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〈8〉金魚鉢と飴玉

「突然の訪問をお許しください、陛下。本日は折り入ってお話があって参りました」


 マリュスは毅然とした態度で言う。事態を分かっていないわけはない。だからこそ他人同士のようなのだ。


「よかろう、時間を与える。話してみよ」

「まず、伝説の話をさせてください。二千年前にあったといわれる魔神侵攻の際の話です。神々がまだ幾柱もいらした頃、闇を司る魔神が神々に戦いを挑みました。その戦いがあまりにも激しくて地上も無事では済まないので、神々は地上に使者を送って私たちを守らせました。それが最初の神子です」


 初耳なので少なくともわたしは話に聞き入った。王様の周囲の貴族たちはほとんど飽きてそうな態度だったけれど。


「神子は人間たちと一緒に大地を守ったり人を救ったりと大きな助けになってくれました。そして戦いが終わって地上にも平穏が戻ると、神子は私たちに約束しました。『再び神の国に危機が訪れることがあればここに戻る』と。その神子が今、戻ってきているのです」


 わたしを披露するためマリュスが腕を広げる。


「ミチルは先日私たちの前に姿を現し、自分を神の使いだとおっしゃりました。食料や物を何もないところから生み出す奇跡も行い、私たちを助けてくれました。お陰で私たちはあの前王妃様の庭で生き延びることができたのです」


 王様の硬い顔面が初めて動いた。眉間が寄ったのだ。


「陛下。身勝手な一存で宮殿を出ていったことは申し訳ありません。寛大なお心でお許し願います。ですが、神子様の降臨には大きな意味があるはずです」


 国に危機が迫ってる、なんて漠然とした警告だ。でもそれが何を意味しているのかは誰もが分かっているはず。

 二人の王子を巡る権力争いは、神が庇護するこの国を割りかねない。

 だからマリュスは大人たちに囲まれても一人で全てを話し終えた。家出したことの許しを父に乞うためにも。

 王太子ってここまでできなきゃ認められないものなのかな。

 王様は何の返答もしなかった。代わりに四人の取り巻きめいた貴族たちの中から声が上がる。


「馬鹿げていますね。何を語るかと思えば二千年前に書かれたおとぎ話ですと。神話や伝説は作り話に過ぎませんよ、殿下。それに著者が分からない書物に信憑性はありません」

「全くです。幻想文学とどこの馬の骨とも知れない女を引き合いに出してこの国に危機が迫っているとは、いささかお粗末では?」

「そもそも、殿下はその女を奇跡を操る神子だと信じていらっしゃるようですが、貴方様こそ奇跡に騙されているとも限りませんぞ」


 最後に発言した黒髪のおじさんはまだ紳士的だった。


「殿下。我々は殿下のように神子様のご降臨を目撃したわけではありませんから、まだそちらのご婦人を信用するわけにはいかないのです。なのでミチル様、神子である証拠を見せていただけませんか?」

「……はい、いいですよ」

「ミチル……!」


 マリュスが呼びかけてくるけど微笑んでかわした。

 止めてくれようとした理由は分かってる。こっちを見る人たちの半分以上がわたしに好奇の目を向けているのだ、マリュスはわたしを見世物にしたくないのだろう。

 わたしだって面白がられるだけの結果は御免だ。

 両腕を高く広げて目を閉じ、なんか神秘的っぽいポーズを取る。


「えー……神よ、我に創造の力を貸し給え。アストレアの王に甘き贈り物を捧げん!」


 想像したのは色んな種類の飴玉がいっぱい……壺、いや金魚鉢に入っている光景だ。わたしの感覚だと奇妙だけど、異世界人には縁が青色で波形になっているガラスの金魚鉢はただの容れ物にしか見えないだろう。

 自分にしか分からないようにからかったところでバチは当たらないだろうと思ったのだ。

 だが、でたらめの呪文を唱え終わると同時に、わたしの内側のスープ皿にピシャーン! と電撃が落ちた。

 その瞬間、神通力が膨れ上がったのを感じた。

 豪華すぎる謁見の間に突然、巨大すぎる金魚鉢が出現する。


「はぁ!? なんだこれは!」


 その大きさ、人間一人を飼育するのにはちょうどよさそうだ。でも星の数ほどある飴玉が詰まっているからまずそれをどかさないとね……飴玉は巨大化しなかったが金魚鉢を埋め尽くすため大量になったということだ。

 ボールプールみたいなガラスの金魚鉢の前でわたしたちも、そして向こうに見えなくなった人たちも呆然としていたようだ。


「こんな大きなもの出して大丈夫なの?」

「う、うん。今回は平気。わたしの力じゃないの。神様が呼びかけを本気にしちゃったみたい」


 使者の称号は伊達じゃなかった。

 後ろのアラインさんが立ち上がる。


「ミチル、これは食べられるものなんだな?」

「はい。ただの色んな種類の飴ですから」


 アラインさんは勝機を得たとばかりに頷いた。


「殿下、貴族たちをご覧ください。気が動転しているうちにお話の続きを聞かせてやりましょう」

「そうだな、よし。アライン、持ち上げてくれ」

「はい」


 マリュスはアラインさんを連れて巨大金魚鉢の前へ回り込み、両腕に持ち上げてもらうと飴を一つ取って下りてきた。それを皆の前で口に放り込む。


「これが神子様のお力でひゅ」

「あ……ありえん」


 誰もマリュスの口がいっぱいになっていることはどうでもよさそうだった。

 貴族たちが金魚鉢を睨み始める。何かのトリックか幻かと疑っているのだろう。

 すると王様がおもむろに口を開いた。


「神子ミチル。そなたを本物の神子と認めよう。だが、地上へ来るのが少々遅かったようだ」

「どういう意味でしょうか?」


 話しかけられてびっくりしたけどマリュスはまだモゴモゴしている。


「アストレアはもはや国難を脱した。八年前には戦火や飢饉がこの国を脅かしたことがあったが、もう過去のことだ。この国に神子が解決すべき危機などないのだよ」

「え、でも」

「二千年の間に神も耄碌なされたようだな」


 たしかにポンコツっぽかったなぁ、と一瞬納得しかけた。だってあの砕けた口調で世界の危機がーとか言われてもね。とはいえ、事実この国は二人の王子のせいで揺らいでいるではないか。

 貴族たちは王様に追従して笑う。


「ということは、伝説になぞらえた神子の降臨は狂言……ということですかな?」

「なっ……!」


 マリュスが口を押さえる。


「手品は見事ですが神子のお力とやらを証明するには少々不足でしたね。これを奇跡と呼ぶのは子どもだけでしょう」

「マリュス殿下。セドリック様から求心力を奪い返したかったのでしょうが、まだまだ勝利には程遠いようですな」

「いや、勝敗を判断するのは大げさでしょう。マリュス殿下はまだ十歳、きっと注目がセドリック様へ移ったことに嫉妬しておられるだけですよ」


 極めつけは王様だった。


「マリュス、そなたに命ずる。人を遣わすまで宮殿に立ち入ってはならない」


 わたしたちは謁見の間を追われるように出て、とぼとぼと帰路についた。

 帰りの舟はアラインさんが曳航してくれたが歩く距離は変わらない。マリュスを背負ったアラインさんと家に戻った頃にはさすがに足が棒になったようだった。



 なんだか寂しい次の朝。

 居間へ降りると手持ち無沙汰そうにラフな格好のアラインさんがもう朝食の席を整えていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 声の調子はどこか硬い。

 昨日は二人とも浮かない顔だった。その気分を引きずっているのだろう。無理もない。


「マリュス様は昨日は寝付きが悪かったようだ。何度も部屋から物音がしたよ。ミチルはよく眠れたか?」

「まあまあです。マリュスはまだ部屋なんですね」

「ああ。だが不規則な生活はよくないからな……いつもどおりに起きていただくとしよう」


 小さな主人を起こすのはアラインさんの仕事だった。わたしは朝の水分補給やお茶淹れをしようとキッチンに立った。だが少ししてアラインさんが珍しくバタバタと階段を下りてくる。


「マリュス様がいない」



 わたしたちは家を出てマリュスを探した。村の廃屋にも声を掛けたし、村の周辺も走り回った。でもどこにもいない。

 一番の懸念は池や小川だった。


「水辺は私が探す。ミチルは林の方を見てくれ」

「はい」


 アラインさんのために池に小舟と長い木の棒をつくっておき、わたしは林へ向かった。

 わたしたちはマリュスが失意のあまりヤケになっているのだろうと考えていた。プチ家出というやつだ。いつ家を出たのかは分からないけどアラインさんが気づけない時間帯だったことは確かだ。もしかしたらアラインさんが夜中聞いた物音は、マリュスが家出の支度をしていた音だったのかもしれない。マリュスの部屋からは外套がなくなっていた。

 外套一枚で冷える夜をしのげるわけがない。お腹も空くし心細いはずだ。

 枝葉の豊かな林をどんどん進んでいく。何回も入ったことがある場所だからわたしでも道が分かるようになっていた。だからマリュスがここで迷うはずはない、のに。

 ある木の足元にぽつんとうずくまるその姿を見つけたのだ。


「マリュス!」


 呼びかけると飛び跳ねるように顔を上げた。どうやらうたた寝していたようだ。でもわたしに視線の焦点を合わせると叫んだ。


「ミチル!? 逃げて!」

「え?」


 マリュスが背にしている木の陰から男が出てきた。わたしの周囲からもだ。マリュスは口を押さえつけられ、わたしは逃げる間もなく淡い網を投げられて拘束された。魚か。


「ちょ、っと……なにこれー!」


 暴れてみるが全然効果がない。網に簀巻きにされている。地面に転がされて仰向けにされたが、これはチャンスだと思って必死に目を開けた。

 襲撃者は三人組の男で、フードを目深に被った黒尽くめの服装をしていた。腰に短剣を差しているのも見える。でもマリュスを守らなきゃと思うと何も怖くなかった。


「マリュスを離しなさい! あとわたしも!」


 一人が何かをこちらに差し向けてきた。香水の瓶だろうか。シュッと吹きかけられたものは鼻を刺すようなにおいがした。

 その瞬間、底が抜けたように意識がガクッと落下する感じがした。駄目だ、マリュスが一人になっちゃう。でももう止められない。

 二度目の人生で二度目の気絶だ。

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