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5 ソフィア・マクラミ男爵令嬢1

登場人物がややこしいので関係図載せときます。


《既存のゲームの組み合わせ》

王太子アラン×婚約者スカーレット


騎士団ロン×幼馴染ヨハナ


化学教師ホアン×再従兄妹アリシア


女たらしシド×義妹ソフィア



《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》

王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)


騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)


化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)


女たらしシド×スカーレット(アランの相手)


 ソフィア・マクラミ男爵令嬢の長い片思いの話をするには、まず彼女の母と義父について語らねばならない。

 ソフィアの母マリアは男爵家の一人娘として、義父であるダンは商家の次男坊として片田舎の町で出会った。二人の間には淡い初恋があったが貴族と商人との階級に阻まれお互い気持ちを伝えることなく終わった。やがてマリアは王都の全寮制の学校へ、ダンはそのまま田舎町で家業を手伝い別々の道を歩き始めた。

 その後、マリアはその美しさから子爵家の令息に望まれ嫁いだ。しかし、幸せな結婚ではなかった。女遊びの激しい旦那の言動にマリアは疲弊していった。一人娘のソフィアが生まれてからも、屋敷内の侍女に手を出す有様に、ソフィアは耐えきれず実家のある田舎町へ避難した。そこでダンとマリアは再会する。ダンは結婚後、妻を亡くし息子シドを男手ひとつで育てていた。ダンはマリアの不遇を聞き、何かと力を貸してくれた。そして、そこでソフィアはシドに出会い、恋をするのである。シドが七歳、ソフィアが六歳の年だった。

 しかし、その幼い恋には直ぐに終止符が打たれた。ソフィアはシドに深く傷つけられて、その思いに蓋をした。


「シドって、あの子のこと好きなの? 毎日遊びに来られて迷惑じゃない?」

「………別に、親父に頼まれているから」

「そっか、頼まれているから仕方なく相手しているんだ。可哀相。あの子も図々しいわね」

「本当。貴族の娘だから我儘なのよ。嫌がっている相手の家に毎日押し掛けるなんて。嫌われているのがわからないのかしら? シドもはっきり断ればいいのに!」

「仕方ないだろ。親父には逆らえないんだから」


 少女達は町で有数の裕福な商家の息子であり、美男子のシドを貴族の娘に取られたくない嫉妬心があったし、シドは揶揄われるのが嫌で虚勢を張っただけだった。だけれど、当時六歳のソフィアには人の心の真意まで汲み取れない。偶然会話を耳にして屋敷へ逃げ帰った。そして、約束の時間になっても遊びに来ないソフィアを迎えに屋敷へ訪れたシドを、


「商人なんかとは遊ばない!」


 と門前払いにした。その日以降、ソフィアはシドと遊ばなくなった。

 一方、シドにはわけがわからなかった。何度もソフィアを訪ねたが、会うことは叶わないまま「シドと遊ぶ方がいい」と断っていた貴族のお茶会にソフィアが参加していることを知った。貴族の輪の中で笑うソフィアを目の当たりにしたことで、シドの方もソフィアの元へ出向かなくなった。

 それからほどなく、ソフィアの父である子爵が体調を崩した為に、シドと仲違いをしたままソフィアは母と共に王都へ帰った。二人の関係は途絶えたのである。

 王都に帰ってからの日々は以前とは違った。体調を崩し、愛人に見捨てられた旦那を、マリアは放置することができなかった。皮肉にも壊れた家族の縁を病気が繋いだのだ。だが、マリアとソフィアの献身的な看病も虚しく、子爵は八年にも及ぶ病床生活の末、亡くなった。未亡人となったマリアは実家の男爵家へ戻ることになったが、ソフィアが田舎へ帰りたがらなかった為、王都で居住し続けることにした。ソフィアは、シドとの諍いがずっと心に残っており田舎では暮らしたくなかったのだ。しかし、ソフィアは王都でシドと再会することになる。兄と妹として。

 マリアとソフィアが去った後、ダンは持ち前の才覚でビビアナ商会という貿易商を立ち上げ巨万の富を築いていた。王都に拠点を移した際に、偶然マリアと再会し、二人は漸く初恋を成就させたのである。それから、マリアの実家のたっての願いで、ダンは男爵家の婿養子に入った。爵位を金で買ったと言われる所以であるが、実際のダンとマリアは仲睦まじい夫婦だ。ソフィアはマリアの長年の苦労を知っているし、シドも男寡でこれまで自分を育ててくれた父に対し、再婚について文句は言わなかった。表面上、仲の良い家庭が成立していた。だが、二人の子供達の関係は複雑だった。ソフィアはずっと心に留めていたシドに再会したことで、封印したはずの恋心を燃え上がらせたが、シドの方は冷めた目でソフィアを見ていた。シドはソフィアが陰口を聞いていたことは知らない。商人の自分を馬鹿にしていた癖に、大富豪になった途端掌を返す態度が気にくわなかった。学園へ入ると、父の苦労を知らず爵位を金で買ったと驕慢な態度で侮蔑する貴族達にも腸が煮えたぎった。シドの屈折した女遍歴が始まりだった。貴族の令嬢を口説き落しては別れることを繰り返した。財力もあり眉目秀麗なシドが優しく囁けば、あれほど自分を蔑んでいた女がころりと落ちるのは存外気分が良かったし、何より自分に好意を寄せるソフィアの苦渋な表情を見ると高揚した。優しくしたり突き放したりと、ソフィアの心を弄ぶ歪な関係が続いていく。

 そんな中、シドはカレンと出会い心を通わせるようになる。カレンの母親が家名を捨て駆け落ちしたことも、カレンが差別主義の侯爵と和解していく様も、シドの曇った視界を晴らすものだった。幼いソフィアが自分を拒絶したことを根に持って、現状辛く当たることが愚かに思えた。家族なのだからソフィアとの仲を修復すべきと反省する。シドは、ソフィアへの態度を改めるが、ソフィアはやっと自分に振り向いてくれたと多大な勘違いをする。シドに纏わりつくカレンを敵視し、貶めるよう画策して、最後はシドとの子供を孕んだと嘘をでっちあげた挙句、修道院送りとなるのだ。


――貴方、このままじゃ一生戒律の厳しい修道院で暮らすことになるわよ? だからもう止めなさい。シドが貴方に優しくするのは弄びたいだけだし、この先心を入れ替えるのはカレンの為だしね。カレンに見合う男になる為に、貴方を受け入れる。騙されたら駄目。わかる? 貴方のことは、金持ちになった途端に擦り寄ってきた浅ましい女だと思っているのよ。


 声の言葉を聞き終えたソフィアはぽろぽろ泣き出した。自分の未来が真っ暗であることがショックだった。ソフィアは我儘娘ではあるが、人の言うことは素直に聞く性質なのである。突然降って来た声を「天使様」だと思い込み、


「貴方の運命の相手について教えたいことがあるの」


 と伝えると目を輝かせて話を聞いていたが、途中から表情は絶望へと変化した。他の悪役令嬢たちが半信半疑に突っかかってくるのに対し、こんなにあっさり信じて大丈夫なのか心配になるが、出来の悪い子ほど可愛い。特別に肩入れしたくなってしまう。


「わたしはどうすればいいの? 修道院なんて行きたくないわ」


――だから、もうシドのことは諦めなさい。貴方の運命の相手はシドじゃないの。他にちゃんといるから。誰だかわたしは知っているの。


 震えて泣きじゃくるソフィアに告げると、黙ったままで静止した。夢見がちなソフィアには「運命の相手」というワードは絶大な効果があるようだった。


――明日、シドと待ち合わせているわね? 今度の社交界で着るドレスを見立ててもらう約束をしている。だけれど、すっぽかされるから。


 ソフィアは反論しなかった。これまで何度かそんなことがあったのだ。 


――だから、お父さんの会社のビビアナ商会に行って! 女性へのプレゼントに困っている男がいるから声を掛けるの。一緒に選んであげなさい。それが貴方の運命の人!


「でも、他の女性へのプレゼントを選んでいるのではないの? その方が恋人なんじゃ……」


 ソフィアがびくびく答える。この娘は本当に、睡眠薬を仕込んでシドと寝台に入り妊娠まででっちあげる悪役令嬢なのか。プログラムを組み替えているとは言え、かなり齟齬が出ている気がしてならない。嫉妬に狂ってそんなに性格が激変するものだろうか。しかし、引き下がれないので進めた。


――それはただのお礼だからいいの。


「本当にその方がわたしの運命の人なんですか?」


 ソフィアは泣き顔を上げて固唾を呑んで答えを待っている。そうしようと思っているところだ。念押しされると若干返答に迷いが生じる。だが、シドを忘れさせるには、運命の相手に意識を向けさせることが手っ取り早いように思えた。シドルートは、他の攻略対象とは違い、シドが単純なソフィアの気持ちを弄ぶところに問題がある。ホアンルートも大概だがこっちもよっぽどなのである。


――うん。まぁね。


 少しばかりの後ろめたさを残しつつ肯定の返事をするとソフィアは、


「そう。そうなのね……」


 と噛みしめるような、戸惑うような声音で返した。ソフィアが初恋のシドに拘るのは、母親と義父の二十年越しの恋の成就を見たからだ。どんなに苦境に陥っても運命ならいつか結ばれると信じていた。しかし、天使様に全面否定されてしまった。夢見がちなソフィアの心中が如何なものか。激しく揺れているのだろう。故に押しの一手あるのみ。


――それから明日、夕飯の席で、シドがお詫びに観劇の鑑賞に誘って来るけどちゃんと断ってね! 運命の人がいるのに浮気は駄目よ。


 強引すぎる気もするが、ソフィアは思い込みが激しい。シドに執着しても不幸になるだけなのだから、早々に見切りをつけさせた方がいい。


「運命の人……シドがそうだと思っていたの」


 呟くソフィアの物悲しい声は聞かなかったことにした。

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