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16 変調 1

登場人物がややこしいので関係図載せときます。


《既存のゲームの組み合わせ》

王太子アラン×婚約者スカーレット


騎士団ロン×幼馴染ヨハナ


化学教師ホアン×再従兄妹アリシア


女たらしシド×義妹ソフィア



《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》

王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)


騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)


化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)


女たらしシド×スカーレット(アランの相手)



スカーレットルートは1部→2部→9部→13部→16部です。

 さて、どうしたものか。

 スカーレットはアランとカレンの恋の応援をしようと決意したものの、実際何をどうすればよいかわからなかった。婚約者である自分が他の令嬢を勧めるなど非常識だ。それを言うなら、婚約者がいながら他の令嬢に心変わりするのも不誠実なのだが。しかし、悲しいかな、この国の王族は側妃を持つことを認められている。つまり、スカーレットを王妃に据え、カレンを側妃とすれば、誰に責められることもない。それに思い至りスカーレットは不安を抱いた。


「わたくし達の婚儀は王命によるもの。筆頭公爵家であるロマニー家を敵に回すような愚かな真似をアラン様がなさるかしら? 王妃教育だって昨日今日できるものではないわ。わたくしを正妃に、カレン様を側妃に望むのが自然ではないかしら? アラン様とカレン様が結ばれたとして、わたくしに婚約破棄を言い渡す可能性は低いのでは?」


 誰もいない自室でスカーレットは眼前の相手に告げるように言葉を放った。天の声に当てたものだが、応答があればよいな、くらいの感覚だった。が、


――あー……、まぁ、基本的に貴女はカレンに嫌がらせして国外追放になるからね。そういうことは考えてなかったわ。でも、アランも割と潔癖だから、側妃は娶らないと思うよ。逆に円満解消に持ち込んで恩を売る形にしたら? ロマニー公爵も王家に貸しができて納得するんじゃない?


 返事は当たり前のように返ってきた。そして、その返答にスカーレットは黙った。随分容易く言ってくれるものだ、と。この声は何をもってアランが側妃を娶らないと公言してしまえるのだろうか。スカーレットが知っているアラン・オーランドは王位を継ぐためだけに生きている男だ。幼い頃から幾人もの家庭教師がつき、厳しく躾けられていた。スカーレットが、王妃教育に弱音を吐かなかったのは、そんなアランを見ているからでもあった。その男がこれまでの全てを水泡に帰すような選択をするだろうか。それとも、


(それほどカレン様を好きになるということ?)


 スカーレットは空寒くなった。国のことを一番に考えて行動するアランを尊敬していたし、だからこそ自分も窮屈な生活に耐えてきた。それを「恋をしたから」という理由で、反故にするという。あまりに愚かな行為じゃないか。しかし、自分はどうだったか。初恋に囚われて曇った目でアランを慕い、全てを犠牲に尽くしてきた。ならば、アランもまた然り。カレンを思うあまり暴走する可能性はある。


「貴方は何なの? 何が目的なのですか?」


 この声さえ聞こえてこなければ、自分の日常はこれまで通りアランを中心に回っていたはずだ。知ってしまったことに後悔はないし、むしろ感謝している。だけど、声の目的がわからなすぎて怖くなった。もしかして、自分に不貞を嗾しかけ父を失脚させる為、延いてはロマニー家を没落させる為の何者かの策略ではないか。


――わたしはプレイヤーよ。貴女の幸せの為にアドバイスする存在。目的は、貴女を不幸にしないこと。


「プレイヤー……」


 答えになっているのかいないのか。だが、この声が人智を超えるものであることは確かだ。権力を得ることが目的ならば、自分のような小娘を陥れる周りくどい方法を選ぶだろうか。疑心暗鬼に考えすぎかもしれない。


「わたくしが幸せになって、貴方にどういった利点があるの?」


――スカッとする。


「は?」


――わたしはね、努力が報われないのが嫌なの。貴方は小さい頃からずっと王妃になるべく頑張ってきたじゃない。それを裏切って他の女に乗り換えるなんて許されていいわけない! だから、貴方を幸せにしたいのよ。


「わたくしの幸せ……」


 一週間前ならばアランとの結婚だと答えただろう。だが、今は賞味期限切れの生物を持っている感覚だ。もっと早く食べれば良かった、という後悔。腐った食べ物を抱えていても仕方ない。とっとと処分してしまうおう。そして、空いた両手で掴むべきものは何か。自分の幸せとはなんだろうか。十八年の人生。思い返せば常にアランと比較され「もっと頑張れ、できて当然」と発破を掛けられるばかりの生活だった。これまでの自分の努力を評価してくれる人はいなかった。プレイヤーの言葉がどれほど信憑性があるかはわからない。でも、自分の努力を認めてくれるという。スカーレットは胸が熱くなるのを感じた。信じて良いのではないか。


「一体何をすればいいの?」


――胸キュンの恋をしちゃいましょう!


「ちょっと! 貴方どこでそれを……!」


 スカーレットは溜まらず声を荒げた。シドとの会話が蘇る。プレイヤーがそれを把握していたとして今更驚かない。しかし、内に秘めたる願望をでかでかと声に出されたくはなかった。


――いいと思うよ。凄くね! 相手ならもういるんじゃない? 図書室デートなんて学生の醍醐味じゃないの。


 図書室という単語に、やはりシドのことを知っているのだと確信した。やましいことなど何もないのに、浮気を追及されたような後ろめたさを感じる。


「デートって……、そんなんじゃないわ」

 

――真面目ねぇ。まぁ、いいわ。じゃあ、偶然、偶々、昼休みに図書室に行きなさいよ。


「お昼休みは、アラン様とカレン様と昼食を取らなければならないの」


――アランが公務で欠席している時を狙えばいいじゃない。月に何度かあるでしょ。


 確かに、最近アランは学校を欠席する日が多々ある。卒業に必要単位は粗方取得済みである為、ここ最近は精力的に公務をこなしているのだ。


「三日前にもお休みになられたばかりだし……」


――もう! 何を弱気になっているのよ。スカーレット様は気高く強いの! 来週の木曜日がチャンスよ! 絶対決行しなさいよ。それから、早くアリシアに手紙書きなさい。


「貴方、アリシア様のことまで知っているの?」


 スカーレットはギョッとして尋ねた。しかし、


「……ねぇ、ちょっと聞いてる?」

 

 何故だかプレイヤーからの返事はそこでピタリと途絶えてしまった。何処まで気まぐれなのか。スカーレットは呆れながらも、


「木曜日……」


 とプレイヤーの言葉を反芻した。「チャンス」とはアランが欠席するという意味だろうか。休みの日程は前もって知らされるが、まだ報告を受けていない。

 

(もしそうなら、図書室に行ってみようかしら。でも……)


 スカーレットは答えを出しきれぬまま、取り敢えずは、アリシアへの手紙を書くことにした。





 翌日の昼休みに、スカーレットの元へアリシアが訪ねてきた。いつもならとっくにテラスへ向かっていた。昨日の今日でどんな顔をしてアランの元へ行けばよいのか悩んでいた為、教室を出るのが遅くなりタイミング良く会うことができたのだ。


「昨日頂いたお手紙の件で……」


 おずおずと告げるアリシアの姿に、スカーレットは高圧的な印象を与えないよう微笑んだ。真顔でいると他人に緊張を与える顔立ちであることを、スカーレットは密かに気にしている。

 スカーレットとアリシアは学年は違うが顔見知りだ。社交界で何度か挨拶を交わしている。そして、スカーレットは実のところアリシアとホアンの素性を知っている。ゲームの設定上関わりがない為、明記されていないが、アランと共に隣国へ視察に訪れた際、二人と面識があるのだ。

 

「わざわざ足を運んでくださったのね。昨日はわたくしのせいで迷惑を掛けてしまって申し訳なかったわ」  

「いえ、そんな!」

「手紙に書いた通り、一緒にランチは如何かしら? 今度はちゃんとアリシア様の為の席をご用意させて頂くわ」

「はい! ご迷惑でなければ是非」


 え、とスカーレットは一瞬たじろいだ。アリシアが毎日昼休みにホアンの世話を焼いているのは耳に入っている。「お詫びなんてとんでもないです」と断られると思っていた。書面で招待したのも、その方が断りやすいからだ。自分より爵位が上の貴族の誘いは拒否しづらいが、ホアンの名前を出して断われば非礼にはならない。もちろん、応じてくれるなら有難い。アランとカレンの間に一人でいることは、正直楽しいものではない。特に二人の関係を応援すると決めた今は億劫でしかなかった。


「えぇ、アリシア様さえよろしければ是非来て頂きたいわ。いつならご都合がよろしいかしら?」

「わたしはいつでも構いません」

「え、」


 ホアン王子はいいの? とスカーレットは再び一瞬間を空けた。そんなスカーレットの内心を読み取るようにアリシアは笑った。


「わたし、自分のことを一番に考えることにしましたの。スカーレット様とランチをご一緒させて頂けるなら、いつでも時間を空けますわ」


 意外な言葉だった。


(ホアン王子と何かあったのかしら)


 容易く聞ける関係ではない。不躾にならぬようアリシアを観察した。スカーレットから見るアリシアは、いつも神経を尖らせていてピリピリした印象だった。しかし、今は何処か吹っ切れたように見える。

 

「……そう。ならばこちらからまた連絡を差し上げて良いかしら?」

「楽しみにしています。では」


 アリシアは一礼して去って行く。アリシアを取り巻く状況がどういうものか、どういう心情かはわからない。ただ全面的に頷けることは一つ。


(自分のことを一番に……そうね。当たり前のことだわ)


 スカーレットは、うじうじしている自分が急に馬鹿らしくなって、アランの待つテラスへ向かった。

 席には既にアランとカレンが座っていた。一年生の教室がテラスから一番離れている為、物理的な問題で、いつもは大概カレンが最後に来る。


「遅くなりました。申し訳ありません」

「いえ、わたしも今来たばかりです」


 カレンが和やかに告げる。感じの良い令嬢だ。初対面の時からずっとそうだった。今となっては、彼女なら時間を掛ければ良い王妃になるのじゃないのかとさえ思う。


「何のお話をされていたの?」

「はい、昨日、義兄の働くベーカリーに行ってきた話です。同じクラスのお友達とロン様も来てくださって。新商品の試食をしてくださったんです」

「まぁ、お店は何処にあるの?」

「ローズリー市場の中です。最近はペイストリーにも力を入れていて、市場では結構有名な店なんですよ。身内の欲目かもしれませんけれど」


 ローズリー市場は旧市街地にある昔ながらの活気ある市場だ。生まれてからずっと王都で暮らすスカーレットだが、一度も訪れたことはない。一本脇道にそれると治安が格段に落ちる危険を孕んでいる為、高位貴族の令嬢が訪れる場所ではないとされている。


「そう、ローズリー市場。いつか訪れてみたいわ」


 それは本心からの言葉だった。が、恐らく叶うことはない。お忍びで出かけるにしても、父親が許さない限り屋敷の従者は動かないし、一人で訪れる勇気はない。高位貴族が頻繁に訪れる市内の繁華街にさえ、一緒に行ってくれる友達はいないのだ。


「是非訪れてみてください」


 カレンはスカーレットを誘おうかと思ったが、流石に年上で、しかも将来の王妃を下町へ連れて行くことは憚られた。スカーレットの存在は他の令嬢達とは格が違う。もちろん行きたいと言ってくれれば喜んで案内するのだが。誘われたいような、誘いたいような、微妙な空気が漂う。そんな中、


「クラスに懇意にする友人ができたのか」


 と二人の間を割いてアランが言った。

 カレンが学園で上手くやれていないことは報告が上がってきている。この学園には、特待生制度があり、毎年十名の平民が入学してくるが、貴族との間にトラブルを起こすことがままある。その為、庭師や用務員は秘密裏に学生達の動向を調査する任を請け負っている。現在その対象にカレンも含まれていた。同じクラスのイライザ・クルスとの間にいざこざがあったが、その後お互い接触はないとアランは聞いていた。下手に介入すると問題が大きくなる可能性があるので、様子を見ていたところだ。フォスター侯爵直々の頼みといえど、いつまでも自分が面倒を見るわけにもいかない。友人ができたのであれば、喜ばしいことだ。


「はい。マクラミ家のソフィア様です」

「マクラミ?」

「スカーレット様とお知り合いですか?」

「あ、いえ」


 シド・マクラミと同じ家名。カレンと同じクラスだから一年生。恐らく妹なのだろう。しかし、尋ねることはできなかった。


「お義父様が大きな商会を経営していて、職人の工房を一緒に見に行ったりするそうです。それで、昨日わたしが義兄の店に行く話をすると、一緒に、という話になったんです。今度は、ソフィア様のお義父様の商会にも連れて行ってもらうことにもなって」


 嬉々として語るカレンはいつもより愛らしく見える。元々表情豊かで感情が顔に出やすい。それでも、本人的にはフォスター侯爵家の家令から指南された「貴族の嗜み」を守り、はしゃぎすぎないようにしているつもりだ。今日は初めてできた貴族の友達が嬉しくて、隠しきれず本音の笑顔が溢れている。それを見たスカーレットは、自分はこんな風に屈託なく笑うことはできない、と俯瞰的に思った。 

 

「マクラミ家か。ここ数年で業績を伸ばした貿易商の家名だな。娘と息子が学園に通っていると聞いているが」

「はい。ソフィア様には一学年上にお義兄様がいらっしゃいます」


 カレンと同学年のソフィアより一つ年上。つまり自分より一歳年下か、とスカーレットは少し落胆した。ヒーローは自分より年上であって欲しい。愛読書の恋愛小説も全て年上で揃えている。


(何をがっかりしているのよ)


 スカーレットは頬が紅潮するのを感じて、右手の指先で何度か押さえた。内心を表情に出さないことはできても、顔色の変化は変えられない。だから、舞踏会では厚めの化粧を施すことが多いのだ。


「そうか。では、そのソフィア嬢も一緒に昼食をどうだ?」


 スカーレットが内心であたふたしている隣で、アランがさらりと言った。どんな令嬢か確認しておこうというのは責任感の強いアランらしい。が、カレンは困惑した。これから仲良くなろうとしている友達に「王太子と一緒に食事しない?」と誘えるわけはない。いや、貴族としては名誉なことなのだろうか。カレンはもし自分ならば嫌だと思ったが、アランの提案を拒絶はできない。


「それでしたらわたくしがご招待致しますわ。丁度、アリシア様とも約束がありますし。いかがかしら?」


 わかりました、と答える寸前にスカーレットが告げた。


「……そうか。女性同士で集まる方がよいかもしれんな。では、スカーレット、お前に任せるよ。オレは外すからこのサロンを使うといい」


 少し思案した後、アランがスカーレットに言った。暗にソフィアの為人を見極めるよう告げている。そんなことは露知らず、スカーレットが助け船を出してくれたのだ、とカレンはほっとしていた。


「畏まりました」


 スカーレットはアランに返事をしてから、カレンに向けて微笑んだ。


「折角ですから、いつもと趣向を変えるのが面白いかもしれませんね。市場のケイタリングを頼もうかしら。カレン様、後で流行りのお店なんかを教えて頂けるかしら?」

「はい、もちろんです」


 カジュアルな集まりにするから、という意図が汲み取れてカレンは更に安堵した。普段、あまり会話に入ってこないスカーレットではあるが、アランの話が難しすぎたり、マナーがわからなくて戸惑う際には、いつもさり気なく手助けしてくれる。美しいが無表情で愛想がないと一部の者が嘲笑うが、裏表なく高潔で細やかに優しい人だとカレンは思う。


「でも、それではアラン様はどちらで?」

「あぁ、執務室がある。気にする必要はない」

「そうなんですね」


 ならば良かったとカレンは思った。二つの意味で。アランに他の食事場所があることと、アランが昼食会に参加しないこと。

 アランには良くしてもらってはいるが、正直息苦しさがある。学園へ入る前はパン屋の売り子をしていた。接客は好きだった。誰とでも上手くやれる自信があった。が、貴族社会はあまりに違う。腹の中の探り合いは日常茶飯事で、身分による序列だけでなく、誰と誰が親戚で、どの派閥に属しているか等々、人によって態度を露骨に変えるのが当たり前の世界だ。その中で、誰もが一目置くアランに目を掛けて貰っている為、トラブルに巻き込まれずに済んでいる。だが、アランに面倒を見てもらっているから、やっかまれている部分もある。変に目立っているせいで友達ができないのではないか、とも。漸く仲良くなれそうなソフィアをアランに引き合わせることで失いたくない。だが、スカーレットが女子会を開いてくれるなら話は違ってくる。むしろ堂々とソフィアを誘う口実ができた。カレンはさっきまでとは打って変わり、軽快な気持ちになった。

 しかし、今度はスカーレットに戸惑う気持ちが芽生えた。カレンは自分で抑えているつもりだが、他の貴族令嬢達と比較すれば存外顔色を読み取りやすい。アランからの提案を受けた時は困った表情だったが、今は満面の笑みを浮かべている。アランは生まれながらの王子であるから、自分が与える影響について軽度に考える節がある。ましてや女性同士の諍いに関してはそれが顕著だ。カレンの立場を慮り思わず横槍を入れてしまったが、アランとカレンを応援するのならば、少しでも長く共にいる時間を作る方がよかったのではないか。しかし、邪魔されたカレンの喜びようは如何なものか。


(アラン様の片思いなのかしら?)


 二人が出会ってまだ日も浅い。プレイヤー曰く、自分は卒業パーティーで断罪されるらしいので、まだ三ヶ月近くある。今はカレンに脈がないように見える。これから親交を深めていくということなのか。それとも、


(もしかしてわたくしが邪魔することで盛り上がったりするのかしら? 小説なんかではそうだけど)


 そんなのは御免被る。それこそ国外追放が確定してしまう。自分は、素直に二人を応援したいのだ。


(カレン様はどんな男性がお好きなのかしら?)


 尋ねてみるのは一計かもしれない。丁度、女性同士で昼食会を開くことになったのだ。


「スカーレット様と女子会できるなんて嬉しいです」


 ぼんやり思案するスカーレットにカレンが笑いかける。


「女子会?」

「はい。女の子同士で集まって、飲食したり、おしゃべりしたりすることを言うんですよ」

「女子会……」


 これまで同じ派閥の令嬢達とお茶会を開くことはあったが、それは政治的な柵を伴うものだった。


(女子会……)


 内心で繰り返す。とてもいい響きだ。別に恋愛だけが全てではない。貴族令嬢が自由を謳歌できる時間は少ない。高位貴族であればあるほど。学生時代の今この時を自分の為に使わずしてどうするのだ。折角開催するのだから大いに楽しもう。アリシアにも誰か友人を招待して構わないと伝えておこう。


「そうね。わたくしもとても楽しみだわ」


 ケイタリングの下調べに繁華街へ訪れるのもいいかもしれない。アランに任された食事会だ。流石にローズリー市場は無理だろうけれど、父も快諾するだろう。

 気まずい思いでサロンに足を運んだが、本日のランチは実に有意義なものとなった。


「それじゃあ、教室に帰ったら早速ソフィア様にお声がけしてみます」


 カレンが意気揚々と立ち去るのを微笑んで見守った。


「それではわたくしも戻りますわ」


 スカーレットも立ち上がりアランに一礼して出入口へ向かう。いつもの光景だ。だが、


「スカーレット」


 と珍しくアランに呼び止められた。振り向いて話を聞くポーズをとるがアランは口を開かない。


「アラン様、どうかなさいまして?」

「いや……、カレンのことを宜しく頼むぞ」

「えぇ」


 わざわざ呼び止めて言うことでもないだろう。確かにこれまでカレンとは最低限の交流しかもっていなかったし、アランが不在の時は昼食を別に取っていた。急な配慮に、愛する彼女が虐められるのではないかと不安を抱いたのだろうか。だとしたら随分失礼な話だ。親切にはしなかったが、虐めなど幼稚な真似もしていない。


「先ほどもお伝えしましたが、アリシア様にも昨日のお詫びに招待状を送り、昼食に招待することになりましたのよ」


 隣国の王家の親族の前で愚行を演じるわけはないという意味を込めて言った。


「あ、あぁ」


 いつになく歯切れが悪い反応が返る。アランらしくない態度だ。大体言いたいことは明確に言葉にする質だし、特にスカーレットには厳しい。カレンとの食事の時間を奪われて憤りを抱いているが、婚約者に零せる愚痴ではないということなのだろうか。色々邪推してしまう。何拍か間を置いたが、やはりアランは何も言わない。


「お話がそれだけでしたらこれで」

「来週の木曜日にウィーズリー運河に視察があるんだが」

「え」


 王太子のスケジュールは警護の問題から公表はされないが、スカーレットにはある程度の情報が入る。公式行事には一緒に参加することもあるし、視察にお供することもある。尤も、一介の婚約者でしかないスカーレットが同行するのはパートナー同伴でないと浮いてしまうような場合に限るが。


(木曜日に視察! やっぱり!)


 スカーレットの心中は難問クイズに正解したように跳ね上がったが、続けたアランの言葉に更に驚いた。


「お前も同行するか?」

「え? わたくしがですか?」


 ウィーズリー運河といえば鉄道交通が発達する昨今、その存在意義を危ぶまれ埋め立てが議題に上がっている運河だ。当面、経過措置として運航は続いているが、アランが視察へ訪れるのは実際の状況を把握する為だろう。


「あぁ、オレは視察があるが、お前は好きにするといい」

「え?」

「あの辺りは露天商が多い。警護をつけてやるから、好きに見て回ればいい」


 急にどうした、というのがスカーレットの率直な意見だ。アランが命じれば父親であるロマニー公爵は簡単に許可するだろうが、公務に同行した先で、ただの婚約者である自分が遊び回れるわけはない。


「市場に行きたいのだろう?」


 ローズリー市場云々の会話に起因した提案なのはわかるが、微妙に的外れだ。別に物欲があるわけじゃない。欲しいものは何でも手に入る。市場に行きたいのではなく、恋人や友人と連れ立って遊びたいのだ。もしかして公務先についてきて買い物に興じる非常識な女というレッテルを貼りたいのだろうか。いや、潔癖な性格のアランがそんなことをするとは思えない。では、カレンとソフィアを昼食に招待することへの御礼のつもりだろうか。それならば、気遣い不要である。


「アラン様がご公務中に市場を見て回るなど烏滸がましい行為ですわ。お気持ちだけ頂戴します。どうぞお気遣いなされませんよう。カレン様のことは、アラン様の婚約者としての義務と心得ておりますので」


 スカーレットは優美に微笑んで告げた。婚約者アピールは嫌味だったかな、とも思ったが、現状まごうことなき婚約者であるから気にしないことにした。


「では、午後の授業が始まりますので」


 流石に王太子の申し出を断ることは、一臣下として不敬に感じる側面がある為、スカーレットはアランと目を合わさず再度一礼して背を向けた。文句があるなら呼び止めて抗議してくるはずだが、それもないので、そのままサロンを出た。だから、アランの打ちのめされた表情には気づかなかった。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] スカーレット様の対応 [気になる点] 視察に誘う、さらには断られショック受けるなんて 一体どんな心境の変化でしょう? まあ、視察中の王子そっちのけで遊んでる婚約者、と 見られる可能性考え…
[一言] 更新して頂きありがとうございます!!! 次話も楽しみにしています!!
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