12 アリシア・ワトスン伯爵令嬢2
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
アリシアルートは1→4→6→12です。
アリシアはアラン王太子との昼食を終えて、ギリギリの時間に教室に戻った。なんだか酷くくさくさした気持ちだった。
アランがスカーレットをまるで自分の所有物のように扱うことに釈然としなかった。生まれもって王の地位を確約された者と、代わりがきく婚約者とでは話が違うということも認識していない。スカーレットは宰相の娘で公爵令嬢の上、あの美貌である。アランと婚約していなければ引く手数多だったはずだ。アラン以外の男であれば、跪くのはむしろ彼らの方だったろう。何故唯一選択すべきではない相手に恋をしてしまったのか。そう、恋である。スカーレットがアランに恋をしなければ、彼と彼女は上手くいったのだ。アランは不誠実な男ではない。義務と責務を果たし王らしく将来の王妃に接する。だから、スカーレットも同様に、王を支える国母となることのみに情熱を傾けることが出来たならば問題は生じなかった。そこに恋がなかったなら。
(好きになる人を選べたらよいのに)
アリシアは、深く息を吐いた。好きになったのは自分。では、好きになりたかったか。別にそんなこと思っていなかった。「好きだな」と思った時にはもう好きで、なりたかったわけじゃない。勝手に始まったのなら、勝手に終わらせてくれるべきではないか。スカーレットを見ていると、もうやめたらいいじゃないかと強く思う。しかし、それは他人事だから簡単に言えることだ。現に、自分はどうか。隣国まで追いかけてきて、何をやっているのか。アリシアはこれまでのことを最初から順番に思い出そうとしたが、もう昔のことが浮かばない。ホアンの不愉快そうな顔ばかりが脳裏を巡った。有難がられるどころか口煩いと顔を顰められたことばかりがぐるぐる旋回する。スカーレットがアランに見切りをつければ、自分もホアンを諦める。急にそんなことを考えて笑えた。どんな依存なのか。
「アリシア様」
延々不毛なことを考え続けて気づけば放課後だ。声を掛けられてはっと振り向くと同じクラスのヨハナ・バーグマンがおずおずと立っている。
ホアンのことにかまけてクラスには全く馴染めていない。だが、ヨハナのことは知っている。小動物のような愛らしい見た目とは違い、かなりの才女でクラス委員と生徒会の書記を兼任している。責任感が強いらしく、孤立気味の自分のことも気にかけてくれている。母国にいた頃は「王子に媚を売る浅ましい女。全く相手にされずみっともなく哀れな女」だった。それに比べ「変人教師にご執心の趣味の悪いご令嬢」という噂くらい何ともない。しかし、他の生徒の嘲弄の視線とは違い、ヨハナは心配げにこちらを見ていることがある。同情されても鬱陶しいだけだが、ヨハナのそれからは憐憫のようなものは感じられない。不思議な人だな、と思っていた。
「ホアン先生が用務室に来て欲しいそうです」
「ホアン先生が?」
女嫌いのホアンが女生徒に言伝を頼むとはどういう状況なのか。一瞬眉根を寄せたが、もう関係ないのだと思い直して、
「あの、」
「有難うございます。ヨハナ様に伝言を頼むなんて申し訳ないわ。今後こんなことがあればはっきりお断りになってね。アリシア・ワトスンはホアン先生の呼び出しには一切応じることはありませんから。そう答えてくれて構いませんわ。ヨハナ様も、あの人にはあまり近寄らない方がよろしいですよ」
ヨハナが二の句を継ぐ前に一息に答えた。この話はこれで終わりにしたい、と意味合いを込めたものだったが、ヨハナの返した想定外の言葉にアリシアは目を見開いた。
「あの、私、偶然ホアン先生と執事の方の話を聞いてしまって、隣国の……ですよね」
王子であることを知っている。偶然聞いた? あまりに無防備すぎないか。ヨハナの態度から王子に頼まれたので拒絶できない意図が伝わる。昼食の席で、やたらに義務を主張するアランに辟易したけれど、権利ばかりを行使するホアンに比べれば随分誠実に思えた。
「そうだったのね。それで断れなかったのね。お可哀想に。でもね、あの人はその身分が嫌で逃げてきたの。それなのに権力をふりかざすなんて笑ってしまうわ。ヨハナ様、貴方からの伝言は確かに受けとりました。貴方が何か罰せられることは決してないので、お気になさらないでね、では」
昨日の今日で平然と自分を呼び出すホアンの身勝手さにも苛々したし、これまでそれを許してきた自分にも憤りの感情が湧いた。巻き込まれたであろうヨハナに対し、できるだけ冷静な笑顔を向けると足早に教室を出た。本当に用があるならば自分が来るべきだろう。学校にいること自体が癪に障って、そのまま走るように学園の門扉を潜った。
アリシアは現在母方の伯母の屋敷で生活している。
子供がおらず、旦那とも死別し、未亡人となった裕福な侯爵夫人だ。ホアンを追って隣国へ行きたい、という我儘を聞き入れ庇護者を買って出てくれた。兎に角、アリシアを猫可愛がりしている。だから、ホアンとアリシアの歪な関係に理解を示しているが、応援もしていない。ただアリシアの気が済むようにすればいい、と考えている。昨日、アリシアが、ホアンの元へ通うのを止めると宣言した時も、深く詮索はしなかった。
「只今戻りました」
随分早い帰宅だ。いつもならホアンの所で掃除をしている時間。久々にゆっくり読書でもしようと思い至り、伯母に帰宅を告げて、亡き伯父の部屋だった執務室へ入る許可を得た。読書家だった伯父の愛蔵書を借りる為だ。人の本棚を覗くのは楽しい。伯父は雑食だったらしくラインナップは多岐にわたる。年代物の大衆小説も多くある。アリシアは本を手に取りパラパラと巡ることを繰り返した。拝借したい本を五冊選んだ時点で、かなりの時間が経っていた。着替えていないままだったので、今日はこれくらいにしよう、と部屋に戻った。
夕飯の席でも、話題はずっと伯父の本の趣味の話で、どの本を読むことにしたのか、と伯母はにこやかに尋ねてくれた。ホアンについては触れてくれないことに、伯母の気遣いを強く感じる。
それから、自室に戻り「その話、最後がびっくりするわよ」と伯母に危うく結末を暴露されそうになった推理小説を読み耽っていると、ドアを叩く音が鳴った。
「アリシアお嬢様、先ほどロマニー公爵家から使いの者がみえまして、スカーレット様からの手紙を承りました」
「え?」
メイドが淡々と言うので耳を疑った。スカーレットとは全く友達などではない。クラスどころか学年も違う。社交界でも挨拶を交わす程度だ。こちらが勝手に好意を抱いて、勝手に内心を推し量り、共感しているだけ。わざわざ従者を使わせるほどの急用があるとは思えない。だがそこで、ランチでの不敬な発言が蘇った。アランに対して当て擦りの嫌味を吐いたこと。アランはあの時は何も言わなかったが、後になってスカーレットに不当な言いがかりをつけたのではないか。それに対してスカーレットが抗議の文面を送ってきたのではないか。途端に不安になった。アリシアは手紙を受け取ると、机に向かい、引き出しからペーパーナイフを取り出した。手紙を開封する。ふわっと淡い花の匂いがした。
(わたしが男性なら絶対に恋してしまうわ)
丁寧に封筒から手紙を抜き出すと、一枚の便箋に美しい文字がしたためてある。緊張して息をとめたまま視線を走らせる。スカーレットが怒っていないことに安堵したが、それから再びの興奮が胸をしめた。
『アリシア・ワトスン様
突然の手紙を失礼します。
本日はわたくしの勝手で、突然アリシア様のお時間を頂戴したこと申し訳ありませんでした。
お詫びと言ってはなんですが、今度はわたくしがランチをご用意しますので、ご一緒して頂けませんか?
アリシア様のご都合のよい日程を教えてくださいませ。
スカーレット・ロマニー』




