教育係と高位魔法
まずいな。非常にまずい。
目の前にはグリンドラゴン。対する私は左腕が折れて出血多量のグロッキー状態。
持っていた回復薬も先ほど吹き飛ばされた衝撃ですべて割れてしまった。
ゆっくりと、グリンドラゴンが私に向かってくる。追い詰めたエサを目の前に焦る必要はないとでも思っているのだろうか。
(こんな終わり方とはね)
あまりにもあっけない人生の幕引き。冒険者になった時から危険は覚悟していたことだが、まさかこんなにも早くその時が来るとは。
整わない呼吸。どうやら肺もやられていたらしい。苦しいわけだ。
「……く………い」
死にたくない。こんなところで、こんな結果で。
まだまだやりたいことがたくさんある。行きたいところも、見てみたいものも。
山ほどの悔いを残し、私の人生はグリンドラゴンの振り下ろされた爪によって終わりを告げ
「リタさん!!」
なかった。突然目前のグリンドラゴンが爆発したからである。
「グギャアアアアアアアアア!!!!」
咆哮を上げるグリンドラゴン。おそらく何かの魔法攻撃が直撃したのだろう。威力も高く翼が片方焼け落ちた。
バシャアっと何かの液体を体中にかけられる。みるみる体の傷が塞がっていくことから、かけられたのが回復薬だということが分かった。
「ユキノ……ちゃん?」
「リタさんっ、よかった……本当によかった!」
起き上がると、泣いているユキノちゃんにギュッと抱きしめられる。
「いたたた! ユキノちゃん、左腕折れてるから! いたいいたい!」
「あ、ごめんなさいつい」
回復薬と言ってもすべての傷を治すわけではない。切り傷など結合すれば塞がる傷は治るが、内臓や骨などは少し良くなる程度。
折れている場合は痛みは和らぐが回復速度を速めるだけですぐに元に戻ったりはしない。そういえば言ってなかったな。今度ゆっくり教えてあげよう。
「それよりユキノちゃん、今のうちに逃げるよ」
幸いグリンドラゴンはまだ錯乱中だ。こちらに気づくのにはもう少しかかるだろう。
そのすきになんとしてでもこの場から逃げなければならない。ユキノちゃんと合流できたのは幸いだ。
「竜種なんて相手にしてたら命がいくつあっても足りない。さあ早くっ」
だが、ユキノちゃんは動こうとしない。それどころかグリンドラゴンと対峙するように私の前に立つ。
「何してるのユキノちゃん!」
「リタさん、一つ聞いていいですか?」
こんな時に何を。そう言いかけたがやめた。いや言えなかったが正しい。
彼女の体から感じる圧倒的な魔力によって、私は臆して言葉を発せなかった。
「その傷、あいつにやられたんですよね」
「え、ええ。そうだけど」
瞬間。ユキノちゃんを覆う魔力がさらに上がった。
竜種は生まれ持って強大な魔力を有している。それは魔法攻撃手段を持たないグリンドラゴンも例外ではない。
だがユキノちゃんの魔力は、そのグリンドラゴンの魔力を超えていた。
「許さない……リタさんをこんな目に遭わせるなんて、絶対にっ」
危険を察知したのか、グリンドラゴンが方向を変え荒野に逃げていく。竜種が逃げる光景なんて初めて見た。
「なんとか危機は去ったねユキノちゃ」
「逃がすもんですかっ!!」
途端、何重もの魔法陣がユキノちゃんの下に現れる。こんな複雑な魔法陣を見るのは初めてだ。
普通のファイアやメガファイアなどではない。もっと高位の魔法だ。それこそ、AクラスやSクラスが使うような大魔法。
「煉獄の炎よ! その怒りその業火、我が前に顕現せよ! 我が望みは殲滅、我が願いは破滅! かの者に真紅の滅びを与えん!!」
「ちょ、その詠唱!」
聞いたことがある。以前知り合いの一人が竜種を討伐するときに使ったといっていた魔法の詠唱だ。
本人曰く習得するのには対して時間はかからないが、消費する魔力が尋常でないためAクラス以上の魔法使いでないと使えない高位魔法。
ありとあらゆるものに文字通り滅びを与える究極の殲滅手段。
「消し去れ! エクスプロージョン!!」
「それ新米が使う魔法じゃないよね!?」
高位魔法がグリンドラゴンに放たれる。
上空には無数の魔法陣が展開され、その魔法陣がグリンドラゴンを囲む。
そしてまばゆい光とともにすさまじい爆発が起こった。
爆発の影響で辺り一面の木々が一瞬で燃え尽き、大地がひび割れる。
衝撃で一面に煙が立ち込め何も見えない。
「ど、どうなったの……」
グリンドラゴンに放たれた高位魔法は確実に直撃していた。あれを喰らって生きているということはまずないはずだ。
徐々に煙が晴れ、私はグリンドラゴンが逃げていった方向を見る。
まず感じたのは異臭。何かが焼け焦げた臭いがした。
目の前には原型のとどめていない何かの死骸。おそらくはグリンドラゴンだったものだろう。
「ま、まじですか……」
つまり、グリンドラゴンは討伐されたのだ。
昨日冒険者登録した、Fランクの冒険者に。
「リタさん! やりましたよ! 大きなトカゲを倒しました!」
徐々に左腕の痛みが戻ってきたがそれどころではない。
本当に何者なんだこの子。
隣でユキノちゃんが笑顔で何か言っていたようだが、私は何一つ聞き取れなかった。