13 スカーレット・ロマニー公爵令嬢2
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
スカーレットルートは1部→2部→9部→13部です。
スカーレットは授業が終わっても教室に残りぼんやりとしていた。
「胸キュンの思い出作り」
言われたことが頭から離れない。
そんなことを考えたこともなかった。アランに振り向いてもらえるように、アランに遜色のない王妃になれるように、勉強も王妃教育もひたすらに頑張ってきた。同年代の令嬢達が、町へ買い物に行ったり、流行りのカフェに出かけて親交を深める傍ら、一人黙々と王妃になるべく勉学に勤しむ日々。アランが好きだったから釣り合う自分になることが願いだった。だけど、王妃になりたいわけではなかった。我慢して必死で努力してきたけれど、本音はいつだって他の令嬢達のように気安く遊びに出掛けたり、時には行儀悪く声を上げて笑い転げてみたいと思っていた。考えてるほど、しんみりとした気持ちになる。空腹のせいだろうか。早く帰ろう。
漸く席を立ち上がったとほぼ同時に、
「スカーレット嬢、こちらでしたか。馬車の前で待っていたのですが、中々いらっしゃらないので。殿下がお待ちです」
声を掛けられた。スカーレットが目をやるとロン・サーフォンが入り口に立っている。教室には既に自分しかいない状態だ。逃げる間もなく、ロンが長い足を大股に開いて歩み寄ってくる。
「少し考え事をしておりまして、わざわざお手間をとらせてすみません」
やむなく答えると、
「いえ。入れ違いにならずによかったです。殿下は執務室にいらっしゃいます」
ロンが快活な笑顔を向けてくる。断れば煽りを受けるのは彼だろう。ランチをすっぽかしたことでクレームを受けることは簡単に推測できたが、どの道いつまでも逃げられない。スカーレットは大人しくロンの後に従った。
(すっぽかした? わたくしは昨日、アラン様に使いを送ったはずよ? わたくしが後ろめたい気持ちになることがあるかしら?)
しかし、歩きながら考えてはたっと馬鹿らしくなった。これまでアランの意志に背いたことはなかったが、それは逆らう必要性がなかったからだ。アランが第一だったから、天秤に掛ければ全ての事柄がアランへ傾く。だが、これからは自分を優先しようと思った。もう三人のランチへ行きたくないと感じた。だから、自分の意思に従った。昨日ちゃんと手順を踏んで断った。文句を言われる筋合いなどない。
執務室に着くと、ロンは「では」と短く残して去って行った。騎士団の鍛錬と学業の両立で彼もまた忙しい身分だ。余計な手間を取らせてしまったなと思いながらスカーレットは重い気持ちで扉をノックした。
「スカーレット・ロマニーです」
少しの間をおいて「入れ」と声が聞こえた。
ゆっくりと扉を開く。見慣れた部屋。狭くないが巨大な本棚が壁をぐるりと取り囲み圧迫感がある。スカーレットが小まめに活けている花瓶の花だけが唯一の彩と言っていい。公務に関わる厳重書類が保管されている為に限られた人間しか出入りしない。故に体裁を整える必要はないのだ、とアランはそれも迷惑そうにしているが。
「何か御用でしょうか?」
スカーレットは深いブルーの瞳が鋭く自分を刺しているのを正面に据えても動揺はしなかった。アランは王太子であるが、スカーレットも宰相である公爵を父に持つ高位貴族令嬢だ。惚れた弱みで下手に出ていただけ。好きになって欲しかっただけ。しかし、それがなくなれば別段媚を売る必要もない。政略結婚宜しくどうぞ。義務義務と言うのならば、義務は果たすし、立場を弁えて振舞うがそれ以上のことをする必要はない。
「……昼食に何故来なかった?」
「昨夜使いを出したと思いますけれど」
「昨日の今日でそんな我儘が通ると思うのか? オレがフォスター嬢と二人きりで昼食を取ればあらぬ噂が流れないとも限らん。お前が来ないせいで、ワトスン伯爵家のアリシア嬢に無理に参加してもらったんだぞ」
(あらぬ噂ねぇ……そんなのとっくに流れているのですけれど?)
「申し訳ありませんでした。これからは一週間前にお伝えすることにしますわ。アリシア様にはお詫び状をお送りします。今度は彼女の都合の良い日に改めてランチに招待しますわ」
スカーレットは気持ちとは裏腹に王妃教育で散々しごかれた内心を見せない優雅な微笑みを浮かべて答えた。
「そんなことを言っているんじゃない」
しかしアランは気に食わぬ様子で怫然と続けた。謝罪をしたし打開策も告げた。これ以上何を望んでいる? スカーレットは黙ってアランを見つめながら考えた。
(そうね。今までなら、こんなことは二度としない、と言ったでしょうね)
嫌われたくない、好かれたい、アランの望む淑女にならねば、王妃として相応しい振る舞いを、と自分を押し殺してきた。逆に、これまでアランの言うことに全て従ってきたのだから、今日少しの無理言うくらいがなんだと言うのか。そもそもそれほど責められることはしていない。要するに尊重されていないのだ。
「では、他に何がお望みですの?」
「学期末まではカレンと昼食を共にする約束だ。フォスター侯爵からも直々に頼まれている。養老院の重鎮だ。意味がわかるだろう」
(だから、カレン様を勝手に昼食に誘っても文句なんて言いませんでしたわ)
スカーレットは冷めた視線を向けるも、やはり口には出さなかった。愛読書の一場面が脳裏に浮かんだ。好きな男の浮気が発覚して泣き崩れる主人公に友人が告げる。
「もうやめなさい。あんな男と一緒にいても幸せになれない」
「無理よ。愛しているの。急に嫌いになんてなれないわ」
友人の忠告を無視して、主人公は変わらず男を愛するのだ。一途に、純真に、ひたむきに、健気に男を思い続ける。スカーレットはその主人公がとても好きだった。愛には試練がつきものなのよ、と次々に悲劇に見舞われる主人公に共感していた。が、今はひどく興醒めして思う。友人の言うことはとてもまともだな、と。確かに急には嫌いになれない。でも、自分はアランを嫌うに十分な時間を費やした気がした。不誠実ではないが、真心はなかった。全部が義務の上に生じる行動。この先、カレンと恋に落ち婚約破棄をされるらしいが、もうそれでよいと思う。ただ、プレイヤーの予言が外れれば結婚は免れない。公爵家に生まれ、長年教育を受けてきた。貴族の結婚が感情に左右されるべきでないことは理解している。いや、だからこそアランを好きになるよう努力してきたのかもしれない。自分は政略結婚ではなく好きな男性と結ばれるのだと思いたかった。でも、仕方ない。アランはそうでないのだから、一人で馬鹿をみるのはやめよう。
「わかりました。ちゃんと義務を果たしますわ。学年末までは一緒に昼食を取らせて頂きます。お話がそれだけでしたらこれで」
スカーレットが頭を下げるとアランは何も言わなかった。望む答えを返したのだから言うべきこともないのだろう、とスカーレットはアランの返事を待たずに部屋を出た。扉の隙間から立ち上がるアランの姿が見えたが構わずに閉めた。鼓動が速まり手が震える。でも、それは喜びに近いものだった。
(もっと早くにこうしていればよかったのよ)
目には目を、歯には歯を、義務には義務を。恋してくれないアランを恨むのはお門違いな話だ。自分の愛情は最初からアランには不要なものだった。いつか振り向いてくれると勝手に妄想していた。しかし、アランは変わらない。変わるならば自分しかない。宰相の娘で歳が近い高位貴族だから王妃候補に選ばれた。それだけのこと。ならば責務を果たそう。そう考えればアランの態度も納得できる。礼節を重んじて王妃として過不足なくアランの振る舞いと同様なことを返せばいい。そう考えると妙に楽しかった。ただ、自分の人生に恋がなかったことが残念でならない。一層のこと早くアランとカレンが思い通じてくれれば、自分は父親が次の相手を選ぶまで自由の身となれる。次候補と恋愛できるに越したことはないが、あの厳格な父が選ぶ相手だ。期待はできない。でも、アランに捨てられたとあれば、流石にしばらくは時間をくれるだろう。傷心を装って、胸キュンの思い出をつくる。たとえ、この先、政略的な婚儀を結んでもその思い出を胸に秘めていけるような素敵な恋を。
(あぁ、それは素晴らしいことではないかしら?)
だったら、アランとカレンが上手くいくようにお膳立てをしなければ。その為に自分にできることは何だろうか。アランはカレンと二人きりでいることは避ける傾向にある。しかし、そこにスカーレットが加われば体裁が整うのでよしとしている。ならば、自分がカレンを誘い、もっとアランと接点を持たせれば距離が早く縮むのではないか。いいかもしれない。
アランとカレンの間に割って入ることばかり思いあぐねていたけれど、真逆なことを考える日がくるなんて、とスカーレットは口角を上げた。
元来気位が高く気丈なスカーレットである。一旦囚われていた妄執の檻の中から出れば、再び惨めな女に成り下がる選択肢は選ばない。幼い日、庭園を案内してあげる、と手を差し伸べた青い瞳の優しい少年が瞼にちらついたけれど、その手は取らなかった。あれは元々アランではなかった。ただの妄想。あれはアリーテ姫のエディ王子だったのだ。そして、御伽噺の時間は終わった。胸がつんとするのは、それが少し寂しいだけだ。
スカーレットは迎えの馬車へと歩みを早めた。明日からのことを色々考えなければならない。




