抗えない恐怖
投下します。
「何たるざまだ!」
デリルの森より遠く離れたサーラの大森林。深手を負った魔人は怒りの咆哮を空に放っていた。
オークロードを洗脳し暴れさせ冒険者たちをギルドからあぶり出し、ターゲットである女をまんまと森に誘い出し、そして絶対的有利な状況で交渉を装い隷属を宣言させる。アンドラスの計画はほぼほぼ完遂しつつあった。
あの常識はずれな使い魔が現れるまでは。
「魔王となるこの私が、よもやあのような使い魔ごときにここまで傷を負うとは何事かっ!」
怒りに身を任せ、アンドラスは魔力弾を見境なく放射する。ウィンドウルフやフレイムリザードといった魔物も、怒り狂った魔人の前では塵芥田も同然。魔力弾が当たると同時にその形を保てなくなり、無残にも破裂しその生涯を閉じる。
「荒れてますねぇ」
声の主はアンドラスから少し離れた場所でどこから取り出したのかテーブルと椅子を用意し優雅に茶をたしなんでいた。
「アンドラスさん、ほらこちらへ。今ちょうどボク特製のお茶が入りましたよ」
「何をのんきなことを言っているのだアベル!」
アンドラスの放った魔力弾が用意された椅子に当たり、そのままテーブルも一緒に吹き飛ばす。アベルはそれをひらりとかわし、宙にとんだカップやポットを素早く回収すると、空間魔法を用いてそれらをしまい込んだ。
「ひどいじゃないですか。このティーセット、ボクのお気に入りなんですよ? 壊れたりしたらどうするんですか」
「そんなことはどうでもいい! 元はといえば貴様がその妙な茶を出したせいだろうが!」
「おや。虫けらの魔力が戻ったところで大した問題ではないとか言ってませんでしたっけ?」
「黙れっ!!」
再び魔力弾がアベルを襲う。複数放たれたそれらはただの威嚇ではなく、一つ一つに明確な殺意が込められていた。避ける間もなく全弾がアベルを捉える。地面が割れる衝撃とともに煙が立ち込め、辺り一面の視界が煙によって遮られた。魔力弾で無残な姿になったであろうアベルの姿を見ようにも、今のアンドラスには立ち込めた煙を巻くほどの力は残ってはいない。
徐々に煙が晴れていき、アンドラスの目でもその無残に転がった何かの残骸を視認することが出来た。黒のローブの切れ端が辛うじて、その残骸がアベルだということを認識させる。
「貴様のような低級の魔族が私に口答えするからこうなるのだ。空間魔法が使えるから少しは使えるかと思っていたが、とんだ役立たずだったな」
「やれやれ、ひどい言われようですね」
その声にアンドラスはギョッとする。全身が凍り付いたかのようにまったく身動きが取れない。自分の動きを縛っているのは魔法でも道具でもましてやほかの魔人でもない。だが目の前で椅子に座り茶を飲むそれの姿を目の当たりにして、自身の体がなぜ動かなくなったのか、それを認識してしまった。
焼け焦げた地面にはローブの切れ端が残っている。確かに仕留めたはず、そう自身に言い聞かせた。そう言っておかなければ何も考えることが出来なくなる。
ふと、アンドラスの視界からローブの切れ端が消えた。それどころか魔力弾が当たった影響で亀裂が入っていた地面も、まるで何事もなかったかのように元通りになっている。
「この程度の幻術も見破れないとは。『幻惑』の名が泣きますよ?」
目の前の魔族は相変わらずの薄ら笑みを浮かべこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
「アンドラスさん。あなた、いくつか勘違いしているようですから教えてあげましょう。まずあなた程度の力で魔王になるのは不可能です」
今までアンドラスは数多の冒険者と戦ってきた。時には高ランクの冒険者と戦っていくうちに、気が付けば『幻惑』の二つ名で呼ばれるようになり、魔人としての地位も確立していた。
「次に、あなたが倒そうと息まいているあの使い魔。あなたでは絶対に倒せません」
今の魔王が時期に滅びるといううわさが流れだしたとき、真っ先にオリジンを落とそうと行動したのは自分だけだった。ほかの街ならいざ知らず、冒険者発祥の地であり仇敵オリジンによって繁栄した街。滅ぼす対象としてはこれ以上にない場所だった。
「最後に、残念ですがボクは低級魔族ではありません」
幾多の戦いを経験し、数多の冒険者に恐怖を受け付けてきたアンドラス。だが今目の前にいる魔族にアンドラスは恐怖の念を抱いていた。いや違う。目の前にいるのは魔族などではない。
恐怖そのものだ。
アベルは持っていた杖でアンドラスの頭を軽く叩く。その瞬間頭上から石化が始まり、声を出す間もなく全身が石と化した。
「もっと役に立つかと思いましたが……案外使えないものですねぇ。ガッカリしました」
石化したアンドラスに、アベルは魔力弾を放ちバラバラに吹き飛ばす。そしてティーセットを空間にしまい込むと、サーラの大森林の奥へ消えていった。
この日、冒険者ギルド指定討伐対象、『幻惑のアンドラス』の存在が人知れず消滅した。
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