教育係と魔人のお茶会
投下します。
幻惑のアンドラス。
魔物の上位互換である魔人。その強さはランクAの冒険者が対峙してやっと対等に戦える存在だ。間違っても私のようなランクDの冒険者が相手にしていい存在ではない。
上半身が鳥の魔人がその翼を広げる。一つ一つの何気ない仕草でも恐怖を感じ取らざるを得ない。今までのグリンドラゴンやオークロードとは危険性の次元が違う。戦ったら確実に死ぬのだ。
両脇にいる二人もアンドラスの危険性を肌で感じ取ったのか、魔人を目の前にして動けずにいる。辛うじて呼吸はできているが、リリルは過呼吸気味だ。
「どうした三人とも。わかったぞ、緊張しているのだな」
アンドラスがアベルに目配りする。それに一礼で返したアベルはパチンと指を鳴らした。途端に椅子が四つ、円形の大きなテーブルが現れる。アベルが空間魔法で出したのか、この場で一から作成したのかはわからない。が、どちらにしても高位な魔法だ。アンドラスに従っているアベルも魔族なのだろうかと、余計な心配事が増える。
「かけたまえ。アベル、三人に茶の用意を」
「わかりました」
アベルがまたもや指を鳴らすと、テーブルの上にカップが四つ現れる。アベルの手にはポットが握られていて、それぞれのカップに中身を注いだ。
「さぁ準備は整ったぞ。いつまで立っているつもりだ。『かけたまえ』」
アンドラスが再度私たちに椅子に座れと促す。私は目の前の魔人の言葉の意図が分からなかった。何のためにこんな場面を用意しているのか、目的は何なのか、何一つわからない。ただはっきりしているのはあの椅子に座ってはいけないということ。あの椅子からは何か得体のしれないヤバさを感じる。
後ずさりするように、私は右足を一歩後ろに動かした
「リ、リタ?」
カレンが驚いた顔を私に向ける。なんだ、どうしたというのだ。
カレンとの距離は先ほどより若干離れていた。おかしい。カレンが後ろに動いているのであれば一緒の距離で、カレンが動いていなければ近づくはず。なのに私はカレンから離れていた。
私は恐る恐る自分の足に目を向ける。後ろに下げたはずの右足。それは後ろではなく、前に一歩踏み出していた。
「な、なんで!?」
そしてゆっくりと、自分の意志とは無関係に足が前に進み始める。リリルとカレンも同じように、前に歩き始めた。そして用意された椅子の前まで来ると、躊躇なくその椅子に腰かける。
「おお、やっと座ってくれたか。さぁ、茶が冷めぬうちに『飲みたまえ』」
アンドラスの言われるがままに私たちはカップを手にとり、注がれている茶を飲む。今まで味わったことのない味だ。ほろ苦く、香りもいい。口に含んだときは若干の苦さがあるが、舌で味わううちに微量の甘みが口に広がる。正直毒でも飲まされるのかと思ったが、これはなかなか良いものだ。
「気に入っていただけましたか? ボクの栽培した茶葉を使っているんです。冒険者の方々にも評判なんですよ。減った魔力がみるみる回復するって」
今の言動から、この茶は過去ほかの冒険者にも提供されたということになる。それがどういった状況下での事かはわからないが。
注がれた茶を飲み干し、私はカップをテーブルに置いた。二人も飲み終えた様で、それぞれがカップを置く。
「さて。まずは今回の目的を話すとしようか」
アンドラスは持っていたカップを置き椅子から立ち上がる。
「今回私がここに来たのは、魔王候補としての実績を作るためだ」
「魔王、候補?」
「そう。現在の王は先の人間の英雄との戦いにより弱り果て、このままだと時期滅びる。そうなると次の魔王を決めねばならないのだが、如何せん魔人同士の実力が均衡している。そこで、より魔王にふさわしい実績を持つ魔人が次期魔王になることとなったのだよ」
今この魔人はさらっととんでもないことを口にした。魔王が滅びる? 次期魔王候補? そのための実績?
「つまり、だ。私はこのオリジンを支配し、魔王になるための実績を作りに来たのだよ。丁度近くの森も活性化していて本当に助かった。アベルに指示しオークどもを近くの森に転移させ攻めたのも我ながらいい具合に決まったと思うよ。実際君たち混乱しただろう?」
自分が行ったことを嬉々して語るアンドラス。つまりオークやオークロード、そのほかの魔物が一斉に現れオリジンに侵攻してきたのは、すべてこの魔人の企みだったと。実績作りなどという己の欲のために引き起こした迷惑極まりない事態だった。そういうことをこの魔人は言っている。
アンドラスの言葉に次第にいろいろな感情が浮き出てくる。怒り、憎しみ、恨み、悲しみ。おおよそ負の感情だ。こいつの実績作りとやらのために多くの冒険者が傷ついたことは紛れもない事実。その自分勝手な行いは到底許せるものではなかった。
「ちょっと待ってよ。なんでわざわざここを、オリジンを狙ったの?」
今まで静かだったリリルがアンドラスに問いを投げる。
「ここは新米の冒険者が多いって聞いてたし、それじゃあ弱い者いじめみたいになって大した実績にならないんじゃないの?」
リリルの指摘はもっともだ。オリジンは今でこそ『剛腕』ゴルド・バジークをはじめとするランクAの冒険者が多数籍を置いている。だがそのほとんどは緊急時を除きオリジン郊外に出ているのだ。結果オリジンにいるのはランクBから下の冒険者たち。その多くがランクEやFの冒険者であり、そんな街を陥落させたところで実績とやらになるのだろうか。
アンドラスはカップを持つ。すかさずアベルが茶を注ぎ、一口飲んだ後再びカップをテーブルに置いた。
「なるほど。人間の認識と我々魔族の認識は大分違うようだな」
「どういうこと?」
「かつての我らが仇敵、オリジンが最後に訪れた街。冒険者などという忌々しい存在の基盤を作った始まりの街。それを落とすことが我ら魔族にとってどれほどの意味を持つか。君たちにはわかるまい」
人間にとってのオリジンの街は、単純に冒険者発祥の地という認識だ。観光名所ともなっており多くの人が外からやってくる。わざわざ冒険者登録をオリジンでするために遠路から来たものもいるくらい、その知名度は高かった。
だがほかの街のギルドに比べ、所属している冒険者のランクは高くない。最初に登録したギルドは変えられないが、所属ギルドは変えられるのが冒険者のルールだ。つまり、オリジン出身、現何々ギルド所属という冒険者が多数存在する。言ってしまえば記念登録だ。登録して旅に出て、旅先の冒険者ギルドに所属するというのもごく普通の事である。
そういった意味でオリジンは新米の冒険者が多く存在し、私はその教育係を請け負っていた。
だが魔族からすれば、そう言った認識はなく落とすべき重要な場所だという。
「確かに彼女の言う通り、現在のオリジンに高ランクの冒険者はいない。だが世界各地にオリジン出身の冒険者がいて、それらは今も魔族を殲滅しているのだよ」
「そ、それは魔族が人間を襲うからでしょ」
「ああ、そうだ。魔族は人間を襲っている。ああ、別に今のは嫌悪感から出た言葉ではなくあくまで事実を述べたまでだ。殲滅されたのも単純にその魔族が弱いのが悪い」
同じ魔族に対しての同情はないようだ。アンドラスの言葉からはやられた魔族への悲しみが微塵も感じ取れない。
「さて。世界各地にいるオリジン出身の冒険者どもを排除するにはどうすればいいか。答えは簡単だ、大元を獲ってしまえばいいのだよ」
「だからオリジンを壊滅させようとした……?」
「いや違う。確かにオークロードたちを使い、君たち冒険者を表に出させた。だがそれはオリジンを壊滅させる為じゃない。そもそも壊滅させては私の実績が半減してしまう恐れがあったのでね」
「じゃあ一体何を」
そう言いかけた瞬間、全身を鋭い殺気が貫くような感覚に襲われた。先ほどの空気とは明らかに違う。恐ろしいほどのプレッシャーが目の前の魔人から放たれていた。
「私の目的は一つ。オリジンのギルドマスター、『束ねる者』プレミア・ファストラッドを手中に収め、その力を使い外に出ているオリジン出身の冒険者を呼び出し、各個撃破することにある」
「不可能だよそれ」
思わず口に出てしまった。
アンドラスの計画は一見巧妙そうに見えて実現不可能な要素が多々存在している。まず第一にあのプレミアがおいそれとアンドラスの手中に収められるとは到底思えない。次にオリジン出身の冒険者にはランクSの冒険者も少なからず存在する。『白の剣聖』ことヴィーちゃんもその一人だ。そんな連中がのこのこ罠にはまってくれるとも思えない。ギルドに呼び出したところで最悪アンドラス自身討伐の危険がある。
そこまでの不安要素をどうやってクリアしていくのだろうか。
「いいや、不可能じゃない。『束ねる者』が大事に大事にしている君さえいればな」
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