教育係とヴェルグ卿
少し空いてしまいました。
投下します。
医務室に現れたのはローブ姿で白髭を蓄えた大男。レクトの試験官を担当しこんな目にあわせた張本人。
一言言ってやるつもりだったがその男の顔を見た瞬間、言葉よりも早く拳が出た。だが繰り出した右の拳は難なく受け止められ、そのまま強い力で押さえつけられる。
「リタさん!」
イザークさんがあわてて駆け寄る。一介の冒険者が聖職者に手を出してしまったのだ。慌てもするだろう。私はまだ聖教会のルールに疎い。これが冒険者同士の殴り合いであれば厳重注意、悪くてランクの降格だが、今回はそうもいかない。はたから見れば冒険者が一方的に聖職者に殴りかかった図になる。聖職者はただの正当防衛。なんの咎もないだろう。
私は腕を掴んでいる聖職者に怒りをにじませながら一言告げた。
「離してよ」
「それは出来ないな」
大男はイザークさんに向き直る。その目は鋭く、顔つきは険しい。
「イザーク。これはどういうことか説明してくれるか」
「は、はいヴェルグ卿。彼女は冒険者であり、卿が本日試験官を務めた少年の仲間です」
ヴェルグ卿と呼ばれた大男はイザークさんからの説明を聞き、掴んでいた私の腕から手を離した。痛みをこらえながら私はヴェルグ卿から距離をとる。
「ふむ。そうか彼の。私に向かってきた理由は概ね理解できた」
ヴェルグ卿はベッドに横たわるレクトに目をやる。自身が痛めつけた者の様子を見に来ただけなのか、それともなにか別の思惑があって来たのか。どちらにせよ私はこの男に気を許すことは出来ない。
「ヴェルグ卿、どうか先ほどの無礼をお許しください! この者は仲間の事を思って向かっていっただけなのです! 罰なら私が如何様にも……っ」
「良い、イザーク。私は先ほどの件を罪に問うつもりはない」
どうやら殴り掛かったことをとやかく言うつもりはないらしい。とりあえずはこのまま話が出来そうで内心安心した。であれば聞くことは今のうちに聞いておきたい。
「理由は理解できた。そう言ったよね」
「ああ。確かにそう言った」
「じゃああなたは何をしにここに来たの?」
私の問いにヴェルグ卿は懐から小瓶を四本取り出す。真っ青な液体が入っており、それがただの回復薬ではないことが一目でわかった。
「これって……フル・ポーション!?」
「私の秘蔵だ。一本飲めば傷はもちろん体力魔力ともに全快する。そこの少年に飲ませてやると良い」
フル・ポーションは流通量が極端に少なく、めったに手に入らない代物である。それを四本も所持しているとは、このヴェルグ卿という人物はよほど地位の高い人物なのだろうか。
言われた通り私はフル・ポーションをレクトに飲ませてやる。すんなりと口の中に入っていき小瓶が空になると同時に、レクトの瞼が開いた。
「あ……れ。リタさん。ここ、は?」
「レクト! よかった……っ!」
目を覚ましたレクトを私は思いっきり抱きしめる。良かった、本当に良かった。
あれだけの傷がすべて治っている。さすがはフル・ポーションといったところか。
「ちょ、リタさん苦しい」
「ああ、ごめんごめん」
ちょっと強く抱きしめすぎたようだ。レクトの体から離れ水の入ったグラスを渡す。レクトはそれを受け取りゆっくりと飲みほした。
「レクトくん。体の調子はいかがですか?」
「イザークさん。はい、なんともありません。すごく痛くて気持ち悪かったはずなんですけど、それが全部なくなっています」
「それがフル・ポーションの効果だ。最も、伝説の万能薬エリクサーには劣るがな」
ヴェルグ卿がレクトの前に立つ。レクトは一瞬うつむいたが、まっすぐにヴェルグ卿の顔を見た。
「試験官様、ありがとうございました。試験の結果をお伝えしに来ていただいたのですか?」
「ああそうだ。結論から言おう。今回の試験は不合格だ」
室内が静まり返る。なんとなくだが結果は分かっていた。あの結果で合格になることはまずない。レクトには実力が圧倒的に足りていないのだ。
ここに来る道中のフレイムリザードとの戦い。それを見ても、レクトが戦闘慣れしているとは到底思えなかった。それはレクト自身が一番理解しているだろう。
「レクトくん。試験前にも言いましたが、今回は自身の力量を測ることが目的です。あとどのくらい鍛錬を積めば合格できるかを見定める。それを確認できただけでも収穫ですよ」
「はいイザークさん。そう……ですよね」
顔は笑ってるが声に覇気がない。憧れの聖女の役に立ちたくてここまで来たのだ。今回の試験結果は予想していたものとはいえ、全く気にしないということは出来ないだろう。
「少年。少しばかり問いたい」
ふと、ヴェルグ卿が口を開く。
「何故聖徒になろうとする」
「それは、聖女様のお役に立ちたいからです」
「何故聖女様のお役に立とうとする」
「聖女様に命を助けられたからです」
「この先聖徒になっても、聖女様に会うこと敵わず声もかけられることもないかも知れん。それでも聖徒になりたいか」
どうやら、レクトは聖女を利用することを目的に聖徒になりたいのではないかと疑われているらしい。確かにそういった手合いが少なからず存在することはイザークさんから聞いている。聖女は聖教会の信仰対象であると同時に、言い方を考えなければ巨大な広告塔だ。
聖女と共に行動する者たちは顔が知れわたり、街行く人々には聖女の従者と崇められる。そのような状況を利用しうまい汁をすする者も少なからず存在するのだ。
「いいんです。会えなくても」
ヴェルグ卿の問いにレクトは当然のように答えた。
「僕が聖徒として良い事をすれば、それが聖女様への信仰につながる。恩返しにつながる。会えまいが声をかけられまいがそんなことは関係ないんです」
自身の思いを臆することなく伝えた。打算もなく偽りもない、心からの本心である。ヴェルグ卿はレクトの決意とも呼べる言葉を聞き、何かを考えるかのように目を閉じ腕を組む。そして少しして考えがまとまったのか、その鋭いまなざしをレクトに向けた。
「少年。聖騎士になるつもりはないか?」
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