は国の宰相で公爵の爵位を持つ。スカーレット自身も優秀で既に王妃教育も終了させ、卒業後は婚儀をするだけの状態だ。何も卑屈になることなどない。だが、社交界でファーストダンスを踊った後、アランが他の令息達と政治の話題に華を咲かせるのを黙って見ている時、笑っているが悲しんでいるのが痛いほどわかった。アラン王太子に瑕疵はない分、余計に。スカーレットが恋をしている分、尚更に。それは、アリシアにとって隣国にいた頃のホアンと自分を彷彿とさせるものだった。嫉妬と嘲笑。
「追いかけ回してみっともない」
部外者は黙っていろと何度も思った。それでも、ホアンが自分にだけは気を許してくれていたことが救いだった。スカーレットにとってのそれは正式な婚約者であることだろうか。
(やめてしまえばいいのに)
自分がホアンを諦められないことを棚に上げて容易く思うことが何回もあった。
「スカーレット様は素晴らしい方だと思います。あの厳しい王妃教育もすでに終了されているではありませんか」
王子に喧嘩を売ってどうする。だけれど、アリシアは黙っていられなかった。
「王妃教育って、そんなに厳しいものなんですか?」
カレンの興味津々な質問にアリシアは続けた。
「えぇ、中には途中で挫折して婚約破棄に陥った令嬢もいるくらいです。幼い頃から七時間も、八時間も、姿勢やマナーを躾けられるの」
「えー、わたしが鬼ごっこして遊びまわっている頃ですね」
カレンが屈託なく笑う。この子はよいアシストをしてくれるな、とアリシアは好意を抱いた。
「王妃になる者の務めだ」
アランがつまらなそうに口を挟む。
「アラン殿下も、王位を継ぐ教育を受けられていたのですよね? やはり幼い頃から?」
「あぁ」
自分も努力をしてきたから、スカーレットもそうして当然。アリシアは自然に笑みが溢れた。アランとスカーレットは違う。生まれもっての絶対王者と、後から選ばれた婚約者。スカーレットに代わりたい令嬢は沢山いる。二人の間に何かあれば非難されるのはスカーレットだ。アランが思うより女の嫉妬は陰湿で根深い。スカーレットのプライドと気丈な性格上、アランに泣きついたことはないのだろう。故に、アランの義務的な態度がどのような苦渋をスカーレットにもたらしているか知らない。いや、知っているならいよいよ事故物件だ、とアリシアは思った。
「アラン様もスカーレット様も素晴らしいですわ。王妃教育を放棄したわたしの友人の令嬢に教えてあげたい。けれど、彼女は今自由に生活できて幸せなんです。隣国にいますけれど、誰に遠慮することもなく気ままにうちへ遊びに来たりして。市井へ出掛けたりもしますのよ。自分の代わりの令嬢は沢山いるから婚約が破棄になってよかったと笑うのですもの、スカーレット様とは違いますわね。そろそろまた訪ねて来そう。そうだわ、カレン様、貴方市内のことにはお詳しいでしょ? 素敵なお店を教えてくださらない?」
「あ、はい! どんなお店がお望みですか?」
少し当てこすり過ぎたか、とアリシアは思ったが、アランは何も言わなかった。カレンが楽しげに語る最近できたばかりのカフェや雑貨屋の話に、和やかな空気が戻った。
(スカーレット様も婚約破棄した方がいいんじゃないかしら)
しかし、アリシアはスカーレットに自分を重ねてやるせない気持ちで一杯だった。スカーレットとは顔見知り程度、その内心までは知らない。全てが自分の憶測である。余計なことを言ったかもしれない、と後悔したが、謝罪するのも藪蛇だろう。アランにチラリと視線を投げると、カレンの話を熱心に聞いている。アリシアもまた考えを払拭するようにカレンの話に耳を傾けた。
一方、カレンは二人の視線を感じ、態とらしいくらい明るい声で話を続けていた。二人の心がここにあらずなことには気づかない振りをして。