屯所にて
投下します。
「ふむ……」
聖教会ヴァレスタ支部。その敷地内にそびえ立つ岩石の要塞。外部からの侵入を容易く許さないその造りは、数百年前にあった人間と魔族間で起こった戦争の名残である。堅牢な守りで敵を寄せ付けないその建物は現在、聖教会第三騎士団の屯所として使われていた。
第三騎士団は騎士団の中でも特に戦闘に特化し、魔族との戦闘があった際は先頭に立つことが多い。先頭に立つということはそれだけ危険が身近になるということだ。魔族との戦いで命を落とした者も少なくない。その為聖騎士団長のもと、日夜厳しい訓練を行っているのだ。
「どうしましたヴェルグ団長。そんな難しい顔して」
屯所内の訓練場。普段であれば檄を飛ばし自身も訓練に参加する団長に、ロイ・エンタールが不思議そうに声をかけた。
ロイは若くして第三騎士団の副団長に任命された実力者である。もともと聖教会とは関わり合いのないところで用心棒を務めていたのだが、団長のヴェルグ卿に負け騎士団に強引に入団させられた過去を持つ男だ。その飄々とした態度とは裏腹にヴェルグ卿の代わりに全体の指揮をとったり団長と団員の橋渡しをするなど、今や第三騎士団に欠かせない存在となっている。
「ロイ。お前は今のヴァレスタをどう思う」
「あんたにしてはえらく抽象的な話ですね」
普段はハッキリと物を言う上司の珍しい言葉に軽口をたたきながらもロイは驚いていた。ヴェルグ卿は言葉を発した後ジッとこちらを見ている。どうやら答えないと先に進まないらしい。頭をガシガシとかきながらロイは思っていたことをそのまま告げた。
「なんつーか、俺が来た時より空気が重いですね。濁りがあるっつーか。いや、ここでそんなこと言うこと自体おかしいんですけどね」
濁り、という言葉をあえて使ったのには理由があった。仮にもここは聖教会ヴァレスタ支部。聖職者の中でも位の高い大神官が治める城塞都市の中心部だ。人間が魔族と戦う居城に、人間以外の気配があってはならない。しかし、不穏な空気を感じ取っているのは確かだった。その原因は大神官にあるのではないかとロイは勘ぐっている。
大神官はここ数年、会うどころか姿を見てもいない。大きな行事があった際には必ず代行者を立てていた。以前は人前で聖教会のあり方を熱心に語っており、ロイが聖騎士団に入りたての頃はどこで嗅ぎつけたのか活きのいい新人がいるとして屯所まで来て語っていたのを覚えている。
ロイから見ても、ロズウェル・フォード大神官はとても熱心な聖職者だった。
「先ほど大神官様の部屋へ向かったのだがな」
「ああ、例の冒険者の件ですか」
ランクDの冒険者を捕縛せよ。ヴァレスタに常駐してる聖騎士にロズウェル・フォード大神官が下した命令だ。捕縛理由は魔族との繋がりがあるため。捕まえた際は大神官室まで至急連れてくるようにとのことだった。捕まえたのは目の前の団長だと報告も上がっている。
「あの冒険者、本当に魔族と繋がりがあったんですか?」
命令が下った以上従わなければならないが、実際のところその冒険者が本当に魔族と繋がっているかはわからない。他の騎士たちはともかく最近の大神官に不信感を抱いているロイにとって引っかかる命令だった。
「それを今頃尋問しているのだろう」
団長なら何か知っているだろうかと問いを投げたが、返ってきた答えに思わず固まる。
「は? てことは証拠もないまま捕まえたんですか?」
イザークも同じようなことを言っていたと思い出し、ヴェルグ卿は顔をしかめる。
「魔族の間者かもしれない者がヴァレスタに侵入した以上、まずは命令通り連れてく必要がある」
「そりゃごもっともですけど……。じゃあその冒険者は団長が大神官様のところまで連れて行ったんですか?」
「いや。途中で止められてな。結局お会いできなかった」
「はぁ!? 止められたって、団長がですか?」
第三騎士団団長であるヴェルグ卿ですら大神官に会えなかった。ロイの中で大神官への不信感がますます強まる。これは異常だ。大神官とまではいかなくても、ヴェルグ卿の地位は高い。特に現在ヴァレスタ内で彼を止められる権限を持つ聖職者は大神官のみだ。
これはもう大神官に何かあったに違いない。ロイの想像は今確認に変わった。
「団長。ちょっと急用を思い出しました」
「大神官様の部屋に行くのならやめておけ。行ったところで無駄足になるだけだ」
大神官の部屋は外壁を登っていくには見つかりやすく、かといって内部から侵入できる場所はない。そういった場所は以前ヴェルグ卿自ら潰してしまったからだ。数年前に行ったヴァレスタ支部内の設備確認の際に、不穏な場所はすべて把握し潰している。
「それよりも、お前に一つ任務を任せたい」
「このタイミングでですか? 急ぎじゃなかったら後にしてくれません?」
「急ぎの任務だ。何せこの任務の発案者は私ではなく―――――――」
依頼主の名前とと依頼内容を聞き、ロイはやれやれと首を振りながら訓練場から出ていった。
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