教育係と命の危機
竜種。
魔物の生態系の中でもトップクラスの強さを誇り、中級上級冒険者がランクを上げるために討伐する、まさに登竜門となる存在だ。
その中でもグリンドラゴンは比較的倒しやすい分類に入る。
他の竜種のように息吹での攻撃はなく、鋭い爪と翼での物理的攻撃のみ。
遠距離戦に持ち込めば討伐は容易だ。
ただし、それはB、最低でもCランクの冒険者パーティが相手にした場合である。
グリンドラゴンを討伐するにあたっての冒険者の推奨ランクはB。
間違ってもDランクの冒険者が相手にしてはいけない魔物だ。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
再びグリンドラゴンが私に向かって咆哮を発する。
先ほどの咆哮はどうやら威嚇だったらしい。
竜種は決まって一発目に威嚇の咆哮を上げる。自身と対峙するに値するか見定めるためらしい。
そして二発目の咆哮。その意味は完全なる敵対。つまり私はグリンドラゴンに敵とみなされたわけだ。
「うおっとっ!」
グリンドラゴンの爪が容赦なく私めがけて襲い掛かる。
間一髪でよけたがグリンドラゴンは早くももう片方の爪で私を狙っていた。
「竜種と戦闘? 冗談じゃないっ」
とっさに愛用の煙幕玉を取り出し下に思い切りたたきつける。
玉が割れ勢いよく煙が蔓延し、辺り一面が一瞬で煙に包まれた。
今のうちにと、私はグリンドラゴンの影に注意しながらその場から全速力で走りだす。
本来グリンドラゴンは渓谷などに生息する魔物だ。間違ってもこんな森なんかに現れるような魔物じゃない。魔物の活性化が問題視されているとは聞いていたけど、生態系にまで影響が出ていただなんて知らなかった。
なんとしてでもプレミアにこのことを伝えなければならない。おそらくあの様子だとまだ知らないはずだ。
そしてなにより、
「早くユキノちゃんと合流しないとっ」
スライムを追って森の奥に行ってしまった彼女を一刻も早く探し出し、この森から脱出しなければならない。久々のフィールドワークが散々だ。
遠くでグリンドラゴンの咆哮が響く。私を探しているに違いない。
見つかれば今度こそやられるだろう。そうなる前になんとしてでもユキノちゃんを見つけなければ。
「どこにいるのユキノちゃん!」
グリンドラゴンに見つかる危険を承知で、私は大声で彼女の名前を叫んだ。
魔力が異常に高いといってもまだ何も知らない新米。竜種を目の前にとっさに逃げられるだろうか。
おそらく立ちすくんでしまうに違いない。そうなったら最後、グリンドラゴンの餌食だ。
「そんなこと、絶対にさせないっ」
プレミアの策略ではあったが、ユキノちゃんは私を頼ってくれた。
元気で明るい、あんな冒険者は久々に見た気がする。
出会って少ししか経ってないが、それでも妹のように思えた。
だからこそ、最悪の事態になる前に彼女を見つけないと。
走り続けるうちに、私はだだっ広い草原に出た。どうやら森から出てしまったらしい。
急いで森に戻ろうと振り返った。
目に入ってきたのは振り下ろされる巨大な爪。
とっさに反応したが間にあわず、左腕にもろにあたってしまった。
ベキッと体の中で嫌な音がし、衝撃で吹き飛ばされる。
「あ……がっ」
痛みが左腕を中心に広がる。どうやら折れてしまったようだ。体からはおびただしい量の血が流れ出ているのが感じられる。
無様に草むらの上に転がる私が見たのは、先ほど撒いたはずのグリンドラゴンだった。