14 ソフィア・マクラミ男爵令嬢3
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
???×ヒロイン カレン
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
義兄レオルド×カレン
*1部→5部→7部→10部→14部の順番がソフィアルートの時系列です。
ソフィアはカレン・フォスターがシドの運命の相手だと知って目で追うようになった。
ソフィアとカレンは同じクラスだ。しかし、接点は殆どない。カレンはクラスで誰とも馴染んでいなかった。閉鎖的な貴族社会で突如市井の娘が侯爵家に入ったとあれば、好奇の目にさらされる。王太子であるアランと行動を共にしていることから、同じ侯爵家のイライザ・クルスが、
「仲良くしてさしあげてよ?」
と声を掛けたが、一緒にいたのは一週間足らずの期間だった。気位の高いイライザにカレンが全く折れなかったのだ。同じ侯爵家であるが、カレンの祖父は宰相まで務めた権力者で、貴族院を退いた後も強い発言力を有している。クルス侯爵家より格上である。だが、元町娘と自分なら自分が優位とばかりにイライザはカレンを取り巻きに引き入れようとして失敗した。恥をかかされたイライザはカレンにキツく当たるようになり、便乗してイライザの周囲の令嬢達もカレンを遠巻きに囲うようになった。現在、クラスでカレンに関わる者はいない。ソフィアはカレンを特に好きでも嫌いでもなかったが、男爵家の身分で揉め事の仲裁に入ることもできず、また入る気もなかった。忖度できないのは貴族として致命的だ。カレンの自業自得。男爵家のソフィアはそう言った辛酸は多分に味わってきた。母親が商人と結婚したものだから、ソフィア自身も純血統貴族達に白い目で見られている。だが、それも最近では少なくなっていた。シドに熱を上げる令嬢達がソフィアを可愛がる為だ。意外にもシドの女遊びが、ソフィアを救った。尤も、シドを恋い慕うソフィアにとって喜べることではなかったが。
シドが態とらしくソフィアと比較して他の令嬢を褒めそやすのだ。そして、
「まぁ、こんなのでも義理の妹になるからな、よくしてやってくれよ」
などと言う。令嬢達にはそれが心地良く響いた。何せ、ソフィアは美少女である。大きな瞳に愛くるしいソフィアを邪険にして、自分が選ばれている優越。そして、自分がソフィアを大切にするほど、シドは自分を称賛し、更にソフィアを貶める言動を繰り返す。ソフィアが彼女達に何かするわけではないが、我儘な義妹に慈愛深い自分、そして自分を選ぶヒーローの構図が出来上がるのだ。高揚感は半端ない。故に多くの令嬢が競うようにソフィアを可愛がるようになった。当然、冷遇されなくなったとはいえ、ソフィアがそれを喜ぶわけなどない。この世で一番好きな男の恋人に下目に見られて、施しを受ける屈辱。逆らっても良いことなどないから、甘んじてその立場を受け入れているだけだ。階級社会の理。処世術。まぁ、シドは恋人と長く続かない為、ソフィアの心は辛うじて平静を保てていたのだが。兎に角、そんな理由から、ソフィアは上手く立居振る舞えないカレンに同情する気は起きなかった。
そんなカレンがシドの運命の相手と知って今更ながら興味が湧いた。もっと嫉妬心に煽られるかと思ったが、意外に冷静な自分に驚く。
(カレン様……可愛いわよね。でも、シドの好みってどちらかと言えば綺麗な年上タイプだと思っていたわ)
授業終了の鐘が鳴り、ソフィアはカレンが帰宅の用意を整えて教室から出ていくのをぼんやり眺めていると、
――何をぼうっとしているの! 早く追いかけなさい! イベントぶち壊しに行かないと駄目なんだから!
天使様の声が脳内に響いた。ひぃっ、と悲鳴を漏らしそうになるのを耐えてソフィアは口を塞いだ。
「ソフィア様、どうかなさって?」
級友が怪訝に眉根を寄せて尋ねる間も、
――ほら、早く。早く!
天使様の声は繰り返す。
「何でもないですわ。では、わたしはこれで。さようなら」
ソフィアは適当に教科書を鞄に詰め込みカレンの後を追った。
「天使様! みんなには聞こえていないみたいだけど、脅かさないでください!」
廊下を曲がり、周囲に人がいないことを確認しつつ小声でソフィアは言った。ソフィアは完全に自分を天使と信じているらしい。大丈夫かよ、と冷静に突っ込みたくなるが、もうソフィアには天使で通した方がやり易いだろう、とプレイヤーは思った。
――そんなことより早くカレンの後を追いなさい。イベントをぶち壊しに行くのだから!
「イベント? 何ですか?」
――これから貴方の運命の人と貴方が結ばれる為の赤い糸を結びつけるの! だから、邪魔されないように、行動を起こさないといけないの。愛の試練ってやつよ。
これからロンはカレンに件のチョコレートを贈るのだ。本来はブローチなのだが、変わってしまった。それが今後どう作用するかは謎である。正規ルートはどれも潰したいのでこのまま「ただのお礼」で済めば有難い。プレイヤーはちょっと自分が思っているストーリーではなくなってきていることを感じていたが、忙しいので気にしないことにした。
「何だかよくわからないのですけれど、それはわたしが運命の人と結ばれるのに必要なことなんですね?」
――そうよ! ロンとカレンを見つけたら声を掛けなさい!
「え、なんと言って?」
本来は、ロンがプレゼントを渡す所をヨハナが目撃し、後にそれがブローチであることが判明して、嫉妬心を暴発させる。しかし、ヨハナは現在、とある執事に捕まって身動きできない。既にプレゼントを贈ることも知っている。ヨハナの破滅ルートはよい塩梅で防げている。だが、カレンとロンが懇意になることも抑制したい。恐らく鈍いロンのこと、ソフィアとカレンが同じクラスだと知れば、プレゼントはソフィアが選んでくれた、と平然と告げるだろう。他の女に選ばせたのか。まともな女ならげんなりする。ロンルートを断絶させるには中々効果的な策だと思った。
――なんでもいいから! 挨拶すればいいの!
もはや天使様の言葉に疑いをもたないソフィアは淑女にあるまじくパタパタと駆け出した。
カレンは中庭にいた。
本日は義兄レオルドに会う約束なのである。待ち合わせの時刻まで時間潰しにやって来た。教室は居心地が悪いのだ。
レオルドは今年十八になるが、幼い時から店を手伝い、今は立派なパン職人だ。日々新しいメニュー開発に勤しんでいる。若い女性が好むような見た目華やかなデニッシュや、最近では季節の果物を使ったタルトなども扱い始めた。店は順風満帆だった。そんなレオルドの唯一の気掛かりはカレンである。先日も、食堂で昼食を取ることに抵抗がある、などと言うものだから、カレンの好きなサンドイッチを届けてやった。カレンは他人に愚痴を溢すタイプではないが、昔からレオルドにだけは本音を打ち明ける。貴族になったカレンに平民の自分が近寄るべきでさないと思う一方、
「気が休まるのは、義兄さんといる時だけよ」
などと言われては放っておけるはずがないのだ。
「フォスター嬢」
腕時計に視線を落としていると、正面から声を掛けられた。顔を上げるとロンの姿があった。カレンは咄嗟に立ち上がって姿勢を整えた。
「そんなに畏まらないでください。熊みたいだ、などとはよく言われますが、理性はありますので」
ロンが戯けて告げると、カレンも張り詰めた糸を緩めて笑った。ロンが優しいことはよくわかる。アランの側近で、爵位こそ子爵であるが、将来の地位は確約されている。しかし、驕ったところがなく、男女問わずに紳士的に振る舞う。カレンが元平民であることを下目に見て、色欲まみれに近づいて来た男が幾人もいたが雲泥の差だ。
「教室から貴方の姿が見えたから急いで来たのです。先日頂いた砥石のお礼をしたくて」
言うと、ロンは右手に下げていた紙袋を差し出した。淡く品の良いブルーにビビアナ商会のロゴが入っている。流行りに疎いカレンの耳にも入るほど、令嬢達の間で有名な店だ。
「そんな、お礼なんて。わたしが持っていても宝の持ち腐れですから」
「しかし、君の大切な思い出の品なんだろう? もちろん、オレも大事に使わせてもらうよ。だが、それとは別にこれはオレの感謝の気持ちだから。それに、そんなに高い物ではないんだ」
ロンの深緑の瞳が弧を描く。
しつこく断るのも逆に失礼ではないか。カレンが思案していると、
「美味しいチョコレートらしい。昨日、」
ロンは続けて言ったが、途中で言葉を切った。カレンはその視線が自分の背後に注がれていることに気づいて振り向いた。同じクラスのソフィア・マクラミが走ってくる。体育の授業以外でこの学園の女生徒が走ることはそうそうない。カレンとロンが驚いた様子で見つめていると数メートル手前で止まった。完全に息が上がっている。
「マクラミ嬢。昨日は世話になったね。そんなに急いで何処へ?」
柔らかい声でロンが声を掛けた。ソフィアは酸欠の頭でロンとカレンを視界に捉えているが、言葉が出てこなかった。二人のイベントをぶち壊せと天使様に告げられ夢中で走ってきたのだ。自分でもどう返せばいいのか見当もつかなかった。
「……いえ、ちょっと、運動不足なもので」
何を言っているのか。ソフィアは頬を紅潮させたが、ロンはそんなソフィアに優しく、
「そうか。女性が体力をつけるのは良いことだと思うよ」
フォローするように告げた。するとカレンも同意するように、
「ソフィア様はスポーツがお得意ですものね。体育の授業ではいつも先生にお手本に指名されていますもの」
とにこやかに告げた。昔取った杵柄というのか、幼少期、田舎でシドと山遊びやら川遊びをしたのが基盤となって、ソフィアは確かに運動は得意だった。
「二人は知り合いなのか?」
「えぇ、同じクラスです」
「それは偶然だな。これは昨日マクラミ嬢に選んでもらったチョコレートなんだ。美味しいらしいから是非食べてくれ」
ソフィアが息を整えている間に、ロンとカレンの会話は進んでいった。異性の男性にプレゼントを貰うというのは、単にお礼とあっても気が引ける。しかし、ソフィアが選んだということで、その敷居がぐっと低くなった。
「そうなんですね。では遠慮なく頂きます。有難うございます。チョコレート好きなんです」
カレンは笑顔で紙袋を受け取ると、
「ソフィア様もチョコレートがお好きなんですか?」
カレンは再び後ろにいるソフィアに尋ねた。ソフィアは不自然な自分の行動を怪訝に扱う様子もなく普通に接してくれる二人に対し救われた気持ちでいた。
「えぇ、そうなんです! そのチョコレートは『毎日を少し幸せに』というのがコンセプトなんですの。三十一個違う味が楽しめるのですよ。カレン様にも是非ご賞味頂きたいわ! チョコレートって幸せを具現化した食べ物ですわよね」
ソフィアは人形のような美少女であるが、黙っているとかなりきつい印象を受ける。カレンは貴族として周囲に馴染もうという気がない上、わざわざ話しかけにくい相手に近づくことはなかった。しかし、耳当たりの良い鈴が鳴るような声とその可愛らしい発言に一気に好感を持った。
一方、ソフィアはイベントが壊せているのかどうか謎であったが、取り敢えず二人と話せて安堵した。
三人に間に和やかな空気が満ちる。しかし、その穏やかな場は不穏な声により崩された。
「ソフィア、何をしているんだ? 廊下からお前が走っているのが見えた」
不機嫌な声に振り向くと、立っているのはシドである。学校でシドの方から絡んでくることなどほぼない。走っている姿が見えたからどうだというのか。何故、今日に限り声など掛けてくるのか。
「べ、別に何もないわ」
ソフィアは口ごもったのは、天使様の指示でここへ来たなど言えるはずがないからだ。だが、シドはどう解釈したのか眉根を寄せてから急に張り付けた笑顔を作った。
「あぁ、貴方はサーフォン卿ですね。昨日義妹がプレゼントを頂いたと喜んでいました。すみません。どうも我儘で」
ロンのプレゼント選びを手伝いお礼を貰ったと話した。それの一体何がどう我儘なのか。不明すぎるが、ソフィアはカレンの存在に気づいてはっと息を呑んだ。天使様はイベントを壊し赤い糸を結びつけるのだと言った。つまりが自分とロンを、そしてカレンとシドを結ぶためにここへ呼んだのではないか。寒々とした冷気が心の何処かを遠くをかすめる。
「え、いや。世話になったのはこちらです。貴殿はマクラミ嬢の兄上ですか」
「これは、失礼しました。男爵家のシド・マクラミと申します。義妹にサーフォン卿の話を聞いてお会いしたいと思っていたのです」
「そうですか。では改めまして、こちらは侯爵家のカレン・フォスター嬢。私は子爵家のロン・サーフォンです」
ロンは紳士的にカレンへの気遣いを見せた。カレンが軽いお辞儀をし、ロンも柔らかに微笑む。それに対し、シドも笑顔で返す。しかし、シドが明らかに不機嫌であることはソフィアだけには分かった。接客業で培われた完璧な笑顔だったが、それは本当に客用の顔なのである。客以外の相手にこの笑顔を向けるのは、距離を取るという証明。つまりが敵意がある証だ。
(サーフォン様がカレン様を紹介したのが気に入らないのかしら?)
以前なら自分が他の男性といることが気に入らずシドが嫉妬していると勘違いして嬉しくなっただろう。そして、すぐさまシドの機嫌を取りに回った。だが今は違う。シドの運命の相手はカレンなのだ。天使様が現れる前とは何もかもが違う光景に見えた。
「義兄は面倒見がよくて、わたしをまだまだ子供扱いするんです。恥ずかしいからやめて欲しいのですけれど」
ソフィアはこれまでの自分の言動を思い苦笑いで言葉を繋いだ。それに反応したのはカレンだった。
「うちの義兄も似たようなものです」
「カレン様にもお義兄様が? まぁ、この学園に通われているの?」
「あ、いえ。……義兄はパン職人なんです」
カレンは少し躊躇いがちに言った。自分の出生については同じクラスのソフィアが知らないはずはない。何か嫌味の一つも返ってくるかもしれない。自分のことを言われるのは構わないがレオルドのことを言われたら許せない。だが、ソフィアは意外にも、
「まぁ、素敵ね。わたしの養父は商売柄、いろんな職人さんと関わることが多いんです。パン工房を見学させてもらったこともあります。良い匂いがして幸せな気持ちになったわ」
と告げた。
「そうなんです! あの匂い最高ですよね!」
予想外の反応の上、パン屋を褒められたことに、カレンは嬉しくなって堪らず声を張り上げた。単純にもカレンのソフィアに対する好感度は天井知らずに上がった。満面の笑顔を向ける。愛らしい、の一言に尽きる。
(……この人がシドの)
ソフィアはいよいよ本当に最後の未練を断ち切り、妙に達観した気持ちになった。
「商売人は嫌いなんじゃなかったか?」
「お義兄様、何を言っているの? わたしはお養父様を尊敬しているもの」
シドが不満気に問い掛けてくるので、答えると鋭い視線を向けられた。何を睨まれることがあるのか。だが、シドのことで頭を煩わせるのはお終いなのだ。
「カレン様、今度是非貴方のお義兄様のパン屋へ行ってみたいわ」
「え、もちろんです! 結構人気店なんですよ。あ、今から義兄に会うのですけれど、お時間があるならご一緒にいかがですか? 新作のパンの味見をしてくれって頼まれているんです」
「急に尋ねても構わないのですか?」
「はい! 大丈夫です」
「じゃあ、連れて行ってもらおうかしら」
学園でうまくいっているのか心配しているレオルドも、養父母も、ソフィアを連れて行けば喜んでくれるに違いない。カレンの胸は躍った。が、そこで元々ロンと話していたことを思い出し、カレンは振り向いてロンの顔を見た。目が合う。
「あ、よろしければ、サーフォン様も、男性の意見が聞けた方が参考になると思います」
本当のところ、ロンのことはどうでも良かったが、除け者にするわけにもいかない。
「そうか。面白そうだな。お邪魔でなければ是非」
「はい。あ、マクラミ様のお義兄様も、」
「いえ、カレン様。義兄は放課後はいろいろと忙しいのです。昨日も一週間前から約束していたわたしとの約束をすっぽかしたんですの。ねぇ?」
カレンの言葉に被せて、シドが答えるより先に、ソフィアは早口で捲し立てた。ソフィアはシドとカレンの邪魔をする気はないが仲を取り持つ気もない。取り敢えず、今はこの場を去りたかった。一方、シドはいつもは従順なソフィアの発言に面食らってすぐさま返答出来なかった。
「ですので、カレン様。お心遣いだけ頂戴します」
カレンに返した後、更にソフィアは口角を上げて、可愛らしい唇から流れるようにシドに向けて言葉を紡いだ。
「というわけで、お義兄様、行ってきますわ」
そんな風にソフィアが言えばカレンがそれ以上誘うことも、ロンが横から口出しすることもない。
「参りましょう」
ソフィアが続けると、カレンは、
「あ、じゃあ、失礼します」
とシドに頭を下げ、ロンは、
「義妹君のことはきちんと屋敷まで送り届けます。ご心配なさらずに」
と告げた。義妹を過保護に心配しているシドに対する純粋な心遣いだった。だが、それはシドには全く別の意味を持って響いた。そんなシドの内心など気にもすることもなく、ソフィアは二人と共に去って行く。
シドはソフィアの後ろ姿が遠くなるほど腹底から得体の知れない不快さが湧き上がるのを感じた。堪らず喉の奥から絞り出すように言った。
「くそっ」




