閑話 閉ざされた部屋にて
投下いたします。
よろしくお願いいたします。
教皇から預かっていた硝子球をリタに渡し、彼女が部屋から出て行ったのを見届けると、ラナは再び茶を入れる準備をした。用意してあった茶菓子を追加し、茶葉をポットに入れ湯を補充する。そしてカップを二つ用意しそれぞれに注いだ。
この空間はスクロールの使用、もしくは聖女や凄女のようにあらかじめ許可された人物しか入ることができない特殊なものである。用意していたスクロールはすでに使用され、許可された者たちは別の場所で奮起中だ。誰も入る余地はない。それでもラナはカップを二つ用意した。
「さすがラナさん。気が利きますねぇ」
誰も入れないはずの空間内に自分以外の声が聞こえた。しかしラナは動じることなくカップを手に取る。まるで誰か来ることが分かっていたかのように。
「今回のこの騒動、あなたの手引きですか」
「とんでもない。大神官の件、ボクは全くの無関係ですよ」
ラナの背後にいた声の主はゆっくりとラナの向かい側に座り、用意された茶を一口飲む。
「うん、おいしい。さすがですねラナさん。お茶を入れるの上手になりましたね」
「それはどうも」
「なんだか素っ気なくありません? あっ、このお菓子いただいても?」
「お好きに」
「ではでは」
むしゃむしゃと菓子をほおばる姿を見て、ラナの表情が険しくなる。別に菓子を食べていることに対して憤っているわけではない。いつ何を聞いてもはぐらかす、そのひょうひょうとした態度がたまらなく気に入らなかった。
「そんなに怖い顔しないでくださいよ。せっかくきれいな顔をされているんですから。ほら、笑顔笑顔」
「ありえませんね」
ひどいなぁ、とつぶやくも菓子を食べるのをやめない。それどころか茶のおかわりまでせがんでくる始末だ。ラナの目がさらに鋭くなる。
「いい加減本題に入ったらどうですか」
「まぁまぁ。せめてこの一杯を楽しんだ後でもいいじゃないですか」
「ツブアンの饅頭があるのですが、そうですかいりませんか」
「さて本題ですが、単刀直入に言いましょう」
先ほどとは打って変わり、まじめな顔つきになった。声にも重みが増している。
「戻ってきなさいラナンキュラス。そちら側は退屈でしょう?」
「なにをいまさら」
「聖女、いや今は教皇でしたか。あの女の小間使いにされて何年経ちます」
「さぁ。覚えていません」
「満足してはいないでしょう。今の扱い、状況に。こちらに戻れば楽しく過ごせます。また一緒にお仕事をしまブッ!!」
ラナは持っていた饅頭を向かい側の席に目掛けて投げ飛ばす。見事顔面に当たり、そのまま椅子ごと後ろに倒れた。
「これが答えよアベル。答えは変わらない。私は教皇様にお仕えするメイド。それ以外の何者でもないわ」
よろよろと立ち上がり、空間からタオルを取り出すとアベルは餡子まみれの顔をぬぐった。そして椅子を直すと再び腰を下ろす。
「はぁ……ひどい目にあった。いいでしょうわかりました。あなたを戻すのはまたの機会にしましょう」
「それより、今回は本当に関わっていないのね」
「おやおや口調が戻っていますよラナさん。先程も言いましたけどね、今回の聖教会の一件ボクは関わっていません。これはロズウェル・フォード大神官がお一人で引き起こした事件です」
「あくまで大神官の単独行為だと。その言葉を信じろと?」
「あれ。ボクってそこまで信用ありません?」
やれやれと首を振りため息をつくアベル。いつもの軽口のように吐き捨てた言葉だったが、次にアベルが浮かべた表情を見てラナは警戒心を高めた。
「聖教会の支部でも強い力を持つヴァレスタ。その支部長を務める大神官。その正体が実は人間ではなかったと知ったら、あの女はどんな表情をすることでしょうね」
先ほどまでの気の抜けた顔ではない。おぞましくゆがんだ笑み。その表情から魔人アベルの残忍性が垣間見えた。
「教皇様もある程度予想はしておられました。ロズウェル大神官のことも。確証は得られてはいなかったご様子でしたが」
「なーんだ、感づいてはいたんですね。それは残念です。ある程度のことを予想していたのであれば、驚きも半減してしまいますからね」
「ロズウェル大神官の目的はヴァレスタの私物化でしょうか。それとも聖教会の内部支配?」
「さぁそこまでは。あとはご本人に直接聞いてみるのが一番かと」
アベルが空になったカップを置く。
「名残惜しいですがボクはこの辺で失礼します。あなたはしばらくここで茶を楽しんでいてください。ではまた、いずれ」
お辞儀をし、アベルの姿が消える。当たり前だがこの部屋にアベルの入室を許可した覚えはない。つまりあの魔人は自力でこの空間に侵入してきたということだ。
魔人と話したことで今の状況をある程度だが整理することができた。一刻も早く教皇に伝えるべく、ラナは空間の解除を試みる。
「なに?」
この空間の支配権はラナにあった。誰を招くか、誰を退出させるか、その決定権も。しかし今その決定権はどうやら自身にはないらしい。何をしても空間から出ることはかなわなかったのだ。
「終わるまでここに居ろということですか」
やられた。あの魔人がただ話すことを話して立ち去るわけがない。そう思っていたのだが、まさか部屋の支配権を奪われるとは思っていなかった。動きを封じられたラナにできることはもはや何もない。
だが幸いにも渡すべきものは渡せた。あとは彼女が解決してくれるのを祈るだけ。
「リタ様。お願い致します」
ラナは再び、空のカップに紅茶を注ぐ。
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