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〈10〉黄色い風船

 マリュスは鶏たちを元通り鶏小屋に戻し、一人で部屋の掃除に取り掛かった。

 わたしはアラインさんと居間に残った。大人の話をしなきゃいけない。


「あの床の模様は意味があるようだったが、大丈夫だったか?」

「今はなんともありません。あのローブのおじさんは神子としての価値がなくなる、とか言っていて、あの中にいる時は何かに見られてる感じがありましたけど……。あれは悪いものだと思います」

「……物を作る力を失くすということだろうか」


 その力がなくなったらわたしは確かにただの人間に近くなる。


「やはり邪悪な何者かが宮殿に入り込んでいるようだな」

「やはり、ですか?」

「以前から宮殿には妙な気配があったのだ。もしかすると宮殿には魔神の眷属が紛れ込んでいるのかもしれない」

「魔神……宮殿でマリュスが話した伝説に出てきましたね」


 魔神が神々に戦いを挑んだっていう話だった。


「そういえば、魔神と神様たちはどっちが勝ったんですか?」

「勝利した神はいなかった。双方の被害が大きすぎたからどちらも戦いから手を引かざるを得なかったのだ。幾柱もいた神々は魔神に次々と滅ぼされたが、それほどの犠牲を払っても魔神を消滅させるには至らなかった。弱った魔神は闇に隠れたが、機会さえあれば再び世界を狙うといわれている。その時が来れば、残った唯一神は神子をおよこしになるだろう……と伝説は語っていた」


 壮大な話だが、ただの神話ではなく現実で、自分は当事者だ。でもその実感がまだあまりない。


「わたし、今のところ世界の役に立っている気がしないんですが……」

「先日のことなら、貴方の協力はとてもありがたいものだった。連中が聞く耳を持たなかっただけでな。正直に言って、私は陛下はもう信頼できないと思っている。このままではマリュス様は王太子ではなくなるかもしれない」


 そんなことできるんだろうか? でも周囲にいた貴族たちの理性を失ったような態度を見た感じ、権力のためならなんでもしそうな気もする。

 アラインさんは苦々しい顔を上げた。


「だからこれからは貴方が頼りだ。貴方は事実上マリュス様の後ろ盾という立場だから、まずは誘拐されてもなお健在でいることを連中に知らしめたい。また頼まれてくれるか?」


 信頼と期待がかかるのは緊張するけど、神子としては光栄なことだ。


「もちろん!」


 わたしは笑って頷いた。


 神子が健在なことを知らしめるには、やっぱり神子の力を大々的に使うのが一番だろう。

 というわけで。


「この村でお祭りをしましょう!」


 その日の夕食の席で宣言すると、二人は最初はぽかんとしていた。


「祭り?」

「はい。聞けばこの村はマリュスのお母様がお作りになったそうですね。だからこの村で催し事をするのはすごく意味を持つと思うんです」

「それはそうだろうけど」


 マリュスが心配そうにする。アラインさんが後を引き継ぐ。


「人を呼ぶとなると建物を修復しておかなければいけない。私たちにできるだろうか?」

「そもそも人を呼んでも来るのかな」

「建物の修復は……専門家を呼ぶのはどう? 色んな人に声を掛けて参加してもらうの。貴族だけじゃなくて宮殿で働いてる人にも。駄目かな?」


 前向きな話をしているうちに二人の表情も少しだけ晴れてきた。二人にとってこの村は隠れ家だったから無闇に他人を入れたくない気持ちがあるんだろう。けど、そろそろ外部とのつながりを強めておかなきゃいけない。


「神子の噂を広めるならあらゆる身分の者を呼ぶのは効果的だと思う。神子の存在が国中に知れ渡れば宮廷貴族たちも無視できなくなるだろうからな」

「うん……。でも、まずさ、ミチルは自分でお祭りの準備をするつもりでしょ? 平気なの?」


 人の心配ばかりだ、この子は。


「誘拐された時にわたしの力がまた大きくなったの。きっと危機の中で成長したんだと思う。お祭りに必要なものを全部つくるには何日かかかるだろうけど、力の配分に気をつければ大丈夫よ」


 なんか信憑性のない言葉だと自分でも思うけど、自分でも今回の成長についてはよく分かってないから仕方ない。

 アラインさんがマリュスの顔を窺う。


「どうしますか、殿下」


 マリュスは緊張しながら宣言した。


「やる。これを成功させて、僕なりに立場を守るよ」



 わたしたちはまず村の修復に取り掛かった。アラインさんのツテで大工さんを呼び、すぐに作業を始めてもらった。必要な材料を揃える時はわたしも手伝った。

 元々この村は長持ちするようには作られていなかったから全ての家が補強を必要としていた。わたしたちが住んでいる家もだ。作業は数日続いた。

 その間に並行してお祭りの細かな部分を決めていった。まずは飲食物。新鮮な野菜と各種お肉を使ったメニュー、メインはチキンの丸焼きだ。もちろん本物の鶏を絞めるわけではない。それから薄いお酒とソフトドリンク。果物やスイーツもたっぷり用意することにした。

 それに飾り付け。色とりどりのガーランドを家と家の間に張り巡らせたり、テーブルにクロスをかけたりすれば場が盛り上がるだろう。お皿も凝ったデザインがいい。

 などと、主にマリュスと一緒に話していると、ふと尋ねられた。


「ミチルが出してくれるご飯はどこから来てるの? 例えばチキンの丸焼きを出したら、どこかの食卓にあったものがなくなっちゃうの?」

「そんなことはないと思うけど、うーん……なんだろうね? お肉だから、タンパク質を生成して形にしてるだけ、とか?」


 自分でもよく分からない、二回目だ。マリュスも首をひねった。

 準備が必要なことはまだまだある。お祭りのお知らせだ。昼間の宮殿には最大で一万人ほどの人がいるらしく、貴族から下働きまであらゆる身分の人が揃っている。全員を招待して参加者をできるだけ増やしたいが、ちまちまとチラシを配る時間や人手はない。ということは、お祭り開催のお知らせを大々的に発表するという手しかない。

 わたしたちは大工さんに相談をしながら、お知らせ方法を仕上げていった。



 風のない青空に大きな黄色い風船が上がる。風船には細長い布がくくりつけられてあって、『双満月の夜 村祭り開催』と刺繍されてある。

 わたしたちはアドバルーンの足元にいた。バルーンの重りは村のはずれに置いた丸太の束だ。これなら風にあおられてもとりあえず動きはしないだろう。

 事前に二人に聞いたら、こんな広告の仕方はこの国では見たことがないという。


「うまく上がったね!」

「うん。あとは会場を仕上げるだけね」


 マリュスと笑い合うと、アラインさんも小さく笑みをこぼす。


「結局、ほとんどミチルが一人で準備してしまったな」

「わたしは自分に分かることしかやってないだけですよ。アラインさんが家を綺麗に直してくれたから、安心して他のことができたんです」

「私も自分にできることをやっていただけさ」


 アラインさんはテーブルや椅子を運んだり、大工さんの作業を手伝ったりと力仕事の分野で貢献していた。

 本来は貴族がやることじゃない。でもアラインさんは何も言わず、むしろ進んで大変な仕事をやってくれた。今回の案に有効性を見いだしてくれているからだ。


「ねえ、服装は村人風にしたいんだけどどう思う? このお祭りは村祭りだから僕たちが目立たない方がいいよね?」


 主君の提案にアラインさんが頷く。


「それがいいでしょう。あくまで祭りであって集会ではないのですから」

「なら、後でそれらしい服をつくろう」


 わたしがそう言って、それぞれ準備作業へと戻った。



 大小二つの満月が輝く夜空を大きな窓が切り取っている。

 ガラス張りの広いバルコニーに集う者たちは、冷笑を浮かべながら森の向こうを眺めていた。そこには大きな広告が気球のように大きな風船によって吊り上げられている。風船の足元はたくさんの灯火によってほんのりと明るいようだ。


「今夜はなにやら騒がしいと思えば、例の土臭い集まりですか」

「あそこに向かった皆さんは質素なセンスをお持ちだったようですね。見損ないましたわ」


 貴族たちは華麗なコートやドレスに身を包んだ自分たちを誇示するように遠くの明かりをこき下ろした。その実、部下を村に紛れ込ませて祭りの規模や活動内容を調べているところなのだが、報告が届くまで暇を持て余しているのだった。


「おやおや、貴方たちのおしゃべりすぎる口も田舎料理で塞いだほうが良さそうですが?」


 バルコニーへ新たに現れた青年の姿に、場の中心にいた中年貴族が眉をしかめる。


「これはこれはティエリー殿、夜分遅くまでご苦労なことです。帳簿付けは捗っておられますかな?」

「お陰様でまだ仕事中です。子爵に少々お尋ねしたいことがあって来たのですが」


 財務大臣を務めるファルギール伯爵の息子ティエリーは、柔らかい茶髪の下から愛嬌のある目を覗かせながら、懐から一枚の書類を出した。


「これは王室のある日の出入金履歴です。子爵から王室へ理由不明の振り込みが記録されてますよね? これについてお話を聞きたいのです」

「……ハッ。ティエリー殿、王室の番人にでもなられたおつもりか? 衆人環視の中で人を詰問するとは結構なことだ」

「何をお買いになったのか教えていただいても?」


 ティエリーは仮面のような微笑みで重ねたが、動じないのは相手も同じだった。子爵は書類をつまみ取ると丸めて雑巾のように絞ってしまった。


「よく調べたものだが、事実とは何の意味もないものなのだよ、若造。さて、つまらない仕事はもう切り上げて素朴な夕飯にでもありつくがよい」


 駄目になった書類をティエリーに返し、子爵は脇をすり抜けてその場を去っていった。それに合わせて他の貴族たちもティエリーを遠巻きにするようにバルコニーを出ていく。


「……ええ、そうしましょう」


 一人残ったティエリーは、子爵が掠めていった側の手の中から親指の爪で小さな物を跳ね上げた。金属音を鳴らしたそれは鈍色のメダルだ。通貨ではなく、杖をかたどった模様の刻印がされている見たことのないものだ。

 ティエリーはそれをコートの懐にしまい込み、機嫌よくバルコニーを後にした。

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