閑話 宿屋にて
投下します。
よろしくお願いします。
城塞都市の中心から少し外れた繁華街。普段は賑わっているこの場所も、静寂が支配する今の時間はそのなりを潜めていた。
だが、とある宿屋の一室の明かりは深夜にもかかわらず点いている。部屋には屈強な体にエプロン姿の宿屋の店主ウォーロックと、ベッドで横になる少年レクトが談笑していた。
話の内容は主に店主の昔話であり、いくらか誇張されているのではないかと思うほどの冒険譚だが、少年は飽きずに耳を傾けている。
「さすがにヒュドラとタイマン張ったときは死ぬかと思ったぜ。なんせ毒消しやら回復薬やら、そこら辺の道具が一切合切切れちまってよ」
「ええっ!? じゃあどうやって?」
「自分に聖属性魔法をかけたんだ。少しの間だったら状態異常に耐性ができるからな。あとは時間との勝負よ」
「つまり?」
「耐性効果が切れる直前までぶん殴った」
まただ。先ほど話していたジャイアントオーガとの戦いといい、その前のグリフォンといい、最後のオチはぶん殴った、である。話の中で出てきた三種の魔物はいずれも危険視されており、ランクBもしくはA相当でないと太刀打ちできない強敵だ。ぶん殴った、で倒せる魔物ではない。
この話がどこまで本当なのかはレクトにはわからなかったが、少なくとも沈んでいた気持ちを奮い立たせるには十分すぎる英雄譚だった。
「どうだ。少しは元気でたか坊主」
「元気というか、圧倒されたというか。とにかくウォーロックさんすごいです!」
「ガハハハハッ! そうだろうそうだろう!」
ウォーロックは豪快に笑った。自分の話を誉められて気分がいいのもそうだが、なによりレクトの沈んでいた気持ちを上げるごとができ満足する。
「さてと。俺はこれからちっと野暮用でな。出なきゃねんねぇんだ」
「え? こんな時間からですか?」
「ああ。聖教会がらみでな。もうすぐ迎えが来ると思うんだが……」
するとタイミングを見計らったかのようにドアがノックされる。ウォーロックの返答を聞きガチャリとドアを開け、二人組の女性が部屋に入ってきた。
「おう。ずいぶん遅かったな」
「まぁ色々とね。うかつに動き回るわけにもいかないから、慎重にやってたらこんな時間になったって訳よ」
「すみません。教皇様にご報告もあったもので」
一人は長い髪を一束にまとめ上げ、俊敏さを重視した装備に身を包み、両手にはミスリル加工されているガントレットを装着している。
「あん? ソニアはどうした」
「外で待機してるってさ。入り込まれでもしたら大変だって」
「そうか。相変わらずまじめな奴だよ」
そしてもう一人。聖なる法衣に身を包み、慈愛に満ちた表情の女性。見間違うはずがない。レクトは思わず口に出した。
「聖女……様?」
「はい?」
聖女、アリスティア・ロードベルグ。レクトの人生に大きな影響を与えた人物が今目の前にいる。アリスティアは目線をウォーロックからレクトへと向けた。
「ウォーロック、その子は?」
「ああ、この坊主はレクトってんだ。聖徒の試験を受けにこの街に来たんだけど、こいつも色々巻き込まれちまってな。ヴァレスタ支部の連中とはつながってないから安心しな」
「つながってないって、どういうことですか?」
ウォーロックの言葉に疑問が生じるレクト。まるでヴァレスタ支部とかかわりを持つことが危ぶまれる、そんな言い方だった。
「まだ坊主には話してなかったな。だがこれを聞いちまうと戻れなくなる。それでもいいか?」
「かまいません。教えてください。そもそもわからないことだらけなんです。リタさんは急に連行されるし、イザークさんは投獄されるし、僕は追われるし。何が起きているのか、ちゃんと知りたいんです」
「わかりました。では、私からお話しましょう」
アリスティアが順を追って説明する。
「ことの発端は教皇様がヴァレスタの報告を疑問視したことでした。魔物の討伐数が例年増え続けており、中級や上級の魔物の討伐も報告されていました」
数年前までヴァレスタ近郊は魔物が発生しにくい穏やかな土地だった。聖教会の支部を建てた際の結界が魔物を近づかせず、現れたとしても結界により弱体化された魔物であり、騎士団や聖職者で一掃できるような数。それが徐々に数を増し、次第に質まで上がってきたのだ。
「これを問題視した教皇様は何度かヴァレスタ支部の神官を本部に呼び事情を聴きだしましたが、返ってくる答えはいつも変わらず『問題なし』でした」
「外部からみりゃそりゃどうだと思われる訳だが、対応に関しては本当に問題なかったんだ。少なくともヴァレスタ内部の人間は疑問視しなかったろうよ」
魔物討伐における聖職者の派遣、および騎士団による周囲警戒。成果は上々であり魔物討伐に関しては年々十分な結果を出していた。それがヴァレスタ内に住まう人々の心を掌握し、疑問視する者は徐々に減っていったという。
「けど教皇様は惑わされなかった。きっと大神官は何か隠している。そう踏んでいたのさ」
「そしてその疑心の思いがさらに膨れ上がったのが、先のオリジンで起きた魔人騒動です」
道中リタが話していた魔人騒動。ランクAの魔人に捕まり大変な目にあったと言っていたことをレクトは思い出していた。
「そしてリタさんがこの街に向かっていることを知った私たちは彼女と接触を図りました。思惑通り彼女と会うことができた私たちは、この道具を使ってリタさんを通して内部を観察していたのです」
アリスティアが小さなガラス球を取り出す。それはリタが首から下げていた石と同じ色だった。
「これを通して、ヴァレスタ支部は虚偽の報告をしていると確信しました。そして投獄中のリタさんに何をしていたのかも……」
「アリス……」
アリスティアは顔をしかめてうつむく。リタの身に起きたことを、ガラス球の向こうからじっと見ていた彼女は自責の念で押しつぶされそうだった。あそこまでの拷問を聖教会内部で行っていたなど許されることではない。一介の冒険者であるリタを危険な目に遭わせてしまったことをひどく後悔した。
それでも、アリスティアはそれを必要なことだったと割り切らなければならない。
出かけた涙を止め、もう一度レクトに顔を向ける。
「リタさんへの拷問で疑問が確信に変わりました。ヴァレスタ支部を収める大神官、ロズウェル・フォードは私たち聖教会を裏切っていると。私たちはこの愚行を正さねばなりません」
「ああそうだ。俺たちはこれから騎士団の連中と合流して、大神官の息のかかった奴らを一気に叩く」
「いうなればヴァレスタ奪作戦って訳ね」
「レクト」
アリスティアがレクトに手を差し伸べる。
「今は一人でも仲間が必要です。リタさんのことは責めていただいて構いません。ですが今だけは、私に力を貸してくださいませんか」
答えはすでに決まっていた。
聖女の役に立つために、聖女の力になるために。
あの日。聖女に助けられたあの瞬間から、レクトの答えは決まっていた。
「喜んで。聖女様」
とある宿屋から出た四つの人影は、闇夜に紛れ第三聖騎士団の屯所へと向かった。
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