10 ソフィア・マクラミ男爵令嬢2
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
*1部→5部→7部→10部の順番がソフィアルートの時系列です。
マクラミ家の夕食は午後八時だ。
仕事に忙しいマクラミ男爵の帰りはまちまちである為、その時間に帰宅していなければ先に食べることになっている。
ロンと別れてから帰宅後、部屋に籠っていたソフィアは時刻になったので食堂へ向かった。
マクラミ家にはメイドが二人と執事が一人いる。食事の用意は基本的にメイドが行うが、時折、マクラミ夫人が腕を振るうことがある。元平民である夫に合わせて、庶民に近しいような生活を試みた結果だ。しかし、料理に関して言えば、あまり誰にも喜ばれてはいない。不味くはないし、食べられる代物ではあるが、余程のお世辞としてしか「美味しい」とは言えなかった。
ソフィアが食堂に入るとマクラミ夫人は既に着席していた。本日の料理がメイドにより調理されたことを意味している。よかったわ、と顔に出さぬように座れば、向かいのシドと目が合った。
マクラミ夫人の手前、にこやかな表情をしているが、ソフィアにだけわかるように鋭い視線を走らせた。約束をすっぽかされたのはこっちだ。一体何だと言うのか。帰宅時、シドの問い掛けに答えず部屋に入ったことが気に食わないのだろうが、関係ない。惚れた弱みで何をされてもへらへら笑って許したのは昨日までである。ソフィアは何も気づかないふりをして、
「お義父様は今日も遅いの?」
とマクラミ夫人に尋ねた。
「今日は早く帰って来たよ。いいタイミングみたいだね」
が、答えたのは本人であるマクラミ男爵だった。
ソフィアが今しがた入室してきた入り口にマクラミ男爵の姿があった。
「あ、お帰りなさい」
ソフィアに連なり、シドとマクラミ夫人も声を発した。マクラミ男爵が柔らかに笑って席に着く。久々の四人揃った夕餉となった。
家族団欒で話題を振るのは大体がマクラミ男爵だ。長年の接客業で培った話術がある。狭い貴族社会と違い、店には様々な客が訪れ話の種は尽きない。長期に国外へ出張することもしばしばあり、その度に珍しい旅先の話を披露する。マクラミ男爵が不在の際は、その役目をシドが担う。マクラミ夫人は穏やかな性格で無口な為、いつもにこやかに話を聞いている。ソフィアもそれほど口が達者な方ではなく、時折相槌を打ち笑っていることが多い。が、本日の話題については黙って聞くというわけにはいなかった。
「ソフィアちゃん、今日はうちの店に彼氏と訪ねてくれたそうだね」
「え」
藪から棒の言葉にうまく対応できなかった。
「ソフィア、貴方そんな方がいるの?」
驚いたマクラミ夫人も思わず声を漏らす。
「店の若い女の子の話では、随分素敵な紳士だったとか」
マクラミ男爵が続けて言った。冗談めいて笑っているため、それほど深い意味合いのない軽口だとわかる。別に咎められているわけでもないし、知り合いに店で出くわしただけ、と答えればよい話だ。しかし、色恋沙汰に初心すぎる為、「彼氏」という言葉にどぎまぎとまごついてしまう。
「ただの知り合いだろう」
間に入ったのはシドだった。表情は笑っているけれど眼光は鋭い。男なんかいるわけがない、と言いたげだ。むっとするも、ここで男の影を匂わせるほどソフィアは巧妙ではなかった。第一、女との浮名が後を絶たないシドに張り合っても勝てない。
「えぇ、学校の先輩なんです。たまたまお店でお見掛けして、友人への贈り物を探しているとおっしゃるのでお手伝いさせて頂きました」
「そうなのかい」
「誰だ?」
マクラミ男爵の言葉に被せてシドが言う。普段のシドなら両親の前でのソフィアへの応対は緩やかである。しかし、今の言葉は刺すような語調だった。マクラミ男爵が驚いて視線を注ぐ。シドはそれに構うことなくソフィアを見ている。帰宅時にも同様のことを尋ねられ無視した。それが未だに不愉快なのだろう、とソフィアは判断した。いつまでも下手に出ていると思ったら大間違いだ。
「言っても知らない方です」
ソフィアは、これまでになく強気に返した。
「義妹が贈り物をもらったのだから、義兄として礼を言わなきゃいけないだろう」
「まぁ、そうなの?」
贈り物、という単語にマクラミ夫人が反応した。娘の初めてのロマンスである。マクラミ夫人の一度目の結婚は、高位貴族からの申し出を断ることができずに了承した不幸なものだった。前夫が病床に伏してからはそれなりに家族らしい関係を築けたものの、娘にはあんな思いをさせたくない。貴族でも平民でもよいから、ソフィアを一番に考えてくれる男性と添い遂げて欲しいと願ってやまない。しかし、ソフィアにこれまで浮ついた噂はなかった。贔屓目でなくともソフィアは美しい娘だ。色恋の話がそろそろあってもよいのでは? と内心思う部分があったのだ。マクラミ夫人は嬉しげにソフィアに微笑みかけた。が、ソフィアの内心は微妙だった。シドのことを放っておいても、何故、家族の前で出会ったばかりの男性の話しをせねばならないのか。何も始まっていない関係だ。ひたすらに気まずい。
(お義父様も余計なことを言ってくれるわね)
ソフィアは恨めしく思った。悪気はないのだろうが、人懐っこい性格故に無神経なところがある。変に隠せば余計にしつこく揶揄われる気がした。
「贈り物を選んだお礼にチョコレートを頂いたの」
「チョコレート?」
するとシドが勝ち誇ったように笑うので、ソフィアは苛立ちを覚えた。異性として好意ある女性にお菓子など贈らないということなのだろう。
「選んだ品と同様の物を贈ってくださろうとしたのですけれど、高価すぎるので遠慮したんです。そしたら、わたしの好きなチョコレートをくださったのよ」
選んだ品もチョコレートだったのですけれど、という台詞は呑み込んだ。それからロンの顔を思い出した。裏表のない誠実な人だと少しの時間話をしただけでわかった。こんな人を好きになれば幸せだろう、とも。心を不安定にかき乱されることはきっとない。シドからは得られないものだ。シドの傍にいると自分の感情が荒波のように上下して落ち着かない。それも故意に、いいように弄ばれている。分かっていても、いつかまた昔のような無邪気に笑い合った関係に戻れるのではないか、今度は意地を張らず自分の気持ちをちゃんと伝えよう、そう思って好意を露にしてきた。しかし、シドは気紛れに受け入れたり拒絶したりを繰り返す。考えないようにしてきたことだが天使様の話を聞いた時に思った。諦めきれず頑なに追いすがってきたけれど、本当に諦めるしかないのなら、もう仕方ないのではないか、と。それに、
「自分が金持ちになったから掌を返した浅ましい女」
シドがそんな風に思っているのだと聞いて、なんだか妙に笑えたのだ。シドに何か強請ったことなど一度もない。でも、シドは自分を見てくれてはいない。その他大勢と同じと思っている。向き合う気がない。ソフィア・マクラミが嫌いなのではなく、金持ちになった途端に寄ってくる女が嫌で、その中の一人として自分も嫌われている。あぁ、そうか。自分はシドにとっての特別な誰か、運命の人ではなかった。そのことに、心が凪いでしまったのだ。
「で、それは誰なんだ?」
シドがしつこく尋ねてくる。視線が絡むがトパーズの瞳は少しの柔らかさも宿していない。相手を知ってどうするつもりか。嘲笑う気か。だが、生憎、シドが嘲弄できる相手ではない。
「ロン・サーフォン様です。アラン殿下の側近をされている素敵な方よ。でも、お義兄様がお礼を言うのは止めてください。サーフォン様を恐縮させてしまうと思います。お義父様ならどうです? 知り合ったばかりの女性の義兄から突然お礼を言われたら」
「そりゃそうだ。シド余計なことをするんじゃないぞ。ソフィアちゃんの出会いをぶち壊すなよ」
マクラミ男爵が冗談とも本気とも取れる口振りでシドを嗜めた。その後、話題は来週の花祭りへ流れたため、ソフィアは胸を撫でおろしたが、シドの無言の視線が気にかかった。案の定、食事が終わり、部屋へ向かう階段の中腹で声を掛けられた。ひどく面倒くさかったけれど、また無視をするのも幼稚に思える。適切な義兄妹らしい態度で応じるのがいい。
「何?」
「今日、すっぽかしたお詫びに、お前の行きたがっていた観劇に一緒に行かないか」
(天使様が言っていた通りね。やっぱり全部本当なんだわ)
ソフィアは笑った。すっかり忘れていたが、昨夜のお告げで、夕食時に観劇に誘われることも言い当てられていた。天使様の言葉は全て抗いようのない事実なのだ。高温度の鉄板に水を流し込んだみたいに何かが弾けて消えた。これまでなら大喜びで快諾したけれど、今は「飴と鞭の使い分けがうまいものね」と妙に俯瞰的に思った。
「いえ。別にいいんです。いつも無理に付き合ってもらっていたのは、わたしなんで。気にしないで、好きな人と行ってください」
ソフィアは言い終えると跳ねあがるように階段を駆け上がった。シドのことは一度も振り返らなかった。だから、彼がどんな顔をしていたのかも、当然に知らない。




