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〈12〉アミュレット

 お祭りは最高潮に向かった。音楽隊の曲が変わるとダンスと手拍子が始まる。

 そんな騒がしい中、わたしたち四人はテーブルに座って額を突き合わせている。こっちを探っているであろう人に盗み聞きをさせないためだ。


「八年前、王妃となったブランシュ様の生家は王家へ情報提供をする協力関係となった。そしてブランシュ様はアストレアに迫る飢饉に対処すべく教会で品種改良した作物の種を無償で農家に配った――という話だが」


 ティエリーの声は低かったが、不思議と周囲の盛り上がりに負けなかった。


「全て事実ではなかった」

「……え?」


 困惑したのはマリュスだけじゃない。アラインさんも眉をしかめる。


「ブランシュ様が周辺国の情報や種をもたらしたのは事実ではないか」

「でも『出処』は誰も知らないだろう? 実はブランシュ様は王室に入って以来、宮殿に閉じこもりきりな上、大司教家や教会とほとんどやり取りしていなかった。つまり、情報も種も降って湧いたように現れた、ってことになるんだ」

「……それって、まるでミチルの力じゃないか」


 わたしは情報はつくれない。品種改良された種も、そもそも知識がないから力を使わなくてもつくれない。だからもし王妃様がそういうことができる力を持っているとしたら……わたしより強いんじゃないだろうか。

 でも、神様に直接力をもらったわたしより強い存在って、一体何?

 アラインさんが重々しく息をつく。


「やはりブランシュ様の『千里眼』には秘密があったか。まさか陛下はその事実をご存知なのか?」

「ご存知だったなら、王妃がこんな物を配ってることを看過するわけないだろうな」


 そう言ってみんなに見えるところに置かれたのは、五百円玉ほどの大きさのメダルだ。銀色で、魔法の杖みたいな模様がついている。


「これは?」

「セドリック王子派のポケットから失敬してきたものだ。どうやらブランシュ様はこれを派閥の連中に配り、時々集会を行っているらしい」

「まさか……反逆か」


 隣のマリュスが息を呑む気配がした。


「内容はまだ不明だけど可能性はあるな。で、その集会は不定期なのに、これを持ってる連中は示し合わせたように同じ時間に集まれるんだ。怪しいだろ?」

「……ミチル、これに何か感じることはないか?」


 わたしの方に寄せられたメダルを見てみる。銀製なのかな?

 なんとなく手を伸ばして触ってみようとした、その時。ピリッと静電気みたいな刺激が走った。


「いたっ……!」

「なっ、大丈夫か!?」


 向かいの席からアラインさんがわたしの手をつかむ。でもその頃にはもう何ともなかった。


「あ……平気です。驚いただけですから」

「…………」

「アラインさん……?」


 声をかけると、ようやく落ち着いたように手を離してくれた。


「すまない。取り乱してしまった」

「いえ」


 ふとテーブルを見回すと、ティエリーさんが興味深そうにこちらを見ていた。なんか恥ずかしくて、自分から口を開く。


「ティエリーさんは触っても何ともなかったんですよね」

「ん? ああ。神子様には害があるってことは、やっぱり魔術的な品ってことになるな。となると、次に問題になるのは……」

「ま、待ってよ」


 マリュスが焦ったように身を乗り出した。


「そのメダルは怪しいかもしれないけど、王妃陛下を疑わなくてもいいんじゃないの? ただお茶会をしているだけかもしれないし……」

「夜な夜な開くお茶会なんてロクなもんじゃありませんよ、殿下。残念ながら」


 ティエリーさんは心苦しそうだった。


「王妃陛下にとっては、情報を提供したことも、作物の品種改良を行ったことも、王家内で地位を確保するための手法に過ぎなかったのです。その上で、ブランシュ様は陛下のお目を盗んで何か良からぬことを企んでおいでなのです」

「……そんな……」


 マリュスは力なく椅子に戻った。自分の身の回りの、それもごく近いところで事件が起こっているのだ。ショックは大きいはずだった。

 一方、アラインさんは決意の表情でメダルを手にとる。


「あの方が一体何者なのか確かめる必要がある。これは貸してくれ」

「えっ、そういうのはオレの得意分野だ。それにお前はここにいなきゃいけないだろう」


 アラインさんは首を横に振った。


「お前にしかできない仕事はまだあるんだ、ティエリー。ここでお前の動きがバレて宮殿から追い出されでもすれば、私たちは今度こそ梯子を外されることになってしまう。だから私が行くしかない」


 二人はテーブルの向かい側でしばらく互いを窺った。折れたのはティエリーさんだ。


「……そこまで真剣になられたらしょうがないな。分かったよ。ただし、無茶はするなよ」

「ああ」


 話がついてアラインさんはメダルを握った、んだけど。


「あの、何の話ですか?」

「アラインは王妃陛下のお茶会に忍び込む気なんだよ」


 二人の代わりに答えたのはマリュスだった。


「忍び込む……!? でもそのメダルがあっても顔でバレません?」

「そこはなんとかする」

「結構強引なとこあるよな、お前」


 アラインさんは否定しなかった。代わりに無言で指示を待ち、やがてマリュスが大人びたため息をつく。


「僕もそういうところは知ってるよ。だからやり方はアラインに任せる」

「はい。必ずや結果を出します」


 話がまとまった感じを察したティエリーさんが、さて、と腰を上げる。


「ではオレは通常業務に戻ります。次に会う時まで生きてろよ、アライン」

「そちらこそ」


 二人は手を上げ合って別れた。口調の割に重々しい言葉を交わして。



 お祭りが終わると、わたしたちは後片付けに数日間追われた。わたしが神通力でつくった物体は消すことができないので、大量の食器やいくつものテーブルは空き家や空いている戸棚に突っ込むしかなかった。その辺がこの力の大変なところだ。

 そして、その時がやってきた。

 ある日の昼、メダルが熱を発したのだ。アラインさんはお祭りの夜以来メダルを肌見放さず身につけるようにしていたのですぐに分かった。それでわたしたちは会議のために一階のテーブルに集まった。


「ティエリーによると、『茶会』はこのメダルが先触れを放った日の夜九時に始まるそうです。場所は村の向かいの離宮です」

「あそこが……? 目の前なのに、今までどうして人の動きに気づかなかったんだろう?」

「なんでも、参加者は離宮へ集まるために不明の方法を使うため、歩く必要がないそうです。また魔術の類なのかもしれません」


 瞬間移動とか、見えないトンネルがつながってるとかかな。何にせよこの国以上の技術を使っているということだ。


「アラインさんはどうやって行くんですか?」

「私は正面突破する」

「え?」


 真面目な表情を見た感じ、聞き間違いではないようだ。


「用心深いあの王妃なら、セドリック派の一員からメダルが盗まれたことにもう気づいているはずだ。よって誰かに成りすまして潜入することはもうできない。警備を処理して会場に身を潜める方法をとる」

「しょ、処理……」


 まぁ、アラインさんなら流血沙汰にはしないだろうという信頼はある。マリュスもそれをよく分かっているのだろう、頷いて立ち上がった。


「方法は任せるよ。もうここまできたら引き下がることなんてできないしね。でも、捕まったりしないでね。僕たちはすぐには助けに行けないんだから」

「承知しています。ミチル、私がいない間、殿下のことを任せたよ」

「はい」


 わたしたちは日暮れまではなるべくいつもどおりに過ごした。前々から離宮に潜んでいる監視に怪しまれては潜入計画が台無しになりかねないからだ。今日は特にこちらの動きを見張っているだろう。

 アラインさんは日が完全に落ちたら家を出る予定だ。まずは適当な方向へ歩いていって監視を釣り出して撒く。そして警備が手薄になったであろう離宮の入り口を突破して会場付近に潜み、会話を盗み聞きするのだ。

 というわけで、この計画におけるわたしの役目はアラインさんのために動きやすくて静かに移動できる服をつくることだった。

 アラインさんの要望とわたしの知恵を絞ってできたのは、影のように黒くて体にフィットする装束と、剣を隠すためのマントだ。

 実際に着た姿はまさに忍びの者だ。上衣についているフードを被って暗がりで背中を向けておけば、もう本当に影にしか見えない。

 でも、わたしはそれだけじゃまだ不安を払拭できなかった。

 服の最後の調整を終えた後、わたしは首からかけていたペンダントを外して差し出した。


「アラインさん、これも持っていってください」


 細い革紐に繋がれているペンダントトップは平たい長方形のクリスタルでできていて、中に水色の花びらが封じられている。わたしの瞳と同じ色の花、神の花のひとひらだ。この花びらは、以前アラインさんがわたしのために詰んできてくれたものの押し花を使っている。


「これは?」

「お守りです。何も仕掛けはありませんけど、無事で帰ってこれるようにって気持ちは込めました」

「そうか……神子の守護が貰えるのは心強いよ」


 アラインさんは身をかがめてわたしに頭を垂れた。まるで表彰される選手や、叙任を受ける騎士みたいに。後者の方が相応しい例えかな。わたしが長い革紐を首にかけてあげると、それを服の胸の中に大切そうにしまってくれた。

 一階に降りるとマリュスが待っていた。そわそわしていたけど、アラインさんの姿を見ると気圧されてしまったようだ。


「行ってまいります、殿下」

「う、うん。気をつけて、アライン」

「はい。ミチル、重ねて言うが殿下を頼む。特に寝る時間は守るように気をつけてくれ」

「分かってます」


 子ども扱いされたマリュスは少しムッとして見せたが、わたしたちがちょっと笑うと表情を緩めた。


「行ってらっしゃい」


 見送りは家の中で済ませ、アラインさんは一人で玄関を出ていった。

 わたしたちはすぐに二階に上がってマリュスの部屋に入った。アラインさんの留守中に起こるもしもの事のために、今夜はわたしもマリュスの部屋で過ごすことになっているのだ。


「さてと。マリュス、まだ寝る時間じゃないしカードゲームでもする?」


 と、この時のためにつくっておいたトランプを持って振り返ると、マリュスはなぜか出かける支度をしていた。


「ミチル。僕、セドリック王子に会いに行きたいんだ。一緒に来てくれる?」

「……え!?」


 わたしの手から落ちたカードが床に散らばった。

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