〈11〉お祭りのごちそう
夜の村祭りは予想以上の大賑わいとなってしまった。
参加者は日暮れ頃からちらほらと現れはじめ、日が落ちると一気に増えた。湖を渡るための小舟は増やしておいたが、足りなかったので馬車で来る人が多かった。
多くの人が宮殿で働く人たちだが、貴族も少なからずいた。貴族たちはお祭りの趣旨を分かってくれていて、わざわざ村人風の服装で参加している。当然だがほとんどが王太子派らしく、マリュスを見かけると挨拶を欠かさなかった。
家の軒先や村のあちこちに色ガラスのランタンを吊るしているが、光源としては弱いため一人ひとりの顔は判別しづらい。夜の開催にしたのはこれを狙ってのことだった。昼間だと貴族たちはきっと派閥を気にして参加しづらいだろうと考えたのだ。
それにしても、人が多い上に皆ここぞとばかりに食べるからテーブルがすぐに空いちゃって大変だ。
「丸鶏のおかわりできましたー!」
巨大な平皿に三羽分のチキンの丸焼きをつくって出した。繁盛店みたいに声を出すと、すぐに解体上手な人が切り分け、皿に配ったり手渡ししたりする。大きい腿肉は一番人気だ。得られた人はワイルドに丸かじりして幸せそうだ。
「あー最高! ビールも美味いし、たらふく食えるし!」
「もうここに住みたいよぉ」
わたしは困って笑みを返して次の場所へ向かった。ビールの樽も補充しないといけない。皆が酔いすぎないように少し薄くしているのに飛ぶようになくなるのだ。
参加者たちは初めはわたしの力に驚いていた。空のお皿が並んでいるだけのテーブルの上に突然料理を出したり、急に樽を満たしたりという演出に目を白黒させた。当然、そんな怪しい飲食物に簡単には手を付けなかった。
でも……。
「ミチル、ポテトサラダがなくなったよ」
間近から聞こえた声に振り向きながら答える。
「分かった。マリュスのおかげでどんどん無くなっていくね」
マリュスはちょっと赤面したようで黒目を大きくして照れた。
今のマリュスも自分の発案どおり村人風の服を着ているが、ブラウスやスカート、頭巾という格好で女装している。薄暗いせいで完璧に女の子にしか見えない。
それに、その後ろの人も……。
「……あまり見ないでくれ」
「へへ。すみません」
アラインさんも女装を復活させている。着ると自然とスタイルが整うドレスと違って村人風だと腰回りがすとんとしているが、長い髪のおかげでやはり顔周りだけは美女なのだった。
二人は「あくまでも神子が主催の村祭り」という趣旨を邪魔しないようにするために、以前のように身の上を隠したのだ。参加者たちからはぎょっとされたりじっと見られたりしているが、中には「お噂通りですなぁ!」とか陽気に声を掛けてくる貴族もいるので、幸いにも変人扱いはされていないようだ。むしろ興味のある目で見ている人もいる。わたしがいる限り何もさせないぞ。
わたしはこの世界に来た時に着ていた白いドレスでいる。このお祭りの目的はわたしが元気であることを見せつけることなので、夜闇の中でも皆に見つけてもらいやすい方がいいからだ。
「ミチル、向こうのデザートが底をつきそうになっている」
「もう!? みんな甘い物が好きなんだね」
「美味いケーキに毒が入っていないのは奇跡だからな」
なにやら貴族特有のことわざのようだ。この国も歴史的にそこそこ物騒らしい。
……お祭りが始まっても飲食物に手を出さない参加者がわたしの料理をここまで信用してくれた理由は、マリュスだ。
マリュスが皆の前で毒見をしてくれたのだ。すべての料理を一口ずつ食べ、アラインさんもお酒を確かめて見せると、ようやく皆はこのお祭りがただ楽しいだけの集いだと気づいてくれた。
後でアラインさんは「私が毒見を済ませるより先に食べていいのは今夜だけですよ!」と時間差でお許しを出していた。
「とにかく、ミチル。絶対に無理をしないようにな。ここで倒れてしまっては弱みを見せることになって逆効果だ」
「分かってます。二人も見回りよろしくね」
「任せて」
お祭り警備隊長のマリュスのコップに果物ジュースを補充し、わたしは二人と分かれてまた各テーブルを回る仕事に戻った。
数日掛けて準備してきた村祭りは、村という規模に見合わないほど豪勢なものになった。
大量の食器や広々としたテーブル、いくつもの椅子、大きなパイを焼く暖かいかまど。極めつけが色ガラスのランタン。農業が中心の村には普通こんなものはない。でもそういう非現実的な飾り付けを参加者は楽しんでくれていた。
人が人を呼び、いつの間にか音楽隊や大道芸人も参加している。
ついでにナンパも。
「少しだけだから大丈夫だよ。ほらコップを持って……」
「やだぁ困りますぅ」
男女のじゃれあうようなやり取りが家の陰から聞こえた。人目を忍んで何をやっているのやら、と怖くなったが、意を決して踏み込む。
そこでは豪奢なシャツとベスト姿の男性が女性を壁際に追い詰めていた。まだ着衣に乱れはないが怪しい。
「あの。そういうことは他所でやってくれませんか?」
男性がこっちに気を取られた隙に女性はさっさと逃げ出した。その表情は妙に他人然として冷たい。視線を戻すと、男性は肩をすくめた。片手を埋めているコップから小さく水音が立つ。
「これは失礼。コソコソしてる不届き者がいたからつい声を掛けちゃいまして」
「ついって……というか、不届き者って?」
「敵情の偵察ってやつですよ。紛れ込んでるセドリック派貴族の部下が参加者から情報を抜き出そうと探りまわってるみたいです。さっきの女もそうでした」
「なるほど。じゃあナンパじゃなかったんですね」
「まあそういうことです」
派閥の違う人が紛れ込む事態は想定内だった。むしろそういう人の目に物見せてやるために派手なお祭りを開催したと言ってもいい。
男性は明かりがもう少し届くところまでやってきた。緩く波打つ茶髪の下でウインクすると、甘い顔立ちなのでよく似合う。
「オレはティエリーといいます。よろしく神子ミチル様」
「わたしを知ってるんですか」
「謁見にいらっしゃった日から有名人ですよ。あのでかいガラスの器に入った飴、宮殿の連中みんなで食うことになって大変なんですからね?」
「あ、それ。捨てられるかと思ってたのに皆食べてますよね」
「よく分かりませんが、陛下がどうしても全部消費しろって仰るんですよ。ひどい話だ」
「それは……謎ですね」
食べきれないほど大量の飴にプライドが刺激されたのか何なのか。怒ってるのかそうでないのか、分からないのが怖い。無駄にしないで食べてくれるのは嬉しいとも思ってしまうけど、少し引き取りに行った方がいいかな……?
それにしても、このティエリーという人はずいぶん人懐っこい。
「そういうわけで、同じ瓶の飴を食った以上、神子様のお力に邪なものはないって全員分かってるはずなんですよ。それなのに誘拐やら邪術やら散々した挙げ句、潜入ですからね。連中には心がありませんよ」
「……え。そんなことも知ってるんですか?」
「まぁね。そんなことも知ってるオレの正体、知りたいでしょう?」
「え、そ、そうですね……」
ティエリーさんがまた近づいてきた。人懐っこいというか馴れ馴れしい。これじゃ追い詰められてる気分だ……これってさっき見た男女の構図に似てる!?
「あ、あの」
「遠慮はいりませんよ」
顔が近づいてくる、と思ったその時、ティエリーさんはわたしの背後へ目をやって「お!」と声を上げた。
「アライン! 久しぶりだな、元気してた……」
多分最初は顔だけ見ていたんだろう。視線を服装へと向うと同時に口元を手で押さえた。
いつの間にかマリュスと一緒にやって来ていたアラインさんが苛々と腕を組む。
「笑うな。神子に迫った不届き者め」
「だって……んフッ」
「私を笑うことは殿下を笑うことと同義だ」
なんかずるい言い方で脅されたティエリーは笑いを引っ込め、背筋を伸ばした。
「怖がらせて申し訳ありませんでした、神子様。ほんの冗談です」
「たちの悪い、な」
アラインさんが補足する。わたしはどっちにも手を振った。
「平気です。からかわれたのは分かってますから」
「あれ。結構本気だったんですけどねー……気づかれなかったかぁ」
アラインさんの鋭い睨みが話題を断ち切ったので、うろたえる隙もなかった。
ティエリーさんは次にマリュスへ向いた。
「御機嫌ようございます、マリュス殿下」
「うん。楽にしていい、ティエリー。久しぶりだね」
「お久しゅうございます。殿下の御身は常々案じておりました。お元気な姿を拝見できて安堵しております」
先程とは打って変わって好青年な笑みを浮かべる。
「ファルギール伯爵にはお世話になったから、僕もほっとしたよ」
「シチューの件ならご心配なく。屋敷じゅうから総動員して一日で食べきりましたから」
シチューって、わたしがあの巨大寸動鍋につくったやつのこと?
と、言いたげな目をしていたのかもしれない。アラインさんを見ると、わずかに微笑まれた。
「あの時は驚きましたよ。父と一緒に屋敷へ戻ったらキッチンも食堂もシチューだらけだったんですから。でも今ならあのシチュー氾濫の犯人が分かりますよ」
「……えへ」
ちらりといたずらっぽく視線を向けられる。わたしはアラインさんが要求したとおりにシチューをつくっただけなんです。
「パンを添えるべきだったな」
アラインさんはニヤリと笑った。
どうやら二人は気心の知れた友達同士みたいだ。
「で、察するところ殿下のお姿は悪目立ちを避けるためですね?」
「そうだよ。アラインは僕に付き合ってくれているんだ」
ははぁ、と納得の声を上げる。
「どうりで気合が入っていないわけだ。全然女っぽく見えないぞ」
「見えてたまるか。これは本気じゃない」
「えー、三ヶ月も経つのに少しもその気が生じなかったっていうのか?」
「何を期待してたんだお前はっ。大体、今夜はお前こそ悪目立ちしているぞ」
「忙しくて着替える暇がなかったんだ。無粋で申し訳ない」
貴族的な服装を指されたティエリーさんは、後半をマリュスに向けて言った。
「構わないよ。それよりアライン、ミチルに彼を紹介してあげて」
アラインさんは頷いてわたしのそばに来た。
「ミチル、この男は伯爵家のティエリーだ。私の幼馴染で、共にマリュス様に仕えている。マリュス様がこの村に来てからは表立って協力はしていないが、この三ヶ月間、彼には宮殿内の状況を探ってもらっていた」
「時機が来たらオレが持ってる情報が力になるってわけです」
情報が大きな力となることをこの国の人はよく知っている。
「ってことは、こんなに堂々と会うと二人とも危険なんじゃ……?」
「普段ならね。ここにいるのはほとんど王太子派ですから心配は御無用ですよ」
たしかに、周囲の人たちは主催者やマリュスたちが集まってるこっちの一角を見ていない。むしろ、まるで辺りを見張っているかのようだ。真っ先に警戒しそうなアラインさんが自然体でいるのはそのお陰なのだろう。
「何か話があるんだな?」
そう切り込まれティエリーさんは慎重に頷いた。
「真実を手に入れちまったんだ」




