プロローグ
なんとか今日中に投下できました。
お読みいただければと思います。
「アンドラスが消滅した?」
とある街の建物の一室。
特に華やかな装飾などはなく簡素な部屋。一見するとごく普通の部屋だが、室内での会話が外部に聞こえないよう防音魔法が何十にもかけられている。その部屋には人影が二つあった。
一つは椅子に座り、もう一つは机を挟んだ向かいに設置されたソファに座っている。黒いローブに身を包み杖を持った男は報告を続けた。
「ええ。ボクも一緒に同行したんですけどね。最後は冒険者に倒されてしまいました」
「なるほど。それで貴様はおめおめと逃げ帰ってきたわけか」
「おっと。手厳しいお言葉ですね」
黒いローブの男、アベルは空間からティーセットを取り出すと、カップを二つ用意し茶を注ぐ。まろやかな香りが室内に漂い、一つを椅子に座る男の前に置いた。
「まぁまぁ、どうぞお飲みください。今は亡きアンドラスさんも絶賛していましたよ。おいしいって」
「ふん」
男はカップに注がれた茶を魔法で鑑識する。このアベルという男はどうにも信用できなかった。魔人であるアンドラスが冒険者に敗れたという報告も本当かどうかわからない。だが実際、オリジンが魔人の襲撃に遭ったというような報告は上がってきてはいなかった。
仮にアベルの言っていることがすべて本当なのであれば、魔人が冒険者に敗れ消滅したことになるのだが、ランクの低い冒険者しかいないはずの街でそのようなことになるのはにわかには信じがたい。
鑑識魔法の結果、出された茶に特に細工はなかった。状態異常を付与する効果もない普通の茶だということが証明される。しいて言うのであれば魔力回復の効果があるくらいだった。
「それで? ここに来た本当の目的はなんだ」
魔王が消滅の危機に瀕し、魔族間では時期魔王の座に就くべくすでに候補者同士の争いが始まっていた。名のある冒険者を倒したり、同族を蹴落としたり、はたまた人間に擬態し国を乗っ取りそのまま献上したりなど。椅子に座る男もまた、魔王候補として名乗りを上げた魔人の一人だった。
だが自身の力の無さは理解している。ランクSと呼ばれる冒険者を倒すのは不可能、同族を消し去るほどの強さもない。件のアンドラスよりも自身が弱いということは自覚していた。
そんな魔人としては脆弱な男のところに、ある時期からこのアベルとかいう男が現れるようになる。当初は候補者である自分を消しに来たのかと思っていたが、アベルはそんなそぶりは一切見せなかった。それどころかこうしてほかの魔人の状況を簡単ではあるが報告してくれる。
それがどういった意図で行われているのか、男には皆目見当つかなかった。
「いえ。目的というほどのものでもないんですけどね」
アベルがカップを手に持ち茶を飲む。その後砂糖とミルクを加え甘みを増した茶を飲み、彼は優雅なひと時を楽しんでいた。そのなんともじれったい態度に男は苛立ちを覚え、怒り任せに机を叩く。
「私も遊んでいる時間はないのだ。用がないなら消えうせろ」
「もー短気ですねぇ」
空間からお茶菓子を取り出そうとしていたアベルはその手を引っ込めた。
空間魔法が使える時点で、アベルは格上の存在だということを男は理解している。だがアベルは決して男にしもべとしての振る舞いを迫ったり、なにか特別命令を下したりはしていない。男はそれがどうにも引っかかっていた。
魔族は常に力ある者が上に立つ。力なき者は力ある者に従う、それが魔族として生まれたものの宿命だ。だが目の前のアベルはそれを一切してこない。男がいくら尊大な態度をとろうとも、アベルは苦笑して流していた。得体のしれない恐怖、そういったものを感じずにはいられない。
いつか、寝首をかかれるんじゃないかと。
「実はとある冒険者がこの街に向かっていましてね」
「とある冒険者?」
「ええ。まぁランクはDなのでそこまで脅威ではないんですが」
それを聞いて男は安堵する。
この街に冒険者が来るのは珍しい事ではない。冒険者のギルドもあるし、高ランクの冒険者も少数だが滞在している。男はそんな状況で正体を隠し暗躍してきたのだ。いつこの隠れ蓑がはがされ公の場にさらされるかわからない。そんな緊張感と隣り合わせの毎日を、魔王候補と名乗りを上げたときから過ごしている。
そんな中、たかだかランクDの冒険者がこの街に来ようが特に問題はない。男はアベルがあまりに勿体ぶって言ったせいで余計な緊張をしてしまったと後悔する。
「今更ランクDの冒険者など相手にしていられるか。この街にはつい先日までランクSの『凄女』が滞在していたんだぞ」
「あの凄女がですか? それはまた……」
その二つ名を聞いてアベルの笑みが少しばかり崩れた。『白の剣聖』と並ぶ魔力を持ち、今まで数えきれないほどの魔族を屠ってきた人間の英雄の一人。それが『凄女』と呼ばれる冒険者だ。魔族からすればできるだけ近づきたくない、関わりたくない存在である。
そんな危険な人物がつい先日までこの街に滞在していたと聞き、アベルは心底アンドラスと一緒にオリジンに行って良かったと胸をなでおろした。
「まぁ凄女の危機は去ったわけですが、こちらのランクDの冒険者もそれなりに警戒しておいたほうがいいかと」
「そんな低ランクの冒険者を気にしてどうする。……まさかなにか特別な力でも持っているのか?」
「いえ。力も魔力もごく一般的な普通の冒険者ですよ」
ただ、とアベルは付け加える。
「もしかしたら、のちに脅威となるやもしれません」
「そうなる前に潰せと?」
男にとってはランクDの冒険者など取るに足りない存在だった。魔族界隈では確かに力は劣るほうでも、人間が相手となれば話は別。ランクAまでの冒険者であれば戦って殺せる自信はあった。
だがアベルがここまで言うからには何かあるのかもしれない。男の中にほんの小さな不安が生まれる。不安は消し去らなければならない。ここでの暮らしを守り、自身の野望を果たすためにも。
「その冒険者の名前は何という」
「すみませんそこまでは。近日中にこの街に現れるとしか言えません。まぁ今の力であればあなたに敵対できるほどではありませんので、来たらさっさと別の街に誘導するのがよろしいかと」
アベルの提案に男は茶をすすった。確かに事を構えるよりも、さっさとこの街から追いやってしまったほうが楽かもしれない。わざわざ危険なことをしなくてもよくなる。
「そうだな。その冒険者が来た際には、この街を早めに出てもらうとするか」
「はい。それがいいかと」
ふいに男の机の上にある時計が音を鳴らす。それは男が設定した時間に到達したことを知らせると同時に、二人の会話の終わりを意味する。
「おや、もう時間ですか。名残惜しいですが、ボクはこれで」
空間魔法を使い、アベルは一瞬で室内から姿を消した。残された男は時計の音を止め、防音の魔法を解除する。しばらくアベルが座っていたソファを眺めていたが、ドアがノックされた音を聞き男は我に返った。
「入りなさい」
「失礼します」
ドアを開け部屋の中に入ってきたのは白いローブに身を包んだ若い男だった。手には書類の束が握られており、そのどれもが承認の必要なものである。
「すまないな。いつも持ってきてもらって」
「いえ、このくらい。大神官さまのお役に立てるだけで、私はうれしいのです」
「そうかそうか。君に、神のご加護がありますよう」
男は祈りを捧げ書類を受け取ると、人間としての仕事を始めるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
この話から四章が始まります。
どうぞよろしくお願い致します。




