17 変調 2
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
???×ヒロイン カレン
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
義兄レオルド×カレン
*1部→3部→8部→11部→15部→17部の順番がヨハナルートの時系列です。
ヨハナはこれほどに自分の性格を面倒くさいと思ったことはなかった。
昨日、ホアンにアリシアへの伝言を頼まれて嫌々引き受けた。しかし、どう考えてもアリシアが応じるとは思えない。一度断られているのにしつこく二度目の誘いをするのは如何なものか。ホアンへの同情心からではなく、アリシアが抱く自分の心象を考えて重い気持ちになっていた。それでも、元来真面目で責任感が強い性分である為、約束を破る選択はできなかった。どう切り出そうか、何と言えばアリシアの気分を害さないだろうか、と一晩あれこれ思い悩んで屋敷を出た。
アリシアは普段、ホアンの面倒を見る為、始業ギリギリで教室に入ってくる。今日はヨハナが登校するより前に席に着いていた。ヨハナは一瞬、ギクッと怖気づいてしまったものの、悪いことをしているわけではないし、伝言を頼まれただけで仕方のないこと、と自分を鼓舞してアリシアの元へ向かった。
「アリシア様」
声を掛けると、アリシアが読んでいた手紙らしき物から顔を上げた。目が合うと柔らかに微笑み、
「お早うございます。ヨハナ様。昨日は色々ご迷惑をお掛けしましたわね」
と告げた。タイミングのよい話題が出たのでチャンスとばかりにヨハナは、
「いえ、迷惑なんてとんでもないです。それより、どうしてもアリシア様とお話をされたいと、また伝言を頼まれました。今日の昼休みに自分が行くから教室で待っていてほしいそうです」
と伝えた。気が焦り、考え抜いた台詞とは全く違うストレートな言葉になってしまった。
「……それはお手間を取らせましたわね。申し訳ありません」
「いえ! そんなことは全く構わないのですけれど……」
アリシアの表情を窺いながら、ごにょごにょ告げた。ほぼほぼ返事は拒絶だと確信していたが、
「わかりました。ですが、今日の昼休みは他に用事がありますので……それが終わってからなら」
とアリシアは苦笑いながら答えた。
「! もちろん、それは大丈夫だと思います。ずっと待っていると仰っていましたから」
「……そうですか。ご迷惑掛けて申し訳ありません」
アリシアが本当に申し訳なさげに謝罪するので、ヨハナは心底ホアンを恨めしく思った。
「いえ、差し出がましいことをしているのは私ですから」
「そんなことはないです」
アリシアが柔らかに笑ってくれる。折角話をする機会を得ているのだから他に気の利いた言葉をはないか。共通の話題を考えるが、残念ながらホアンのことしか浮かんでこない。まごまごしてる間に就業のチャイムが鳴り、やむなく自席へ戻った。
昼休みになると、授業終了と共にアリシアは足早に教室を出て行った。ヨハナは、ホアンに、アリシアには先約がある旨を伝えておこうと教室に残った。
学園の昼休みは二時間と長い。教室内は飲食禁止である為、大概皆、カフェテリアか、中庭へ弁当を下げて出て行く。
がらんとなった教室で、ヨハナがぼんやりしていると、ホアンが乱雑に教室の前扉から入ってきた。息が上がっている。ヨハナはホアンから授業を受けたことはないし、普段の様子などまるで知らないが、走ったり、あくせくしたりするタイプではないことは分かる。慌てて来たことは意外だ。太々しい態度で謝罪するのだと思っていた。
ヨハナは立ち上がると、ホアンの元まで行って、
「アリシア様は、先約があるそうです。それが終われば戻ってきてくださるそうですよ。では」
と告げ、そのまま教室を出て行こうと歩みを進めた。
「待ってくれ」
がっちり腕を掴まれたので、驚いて振り向く。厄介ごとに巻き込まれるのは御免なのだが、振り払うのも不敬だろう。何せ相手は隣国の王子だ。
「なんですか?」
「ア、アリシアは、」
「ですから、先に別のお約束があるそうです」
「怒っているのか?」
「さぁ。私に八つ当たりするような方ではないので、ホアン先生に対してどう思っているかは知りません」
「大体わかるだろう」
アリシアとの付き合いならば、自分よりホアンの方が長いはず。そもそも喧嘩の原因がなんであるのか詳細も知らないのだ。昨日の今日で許せることなのか、一生許せないのか。
「わかりませんよ。アリシア様に直接お尋ねください。私はもう行きますから」
「そんな冷たい。乗り掛かった船だろう」
無茶苦茶な道理を正論みたいに言われても困る。
「お離し下さい。アリシア様が戻って来られたら変に思われます」
ホアンが我に返ってパッと手を放す。先生と生徒と言えど、令嬢の腕を掴むなど言語道断だ。しかし、それほど切迫詰まっている様子に、ヨハナは不快感より溜飲が下がる思いだった。が、
「ヨハナ!」
背後から聞き慣れた声。振り向くとロンが廊下の先に立っている。二年生の教室に何故ロンがいるのか。昼休みにロンがヨハナを訪ねてくるのは珍しくない。ランチを一緒にとる約束をすれば、必ず迎えに来てくれる。誘うのはいつもヨハナからなのだが。しかし、本日はしていない。何故今日に限って、という感情が湧いて出た。やましいことをしていたわけではないが説明できない。
「後で結果を聞きに参りますから」
ヨハナは、小声でホアンに告げて足早にロンの元へ向かう。流石にホアンは追い縋っては来なかった。
「ロン、どうかしたの?」
何事もなかった素振りでヨハナはロンに笑い掛けた。
「昨日のタルト、凄く美味しかったわ」
「あの男は?」
あの男。
ホアンは一年生と三年の特進クラスの担当だ。ロンは騎士団にいながらも座学も優秀でホアンの授業を受けている。ホアンはすぐに教室に引っ込んだから、顔は見えていなかったかもしれないが、白衣で教師であることは分かったのではないか。
「先生よ。相談事があったの」
向こうからの相談なのだが、嘘は言っていない。
「試験勉強か? あの先生は二年の担当じゃないだろ」
やはり誰か分かっていたのではないか。確かに、担任でもなく、担当科目もないヨハナには関わりはない。しかし、別に話し掛けてはいけない決まりはないだろう。
「いえ、個人的な相談です」
「なんだ? 何か悩んでいるのか?」
ロンの眉間に皺が寄る。才色兼備のヨハナの悩みなどこの十七年でただ一つ。ままならない恋について以外になかった。だから、今は何もない。
「えぇ、ちょっとね……」
ホアンとアリシアのことをペラペラ話せるわけはない。
「なんだ?」
しかし、ロンは食い下がってくる。
「……ロン、私ももう子供ではないのよ。女性が言葉を濁したら素知らぬふりをすべきよ」
妹分の悩みを解決してやろうという男気はロンらしい。女心に鈍いところも。心配してくれているのは有難いが、しつこいな、というのが正直なところだ。恋心を無くした途端にこんな風に思う自分は薄情だろうか。
「ヨハナ、昨日から変じゃないか? 急にどうしたんだ」
「別に急にじゃないわ。前から思っていたことよ。妹、妹ってロンが言う度にね。世間の兄妹ってこんなにべったりしていないでしょう? いい加減兄離れしないと。いくら本人同士が兄妹って言っても世間的にはそう評価してくれないし、お互い恋人ができないのは困るじゃない」
「恋人なんて、オレは別に……」
「そう? 私は作りたいと思っているわ」
「やっぱり好きな男がいるのか」
何故そんな風に飛躍するのか。昨日も違うと言ったはずだ。大体、ほんの数日前までロンの後を追いかけ回して、好意を露わにしていた。それが突然別の誰かを好きになるわけがないだろう。つまり自分の思いは全く伝わっていなかったし、ロンにそういう対象として見られていなかったのだ。自分の前で「恋人は別にいらない」と平気で言うことにも、ヨハナは現実を突きつけられて寒々しくなった。
「まさか、さっきの男じゃないだろうな? 教師だぞ。生徒に手を出すなんて許されない。ちょっと話をつけてきてやる」
黙ったまま答えないヨハナを見て、ロンは珍しく苛立った態度で言った。
今にも殴り飛ばしそうな勢いに、ヨハナはぎょっとした。先生を殴るなんてあるまじき行為だ。その上、隣国の王子ときている。更に加えるなら、ホアンに手出しなどされていない。
「待ってよ。先生は関係ないの!」
嘘偽りない事実の叫びだった。
ヨハナは、慌ててロンの前に立ちふさがったが、体格差がありすぎて何の障害にもならない。だが、ヨハナがあまりに必死で妨害してくるのでロンは足を止めた。
「あいつを庇うのか」
「だから、先生は関係ないんだって。先生に何かするのだけはやめて。本当にやめて」
ホアンの為ではなく、ロンの将来を懸念した言葉だ。
「……本当に何もないんだな?」
「そうよ」
ヨハナは頷くが、ロンは疑わしげな視線を向けてくる。ホアンのことは本当に痴話喧嘩に巻き込まれているだけだ。ただ、ロンが「教師と生徒云々」の問題でホアンに詰め寄る気ならば、アリシアのことは余計に言えない。歯痒い状況になった。
「そんなことより、何か用があるんじゃないの?」
ヨハナは思い切り話題を逸らしたが、
「昨日様子がおかしかっただろう」
と、ロンは変わらずの視線を向けてくる。
(そんなに変なこと言ってないでしょう。なんなのよもう)
運命の人であるカレンと上手くいっていないのか。自分が恋人を不要だからといって、こちらにそれを押しつけてこられても困る。卒業後は王立騎士団へ入隊が決まっていて、王太子からの覚えめでたいロンは、仮にカレンと上手くいかなくても、これからどんどん出会いがあるだろう。しかし、自分はそうではない。この国では、女性の適齢期は男性より圧倒的に早いのだ。
「ロンが心配することはしないから。平気よ。それより、私はカフェテリアに行くから」
「……あぁ、昼飯か? だったら一緒に行かないか」
ロンはまだ訝しげに見てくるが、流石にこれ以上追及するのはどうかと思ったようだ。
「そうね。じゃあ早く行きましょう」
ヨハナは、ロンの注意がまたホアンに戻らないうちに、この場を離れようとグイグイとロンの背中を押して、教室とは反対側の階段へ誘った。
(昔から、過保護なところはあったのよね。虐めっ子から守ってくれたり)
虐めと恋愛をごっちゃにしてもらっては困るのだが。
当てつけのつもりで、恋愛話をロンにしてしまったことを、ヨハナは深く後悔した。もう金輪際、禁句にしよう、と決意した。が、隠されると知りたくなるのは人の情だ。気づかなけれは気にならないが、一度気づくと見過ごせなくなることも。
ロンに関わって欲しくないならば、下手に隠しだてすべきではなかったのだ。
後悔は先に立たないのだけれども。




