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〈15〉またもやベッド

 外の騒ぎに反して謁見の間は静かだった。侵入者騒ぎのせいで寝所から出てきた国王が玉座に座っているが、いつも人を小馬鹿にしている貴族たちや、宰相ルグランはいない。

 王子セドリックは王の前へ進み出て跪いた。


「何事が起こったのだ。申せ」

「私の部屋に神子とマリュス王子が侵入しました。今は部屋に閉じ込めてあります」

「侵入、か。侍従が窓の鍵をかけ忘れたとでも言うのか?」


 針のような言葉を差し向けられ、セドリックは動揺を顔に浮かべた。


「私が部屋に入れました、陛下」

「……フン、分かっている。おまえが誰のためにそのような行動をしたのか、ということもな」

「まさかその子が宮殿内の反逆者に加担していると仰るのですか……?」


 細くたおやかな声に二人が振り向いた。しずしずと場に入ってきたのは王妃ブランシュだ。ガウンの上にフード付きの長いコートを羽織り、まるで騒ぎが聞こえて不安になり寝床を抜け出してきた、という様子だった。国王シャルルは目を細める。


「反逆者だと? 私はそこまで言っていないぞ、王妃」

「そのようでしたね。ですが、最近の陛下のご行動は反逆をお恐れになられているご様子でしたので……。それに、王太子はああ見えて狡猾な子だと陛下もご存知のはずです。セドリック王子を丸め込むのも容易いことでしょう」

「王太子の人柄を見抜けるほど会話をする仲だったとは知らなんだ。それで、セドリック王子。誰のために王太子と神子を罠にかけたのだ、答えよ」

「…………」


 セドリックは玉座の前で顔を伏せたまま口を開けなかった。小さな手が緊張で握られるのが唯一の反応だ。

 王妃は我が子の窮地を察して進み出た。


「尋問のようなことはおやめくださいませ。セドリックは貴方のお子ですよ」

「王妃。これ以上王子の口を閉ざさせるのはやめよ」


 怒りのこもった声が響いた。

 王妃は目を見開く。そこには本当の驚きも混じっていた。


「な、何を仰って……?」

「結婚した初めこそそなたを信じていたが、今はもう違う。夜な夜な特定の者と集会を行っていることを私が知らぬと本気で思っていたのか? 私が本当に王太子を遠ざけようとしているとでも? そなたは私にまつわる噂を捏造し、宮殿中に流布して前王妃と王太子の名誉を深く傷つけたな。その上、何も知らぬセドリックを身勝手に育てて操っていた。母としても、人としても見下げ果てた行いだ」


 王は玉座から立ち上がった。軽蔑の眼差しが王妃に向かう。王妃が困惑の演技をもうやめていたからだ。


「……何を仰るかと思えば。もしわたくしが我が子を操っていたとしても、セドリックを重宝していらしたのは他ならぬ貴方ではありませんか?」

「父と子として語らい合った時間のことを指しているなら、そなたの言うように私は王子を重宝していたのだろう。どうやらセドリックは母たるそなたに大きな秘密があるようだ」


 母が見下ろす眼差しを感じたようにセドリックの肩が僅かに震える。


「そうだったの……?」

「……ぼ、ぼくは……ぼくは言われたようにしました、母上」


 怯える子どもを見る王の目には憐憫があった。一方、王妃は沈黙の後、短いため息をついた。


「所詮、子どもは子どもですね。信じられるのは己のみ……我が主の仰るとおりでした」


 肩からコートを払い落とした王妃の体は既に変化し始めていた。頭部から一対の捻れた角がメキメキと生え、ガウンと寝衣は黒く染まり、形を変え、禍々しいドレスとなっていく。唇には魔女に相応しい毒々しい色が塗りたくられていく。


「貴様は王家最大の恥だ……ブランシュ」


 王は首から下げていたペンダント型のダガーを抜いて魔女の胸に突き立てた。

 刃は確かに肉を穿った。そのはずが、血の代わりに吹き出たのは細かな黒い触手だ。それは王の腕を絡め取って体を這い上がると首を締め付けた。


「ぐぅっ」

「陛下……!」


 意識を失った体が床へ投げ出される。セドリックは縋り付くように、あるいはその体に隠れるように王のそばへ走り寄った。


「……見る目のない男」


 魔女ブランシュは二人を冷たく一瞥し、玉座へゆっくりと腰を掛ける。


「我が主は約束を違えず、この国の王座を我が物とする運命を与えてくださいました。次はわたくしが主の望みを叶える番。この席から我が主の二千年前の復讐を遂げてみせましょう!」


 広げられた両腕に呼応して玉座が闇色に輝き、禍々しい光が天へと伸びていった。



『ほら、さっさと起きな! 遅刻するよ!』


 頭上でわめかれて起きざるを得なかった。

 星々がきらめく夜空の中、見えない地面がわたしを支えている。また、ここか。


『肝っ玉母ちゃんに起こされた気分はどうだ?』

「意味が分かりません」

『よろしい。これから大事な話をするからよく聞いておくように』


 何が何だか。でもその場で正座して姿勢を正した。


『魔神の眷属が遂にあの世界に姿を現してしまった。それに気づいている者が少なすぎるせいで、あの国は闇に堕ちかけている。そこで、我はとうとう切り札を出すことにした。人間の言うアーティファクトというやつをな』

「アーティファクト?」

『具体的には我が力を込めた武器だ。まあ厳密に言うと我々が二千年前の神子に貸した武器の焼き直しなのだが』


 神々と魔神の戦いが激しすぎるせいで、人間の世界に影響が出るから、神々は神子を派遣して人間を守らせた……という話だった。


「じゃあ、わたしがその武器を持って戦うんですか……?」

『まあそれでもいいんだが、おまえはどう見ても剣士タイプじゃないから格好つかないだろう。というか我もう適任を見つけちゃったし』


 と言うと、わたしの目の前に濃い霧が現れて、プロジェクションマッピングみたいに何かの光景が浮かび始めた。流れる自然の景色を背にして誰かが走っている……。


「アラインさん!」

『おまえはいい男に出会ったな、我が使者よ! この者は根性があるぞぉ』

「無事なんですね。よかった」


 ホッとしていると、神様がふーむ、と何か納得したような声を出す。


『ということは、おまえもこの者を我が勇者と認められるな?』

「どういう意味ですか?」

『我が加護を宿らせ、闇に対抗するための地上の戦士とするのだ。そうなると我がアーティファクトを扱えるただ一人の人間となる。生きている間は尽きぬ栄光が降り注ぎ、死して後は我が殿堂にて美味いものを死ぬほど飲ませて食わせて楽しく過ごさせてやるぞ。どうだ?』


 うまい話なのに裏がないってこともあるんだなぁと思う。


「アラインさんがそんな将来を気に入るかどうかは分かりませんけど……というか、決めるのはわたしではないんでしょう?」

『バレたか。全くそのとおり! じゃ、これ持ってさっさと戻れ』


 星の一つが強く輝いて腕の中に降りてきた。器をもらった時とは違い、形を成したりはしないまま手の中に留まる。


『我が光を用いて世界の命運を決めてくるのだ、我が使者ミチルよ』


 そして再び落下して――




「――ハァーッハッハッハ!! 我が名は怪盗ワタリガラスっ! 私腹を肥やし権力を振りかざす罪深き狐狸たちよ、今宵もお宝をいただきに参ったぞ!!」


 突き刺すようなよく通る声がわたしたちを叩き起こした。こっちは現実だ。

 セドリック王子の部屋の中は再びどよどよしていた。装備を着てきた衛兵たちが詰め所のように使っていたらしいが、そこへ窓の外から謎の男が叫んできた、という状況らしい。帽子をかぶって長いマントを羽織った男のシルエットがバルコニーの手摺にバランス良く立って部屋の中を睥睨している。


「怪盗ワタリガラスだと? この状況で!?」

「突入してくるようです!」

「とう!」


 衛兵たちがざわついている間に怪盗とやらはキザなポーズを決めて窓の前に降り、普通に窓を開けた。


「鍵が開いているぞ! お邪魔しまーす」

「なっ、誰だ閉め忘れたのは!」

「自分ではありません!」


 マリュスもぽかんとして檻の外を見ている。なんて緊張感のない人なのだろう。

 でも、あの声どこかで聞いたような……。


「改めまして、我が名は怪盗ワタリガラス! 火事場泥棒をするため予告なしで参上!」

「なんて正直なやつだ……!」


 両腕で左右に払ったマントがまさに翼のように広がる。衣装は高貴なデザインだが、カラスと言うだけあって全身黒い。顔の上半分は、くちばしを模して尖った部分がついた仮面で覆い隠されている。でもあの顔、どこかで見たことがあるような……。

 そこへ、騒ぎを聞きつけて錬金術師のおじさんがやってきた。


「とうとう姿を現したな、このカラスめ! 私の研究所から盗み散らかした材料を返しなさい!」

「まあまあいいじゃないの。私は窃盗、あんたは誘拐。同じ罪人同士、持ちつ持たれつ仲良くしようではないか」

「きっ貴様、なぜそれを知っている?」

「さぁね! ではそろそろ皆さんお待ちかね、消失マジックショーを始めよう! 今宵の獲物は美女と少年! 地上の真珠と王国の至宝だ!」


 怪盗は貴族的なコートの下から複雑な鉤爪がついたロープを取り出し、わたしたちの真上の天井へ投げた。きれいな模様が描かれている天井に鉤爪が食い込む。怪盗はコートの下に何か機構を隠しているのか、ロープを巻き取ることで宙に浮かび上がると、ポーズを決めながら檻の上へ着地した。


「逃がすな! 射撃用意!」


 クロスボウが構えられる。だが怪盗はマイペースに鉤爪を回収していた。


「狙うべきは私かな? 本当かな? 泣いても笑っても答えは一つ。よーい、発破!」

「ひゃ……!」


 爆音とともに床が下から突き動かされ、マリュスとわたしは檻と怪盗ごと落下した。この落下は現実だ。わたしが咄嗟に思い浮かべたのは分厚いマットレスが乗ったベッドだった。


「うっ」


 体に衝撃が走り、マリュスと二人して呻く。

 いつの間にか閉じていた目を開けると、塵が舞い上がる中、わたしたちは想像通りのベッドに着地できていた。檻の天井が少し近い。

 檻の向こうの天井には巨大な穴が開いていた。わたしたちは下の階に移動したというわけだ。


「マリュス殿下、神子様、怪我はないか!?」


 素に戻った怪盗が呼びかけてくる。あぁやっぱりそうなんだ。


「ティエリーさん。大丈夫です」

「僕も」

「いや、私は怪盗ワタリガラスですから。まあ何にせようまくいってよかった!」

「何をやったの……?」


 檻の外でティエリーさんはまたポーズをとった。


「天井に爆薬を仕掛けました!」

「……死ぬかと思いましたけど」


 犯人は仮面を付けたままへらへら笑う。


「即興の計画ですから雑さは致し方なし! それより一緒に来てください。大変なことになってるんです」


 ティエリーさんは薬品の瓶を取り出すと、中身を鉄格子の数カ所にかけた。どんな成分なのか、鉄がじわじわと溶けていく。


「それもあの錬金術師のおじさんから盗んだんですか?」


 答える代わりにいたずらっぽく口の前に人差し指を立てる。

 危ないものを抱えながら矢面に立っていたんだと思うと、ティエリーさんの命が今更心配になった。

 やがて鉄格子が溶け切った。ティエリーさんのひと押しで四角い穴が開き、わたしたちは脱獄……じゃなくて脱出した。

 ティエリーさんは鉤爪付きロープを使ってわたしたちを宮殿の屋根の上に連れて行った。

 異変が何かは嫌でも分かった。

 まず見えたのは宮殿のどこかから伸びている神様由来の清浄な光の柱だが、それは明らかに弱っていた。代わりに強く輝いているのは、別の場所から伸びている黒いの光だ。それは天を貫いて、夜の宮殿の上空を黄色く染めている。絵の具で塗ったような、空には相応しくない色に。

 これは汚染だと直感で分かった。


「王妃陛下を止めないと」


 マリュスが言う。わたしは頷いてみせた。

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