エピローグ
投下します。
「じゃあ、もう行くね」
オリジンギルドから少し離れた宿屋の並び。その一角にある宿屋、狐の館。
宴会会場となったギルドから戻りファラさんに旅に出ると言って、自身の部屋の荷物をまとめた私は宿の食堂の椅子に座っていた。
「この味もしばらく味わえなくなると思うと、なんだかさみしいねぇ」
目の前にはファラさん特製の料理が並んでいる。ここを出ていくと言った時のファラさんの反応はさほど驚いた様子はなく、いつも通りだった。やはり何人もの冒険者を泊めている職業柄、いつかはこういう日が来ることを予想していたのかもしれない。
「あら、うれしい事言ってくれるじゃない」
そう言ってファラさんは空になったグラスに水を注ぐ。今食堂にいるのは私とファラさんだけだった。ほかの冒険者たちはみんな今頃ギルドの床で寝ているだろう。そのおかげでこうしてゆったりと出来ているのだ。
「それはそうと、ちゃんとみんなには言ったの? ここから出ていくって」
「え? あー、うん。まぁ……」
ユキノちゃんにエルギンたち、ミラベルさんといった、オリジンギルドでも深く関わりのあった人たちには昨晩伝えてある。ただ一人を除いて。
「その様子だと、プレミアちゃんに言ってないんでしょ」
「うぐっ。お察しの通りで……」
ファラさんはため息をつき向かいの椅子に座る。そして並べてある料理に手を付け始めた。元々私ひとり分の量でないことは分かっていたけど、一緒に食べるつもりだったのね。
「プレミアは今王都に行ってるみたいだから。帰ってくるのを待ってたら時間がかかっちゃうし、それにミラベルさんに伝えたから大丈夫だよ」
「フーン。だそうよ」
ギィ、と扉が開く。足音が徐々に迫り、その人物は後ろの席にドカッと乱暴に座った。あまりの出来事に即座に振り返ることが出来ない。ファラさんは自身が使った食器を持って立ち上がり、何も言わずに食堂の奥へと消えてしまった。
沈黙が流れる。おそらく後ろにいるのは彼女で間違いない。王都からオリジンに戻ってくるまでには相当の時間がかかる。にも拘らず、彼女は戻ってきたのだ。
「ミラベルから聞いたの。明日リタがここを出ていくって。急いで飛んできちゃった」
急いで飛んでこれる距離ではないはずだ。それこそ飛行の魔法を使い、一睡もすることなく全力で飛んでくる必要がある。いくらギルドマスターといってもそんなことをしては魔力切れになり、回復を待たなくてはしゃべれもしないはずだ。
「ねぇリタ。こっちを向いてくれるかしら」
てっきりめちゃくちゃ怒られるかとひやひやしていたが、声からして怒っているわけではなさそうだ。息も乱れなく整っている。物静かな雰囲気が普段とは違う印象を見せた。
(まぁけど、少しは怒ってるだろうなぁ)
プレミアには事後報告でこの街から出ていこうと思っていたのだ。本人からすれば憤慨ものだろう。いつも気にかけていた友達が何も言わずに出て行ってしまうのだから。これは先に謝ったほうがいい。
「プレミア、ごめはむっ!?」
謝罪の言葉を告げようと振り返ったら、突如口の中に何かを押し込まれた。
甘く、それでいて濃厚な酸味。あれ、これどこかでさんざん食べた記憶あるんだけど。
「どうリタ。マージ特製のパフェの味は」
「……相変わらず甘すぎるんだよなぁ」
見ると、プレミアのテーブルには見覚えのある、いやもう当分は見なくもない特性パフェがその存在感をあらわにしていた。
「ユキノが言ってたわよ。これで早食い勝負したんですってね」
「それ見たらまた胃が重くたってきた」
ミラベルさんから私がオリジンを出ると連絡を受けたプレミアは急いでギルドに戻り、そこで今回の緊急クエストならびに魔人アンドラスの報告を受けたらしい。その際ユキノちゃんとの勝負の事も聞いて、寝ているマージをたたき起こしわざわざ作らせたのだとか。
「でもよくこれで勝負なんてしたわね。リタってそこまで甘いもの好きだったかしら?」
「いやまぁ、勝負は成り行きというか。まさかパフェ早食いだとは思ってなくて」
サイダー一気飲みとかそういう勝負だと思ってたからね。
他愛のない雑談を交わした後、また無言になってしまった。プレミアもこんな話をするためにわざわざここへ来たわけじゃないはず。王都から直接戻ってきたのだ、疲れていないわけがない。
「あのね、プレミア。私、今日ここを出ることにした」
無言のプレミアを気にしつつも、私は話を続ける。
「いつまでもみんなの優しさに甘えてられない。私自身強くならなくちゃって、今回の騒動で気づいたんだ」
今までオリジンギルドでは本当にいろんな人が良くしてくれた。プレミアをはじめミラベルさんやギルドの職員、他の冒険者たち。たまに嫌味をいう人もいたりしたけど、それも含めて自分のことを思ってくれていたのだ。
ギルドに来る新米の冒険者の教育役を頼まれた時は内心うれしかった。力や魔力といった能力が低い私でも、このギルドに貢献できる、恩が返せると息まいていたのを覚えている。
でも、それも今日でおしまいだ。冒険者の教育はやりがいがあって楽しい。実際多くの冒険者の手助けをすることが出来た。
でも、それは単に自分が知っている狭い知識をひけらかしているに過ぎない。本当に窮地に陥ったとき、私自身は何もできないのに気づいてしまった。これでは私に成長はない。私を頼ってくれる冒険者にもそれは言える。
だからこそ、教育係という位置に胡坐をかいてしまった自分から抜け出すために、旅立つ必要があるのだ。
「そっか」
今まで無言だったプレミアがポツリとつぶやいた。
「リタの気持ちは分かったわ。冒険者だもの、確かに外に出なくちゃね」
「プレミア……」
「それとっ!!」
プレミアがビシッと人差し指を立てる。
「ギルドマスターとしてリタ・フレイバー、あなたに勅命を出します。絶対に死なないこと。それと、必ず無事に帰ってくること」
その内容はつい昨日、ユキノちゃんと交わした約束と似ていた。どうしてみんな似たようなことを言うんだかと思わず笑みがこぼれる。
「勅命なら仕方ない。リタ・フレイバー、その勅命謹んでお受けします」
「よろしい。それじゃあ固い話も終わりってことで……」
プレミアが特製パフェを私のテーブルに置き向かいに座る。
「これ食べるの、手伝って」
旅立つ前のラスボスが現れた。
★★★
「うっぷ……」
狐の館でプレミアと特製パフェをかたずけた私は今にも吐きそうだった。
あらかた旅立つ準備は整い、余計な荷物も売り払い金銭も確保。これで途中で宿に泊まれなくなる心配もない。それにギルドから緊急クエスト参加の報酬ももらっているので、ちょっとした小金持ちだ。
セカンドに行こうかと思ったけど、プレミアの話ではどうやら先の魔剣騒ぎでギルド内はものすごく忙しいらしい。そんなときに行っても邪魔になるだけだし、今回はよしておこう。
「えーっと、となると次の街は」
地図を広げ周囲の街の位置を確認する。ここから南部に進むと、どうやら街があるようだ。確か回復系統の魔法を扱うギルドがあったはず。どうせだし使える魔法の種類も増やしたい。よし、ここにしよう。
「あれ、リタさん。今から出発ですか?」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ振り返る。見るとユキノちゃんとエルギンたち、それにカレンたちの姿もあった。
「うん。みんなも今から?」
「はい。わたしたちはクエストで北の方へ遠征に行くんです」
「竜種が数体現れたっていうんでな。で、竜種といえばユキノの出番ってわけだ」
「報酬もいいしねー」
「相手にとって不足なし、です。うう、頭が……また吐きそう」
一人完全にグロッキーな状態の人がいるけど、まぁ心配はいらないだろう。ルーペンはああみえてここぞというときにはしっかりしてるから。多分。
「私たちは一度拠点がある街へ帰るところよ」
「カレンたちの拠点ってどこにあるの?」
「ここから東に行った街だな」
「僕の故郷なんだよ」
ザッハが得意げにそういった。
「みんな見事にバラバラだね」
「まぁそんなもんだろ。冒険者なんて」
「ああ。だが」
タイラーの言葉にアランが続ける。
「どんなところに居ようとも、どこかで繋がってるのも冒険者だ。またどこかで会う時まで、死ぬんじゃないぞ」
アランの考えに賛同したのか、エルギンがアランの肩を組む。
「お前いいこと言うじゃねぇか。どうだ、あとで一杯やるか?」
「それ俺もいいか? 丁度飲みたいと思ってたところなんだ」
「エルギンさん、だめですってば! これからわたしたちクエスト行くんですよ!」
「タイラー! あんた昨日散々飲んだでしょ!」
一気ににぎやかになるオリジンの出入口。これだけの冒険者が居れば自然とそうなるのも無理はない。
それぞれのパーティが落ち着いたところで、私たちは行くべき道に立つ。
別れの言葉を交わし、二つのパーティはオリジンを後にした。
「じゃあ私も行こうかな」
私は今一度オリジンに向き直る。そして無言で頭を下げた。言葉にしてしまうと多分動けなくなってしまう。
十分な時間下げた頭を上げ、オリジンに背を向けると、私は先に続く道を見据える。
これからどんなことが待ち受けているのだろう。どんな困難が待ち受けているのだろう。それは何一つとしてわからない。わからないことは悪い事じゃない、分かるために進むのだ。
期待と希望を抱え、私は最初の一歩を踏み出した。
お読みいただきありがとうございます。
これにて三章終了となります。
ここまで続けてこれたのもひとえにお読みいただいている皆様のおかげです。
ありがとうございます。
物語はもう少し続きますので、お付き合いいただければと思います。
また四章につきましてはお時間いただければと思いますので、気長にお待ちください。
よろしくお願いいたします。




