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4 アリシア・ワトスン伯爵令嬢1

登場人物がややこしいので関係図載せときます。


《既存のゲームの組み合わせ》

王太子アラン×婚約者スカーレット


騎士団ロン×幼馴染ヨハナ


化学教師ホアン×再従兄妹アリシア


女たらしシド×義妹ソフィア



《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》

王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)


騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)


化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)


女たらしシド×スカーレット(アランの相手)


 アリシア・ワトスン伯爵令嬢の朝は早い。

 毎朝、誰よりも早く登校し、用務室でだらしなく眠るホアン・ジェネフィス先生を起こさねばならない。

 いつもボサボサの頭で薄汚れた白衣を身に纏い呪文を唱えるようにボソボソ話すことから「魔女先生」などと呼称されているホアンは、実は学園長の甥で隣国の第三王子である。再従妹であるアリシアと学園長しか知らない秘密だ。年齢も二十五と偽っているが、実際は十八になったばかりだ。

 ホアンは十五歳で既に修士課程を終了させている。頭脳だけで言うならば、兄である第一王子、第二王子より遥かに優れた人物だ。しかし、それが仇となり、大人の醜い私欲の被害に遭ってしまった。あまりに有能すぎた為、ホアンを王に祭り上げ政権を握ろうと画策する為政者が、僅か七歳の少年を手懐ける為、寝台に女を送り込んだのだ。目論見は未遂に終わったがホアンの心に「自分が王子だからこんな目に遭ったのだ」と暗い陰を落とした。そんなホアンは皮肉なことに誰もが目を見張るほど美しい青年へと成長していった。国内では絵姿が出まわり、貴族令嬢のみならず平民からの人気も高かった。その姿を一目見ようと、ホアンが出席する舞踏会には女性が押し寄せた。しかし、それに反比例するようにホアンは幼少期のトラウマから、異常な女嫌いで、必要最小限の関わり以外、他人と懇意にすることもなく、与えらた公務をこなす他は自室に籠り、好きな化学の研究に打ち込む生活を送っていた。もしもあんな事件さえなければ国の中枢にいる男だったはずである。立太子した兄を支え補佐として国政に参加させたい。何とか社交の場に引っ張り出す方法はないか。周囲の人間は頭を悩ませていた。だがそれも、留学中の同盟国の皇女がホアンの寝台に忍び込んだことで泡沫の夢へ消えた。ホアンの精神は不安定さを極めた。結果、しばらく王室から離れさせた方がよい、と決議がなされ、隣国に住む叔父が運営している学園へ臨時教師として入ることとなった。誰も自分の出自を知らない国で、化学に没頭し、麗しい容姿を隠し誰からも相手にされないことが、湾曲した彼の心を安定させたのだ。

 そんなホアンを慕い、後を追って学園に入ったのがアリシアだ。アリシアとホアンは事件が起こる以前から仲良く遊んだ幼友達だ。ホアンの内側にいる数少ない人間である。アリシアはホアンに恋愛感情を抱いているが、ホアンには隠している。女嫌いのホアンに、女性の欲を見せれば嫌われると思ったから。そして、現在も毎日まるで母親のようにホアンの世話をしている。王子に変な物を食べさせられないと、毎食シェフに作らせた食事を運び、伯爵令嬢自ら用務室を掃除し、洗濯物を持ち帰り、献身的に尽くしているのだ。だというのにゲーム上、ホアンは最悪の愚行でアリシアではなくカレンを選ぶのだ。


――絶対許せないわよ! 貴方は飯炊き女じゃないのよ!


 その奇妙な声がアリシアの耳に届くようになったのは三日前である。

 夜中に何処からともなく聞こえてきた声に飛び起きた。幽霊か。元来その手の話に弱いアリシアは、恐怖の中、侍女の部屋まで行き、泣きついて一緒に寝てもらうことにした。しかし、その夜はもう何も聞こえては来なかった。幻聴だったのかもしれない。いや、しかし、はっきり聞こえた。安堵と不安が交互に迫り上がってくる。翌日ホアンに相談してみるも、


「君は昔から怖がりだからな。風の音じゃないか」


 と笑い飛ばされてしまった。だが、その夜も同じ現象が起きた。半泣き状態でまた侍女に縋りつき一緒に寝てもらった。しかし、しばらくすると今度は侍女が部屋にいるにも関わらず声は聞こえた。アリシアは発狂して、簡易ベッドに眠る侍女を揺さぶり起こすが、


「何も聞こえませんよ? お嬢様、お疲れなのではないですか。毎朝早くからお出かけになるから」


 と告げて涼やかに寝入ってしまった。信じられない思いでアリシアは自分も頭から布団を被り耳を塞いだ。だが、それでも聞き漏れてくる声に段々憤りを感じた。声は繰返しアリシアを罵倒しているのである。


(幽霊に馬鹿にされる覚えはないわ)


 侍女が傍で寝ている手前反論することは憚られた。頭がおかしくなったのか、と思われたら厄介だ。そして次の日、アリシアは、侍女を付けずに部屋で声を待った。

 日中、一日中、声の語る荒唐無稽な話について考えていた。その内容はアリシアにとって不快極まるものだった。

 この先、ホアンはカレン・フォスター侯爵令嬢を好きになるという。カレンは平民として育ち、最近祖父であるフォスター侯爵に引き取られたらしい。故に、貴族の令嬢らしくなく、王族、貴族、商人、農民といった階級差別意識を持たない。ホアンは自分を王子という色眼鏡なしに見てくれるという理由からカレンに惹かれていく。二人が逢瀬を重ねる中、アリシアは、あくまでホアンを王子として扱う。あまりに無防備に二人が町へ繰り出し行動することに何度も何度も注意するが、聞き入れられない。


「君は王子としての僕しかみていない」


 ホアンはアリシアを邪険に扱いカレンにのめり込む。アリシアはカレンに嫉妬の炎を向け、遂には階段から突き落とすという傷害罪に手を染め処罰される。


(そんなこと、あり得ないわ!)


 声の言葉を幾ら思い返しても納得できなかった。そんな馬鹿な話はない。自分がどれほどホアンのことを思ってきたか。彼を支える為に隣国へ転校までしてきたのだ。今夜、声が聞こえたら問いただしてやろうと決めた。幽霊より、理不尽さへの憤りが優っていた。そして夜半になり、当たり前みたいに声が聞こえた瞬間、アリシアは叫んだ。


「そんな嘘をでっちあげて、わたしをどうしようって言うの!」


――わたしは貴方の味方よ? 貴方が処刑されないように助言してあげているの。貴方が一番無茶苦茶な理由で振られるから、わたしは怒っているわけ。だって、貴方がどんなに尽しても、ホアンは「僕が王子だからだろう。カレンは本当の僕をみてくれる」って言うのよ? ホアンと貴方は再従兄妹同士で出会った。最初から王子と知っていた。これはどうすることもできない事実なのに、貴方のことを、まるで自分が王子だから言いよる浅ましい女みたいに言うの。無茶苦茶じゃない? ホアンはこの先、貴方とカレンを比べて嫌悪するわ。疎ましがって、いくら貴方が否定しても信じないの! それなのに貴方は諦めきれずカレンに怪我をさせて破滅する。馬鹿馬鹿しい! 貴方を飯炊き女にしておいて、あっさり乗り換えるんだから!


 アリシアは声の言葉に奇声を発して反論したかった。だけれど、ホアンの態度に思うところはあった。ホアンの心が閉ざされてしまって随分になる。アリシアに対しては、他の人間に接するよりは軟化した態度である。しかし、心からの信頼を寄せているかと言われれば微妙だ。いつか頑なな気持ちが融解して、昔みたいに笑い合える日がくるんじゃないか、と願ってきた。でも、それをなし得るのは自分ではないかもしれない。考えないようにしてきた事実が突然浮き彫りになった。


「貴方は何者なの? 何故そんなことがわかるの?」


――何者と言われても困るんだけど、プレイヤーかな? 


「プレイヤー……?」


――明日、カレンとホアンには出会いイベントがあるわ。カレンの持参したサンドイッチにホアンが興味を示して食べるの。


「ありえないわ! ホアンが信用ならない他人からの食事を食べるなんて!」


――だけど、食べるの。貴方が毎朝、毎食、わざわざシェフに用意させた食事を運んでいるというのにね。だから明日、昼休みに用務室に行ってももぬけの殻よ。中庭でカレンと会っているから。昼食も用意する必要なんてないからね! もうとっとと手を引いて、ホアン付の執事に隣国から来てもらいなさい! 貴方が役目を降りるって言えばそうなるでしょ!


 プレイヤーがどうしてそんな激高するかは不明だが、自分の為に感情を揺らしてくれていることは理解できた。その同情が妙に悲しくてアリシアは何も答えられなかった。




 昼休みの鐘が鳴る。

 カレンはバスケットを手にして中庭へ向かっていた。

 本日、アラン王太子は公務の為、学校を休んでいる。いつも共にランチを取っているが今日は中止になった。事前に知らされていたカレンは、昼食にサンドイッチを持参してきた。学園には食堂があるが何となくハードルが高い。昨日、久しぶりに義兄のレオルドに会い、そのことを告げると、朝からサンドイッチを届けてくれた。むろん家業のパン屋で作るレオルドの特製だ。カレンが幼い頃から好きだったものである。朝から昼食が楽しみだった。

 中庭につきベンチに腰掛けバスケットを広げた所で、ホアンに出会した。定期考査について質問があった為、カレンが話し掛けると、ホアンは一瞬眉根を寄せた。だが、カレンの真面目な質問に納得して教師らしく答えを返した。淡々と会話が続く中、ふいにホアンがサンドイッチに目をやった。カレンは物珍しげな視線に気づき、


「わたしの義兄が作ってくれた物です。よかったら」


 とバスケットを差し出した。


「シェフなのか?」

「シェフ、というかパン職人です」


 ホアンはシェフ以外の人間の食事を取ったことはない。ましてや手掴みで頬張るなんてことは考えられない。最初は半信半疑で手を伸ばしたが、一口食すと止まらなかった。

 カレンは、自慢の義兄のサンドイッチを「この世の物とは思えない美味しさ」とばかりに夢中で食べているホアンに笑みが溢れた。先程声を掛けた時は、先生にあるまじき拒絶の色が見えて「質問があるならば」と仕方ない体であったのに、この変わりようがおかしかった。くすくす笑うカレンを不思議に思いホアンが言葉を掛けようとした時、突然冷たい声が間に入った。


「ホアンに変な物を食べさせないでください」


 アリシアが憤然と立ちはだかっている。


「ホアンにはちゃんと昼食を用意してあります。そんな得体の知れないものを食べさせないでください。何かあったらどうするおつもりですか?」

「何かって……」


 カレンは困惑した。王族が毒見もなくシェフ以外の食事を取るなどは考えられない行為だ。アリシアが毎食、わざわざ運んでくるのもその為である。この国のアラン王太子も自ら用意した特製のランチを取っている。第一、ホアンは媚薬を盛られ他国の皇女に襲われた経験がある。見知らぬ女性の差し出した物など食べるはずがない。一体何をしたのか。アリシアは詰問せずにはいられなかった。しかし、ホアンが王子であることも、その他のことも何も知らないカレンには、ただの言い掛かりである。


「やめないか、アリシア。僕が頼んで分けてもらったんだ。失礼だろう」


 ホアンがアリシアを嗜める。ホアンの内情は伏せられているが、アリシアとホアンが再従兄妹であり、アリシアがやたらにホアンの世話をしていることは周知の事実だ。カレンは、アリシアが何らの嫉妬心を抱いて発言したのだと解釈した。


「……そうですか。貴方、確か転入生のフォスター様でしたわね。不躾なことを言いました。申し訳ありません。けれど、今後はこのようなことがないようにお願いしますね」

「あ、はい。すみません」


 アリシアのピリピリした物言いにカレンは恐縮した。現状、カレンはホアンに何の好意もない。痴話喧嘩に巻き込まれては迷惑なだけだ。さっさと退散しよう、とバスケットを抱えた。


「では、わたしはこれで。先生、質問有難うございました」

「いや、こちらこそ。御馳走様」


 カレンはアリシアにも頭を下げ、急ぎ足で去っていく。アリシアはその姿をしばらく見つめていたが、ホアンに視線を移して信じられない気持ちになった。


「ホアン、一体どういうつもり? 何の為にわたしが毎日食事を用意していると思っているの?」


 アリシアの怒りを意に介さず、ホアンは残りのサンドイッチを口にしようとしていたのだ。


「僕が王子だからだろ? 毒でも盛られたらって。もう、そういうのは止めてくれないか。君に警護をしてくれとは頼んでないよ。ここでは僕はただの化学教師なんだ。大体、ホアン先生と呼べって言っているだろ」


 ホアンがげんなりして言うとアリシアは黙った。いつもならばここでアリシアが激昂し更に長いお説教が始まる。結局、ホアンが、


「はい、はい。わかったよ。好きにやらせてもらっているんだから、問題起こさないように気をつけろってことだろ。わかった。これでいいか?」


 となる流れだ。しかし、この日は違った。


「わかりましたわ、ホアン先生。では、もうお好きなようにしてください。さよなら」


 アリシアはそれだけ言うと中庭を去った。ベンチに腰掛けたまま、拍子抜けしたように驚くホアンの顔を振り返ることなく足早に進んで行く。最悪に胸がむかついていた。


――偉いわ! アリシア! よくやった! あんな甘えた男は貴方の運命の相手じゃないのよ。執着するだけ馬鹿らしいわ。


「当たり前よ! わたしが飯炊き女ですって? 冗談じゃないわ!」


 脳内に響く自分を賛辞する声にアリシアは漫然と返すが、すぐにはっとなった。


「貴方、夜だけじゃなく昼も出てこれるわけ?」


――別に夜だけなんて言ってないでしょ。それよりやっとわたしのこと信じたでしょ?


 アリシアは昨夜のプレイヤーの忠告を無視し、昼休みに屋敷から宅配させたランチを持って用務室へ訪れた。ホアンがいることを願って。しかし結果はプレイヤーの予言通りである。それでも一抹の希望を胸に恐る恐る中庭へ向かえば、カレン嬢らしき人物とホアンを見つけた。その手にはサンドイッチがある。自分がランチを届けることを知っているくせに、とアリシアは怒りが込み上げた。こんこんと言い含めてやろうと思ったが、


「僕が王子だからだろ」


 ホアンの放った言葉に完全に興が醒めた。風船の空気が抜けるように気持ちが萎んでいくのを感じた。王子を王子らしく扱うのは当然だ。確かに幼少期に起きた事件も媚薬を盛られたことも不幸だが、王子として特権を享受することもあったはずだ。現に今だって好き放題に暮らしているのは、王子であるからだろう。義務を放棄して権利を行使するお子様にこれ以上付き合えない。それに、


「ホアンが好きだったの。昔は一緒によく遊んだわ。自分は王子だから、結婚してわたしのことお姫様にしてくれるって。でも、わたしはホアンのお嫁さんになれたらお姫様じゃなくてもよかったの。そう言ったのに、とっくに忘れているのね」


 アリシアがぼんやり呟いた。


――ホアンは貴方の運命の人じゃない。これから貴方には素敵な出会いがあるから! いい人紹介するからね!


 プレイヤーが態とらしいくらい明るく、あまりに軽々しく答える。それがひどく可笑しくて、アリシアは空へ目を向けた。やはりプレイヤーの姿は見えない。だけど、晴々とした青空に気持ちが淘汰されるのを感じた。


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