教育係と化け物襲来
燃え盛る炎。
焼け焦げた大地。
生きとし生けるすべてが灰になった世界に私はただ立っていた。
目線の先には最早原型をとどめていない竜種の死骸が異臭を漂わせている。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
ふと、私は隣にいる少女に目をやる。
魔力が規定数値を大幅に超えてるというだけの、この凄惨な現状を作り出した元凶に。
唖然とする私をよそに、彼女はあろうことか無邪気に笑っていた。
口を動かしていることから何かしら言葉を発しているのだろう。
だがあいにく私は彼女が何を言っているのかわからない。
徐々に折れた左腕の感覚がよみがえってくる。
だが正直それどころではない。
ああ、本当になぜこんなことになってしまったのだろうか。
「ここが薬草の採取ポイントだよ」
「へぇーきれいなところですね」
私はユキノちゃんを連れてデリルの森に来ていた。デリルの森は薬草採取などのクエストで入る初心者御用達の森である。
いかに魔力が高くてもそれだけですべてが済むわけじゃない。冒険者になった以上、冒険者として最低限の知識を備える必要がある。それをするにはここはうってつけの場所だ。
「あそこの木の根っこあたりに生えているのが体力回復に使われる薬草。そこの木の下に生えているのが魔力回復に使われる薬草だよ」
「魔力用と体力用ってことですか?」
「薬草はね。街で売ってたポーションはこの二つを合わせて作っているから、両方回復できるよ」
「そうなんですね! 勉強になります」
今回受注したクエストは『薬草採集』。体力用と魔力用をそれぞれ四つ納品すればいい簡単なクエストだ。
もともと新米の冒険者に薬草の基本知識を学んでもらうためのクエストだから、ユキノちゃんにはちょうどいい。
難なく薬草を四つ採取し終えユキノちゃんが戻ってきた。
「リタさん、薬草採取終わりました」
「ご苦労様。今回ので、薬草の種類は理解できた?」
「はい。体力回復はこっちの赤い薬草で、魔力回復は青い薬草ですね」
「正解。ポーションを持つに越したことはないけど、万が一ポーションが切れたら薬草で対処する場面もあると思うから忘れないでね」
はい! と元気よくユキノちゃんが返事を返す。
この分ならほかのこともすぐに覚えてくれそうだ。
「じゃあ次はいよいよ討伐クエストだけど、心の準備はできてる?」
「ええ、どんとこいです」
ユキノちゃんの頼もしい返事に思わすクスリと笑みがこぼれた。
今回受注したクエストは二つ。一つは今しがた終えた薬草採取のクエスト。もう一つはプレミアに取り消された『スライム討伐』のクエストだ。
このクエストも初心者用で、ユキノちゃんなら軽くこなせるだろう。
スライムは攻撃力もなければ耐久力も心もとない魔物だ。
一説では濁った水が魔素を浴びて魔物となったというが定かではない。
倒しても落とす素材にろくなものがないことから、いつしかあまり討伐されなくなった。
そのせいか、ここデリルの森ではそこら中にスライムが生息している。
特に害はないが一応魔物ということもあり、新米冒険者のクエストと称して数を減らしている背景があるのだ。
プレミアもあれで結構考えているんだなと実感する。
「そういえばユキノちゃんはどんな魔法が使えるの?」
「えっと、ファイアとかクール、あとウィンドですかね」
「属性魔法を三つも使えるの!? すごいじゃない」
通常人によって使える属性魔法はせいぜい一つだ。魔法使い寄りのジョブを持っていれば二つ。高ランクの魔法使いであれば三つと、使える属性は増えていくのだ。
これは私が出会ってきた新米冒険者の中でも群を抜いて優秀である。きっと今後どんどん活躍していくに違いない。
「あ、でもそれ以外はあんまり使えなくて……回復魔法もちょっと苦手なんです」
「大丈夫大丈夫。まだ冒険者になったばかりなんだし、これから覚えていけば問題ないよ」
おそらくユキノちゃんは攻撃特化型の魔法使いなんだろう。本人の知識がまだ浅いだけで、成長すればギルドの即戦力になること間違いなしだ。
引率している身としては、彼女の成長が非常に楽しみである。
「そういえばリタさん。さっきからスライムあんまり見ないですね」
「言われてみればそうだね」
そう。ユキノちゃんの言う通り、薬草採取が終わり歩き始めてから結構な時間が経つ。
にも拘わらずいまだスライムに遭遇していない。
スライムだけでなく、魔族に一体も遭遇していないのだ。
「おかしいな。こんなに遭遇しないなんてこと今までなかったのに」
歩けばいつもあなたの眼先にスライム。そんな歌が歌われるほど遭遇率が異常に高いはずなのだが、見渡す限り一体も出てこない。
「絶滅しちゃったりとか」
「まさか。あんな増殖率の高いスライムが、ましてこのデリルの森で絶滅だなんてありえないよ」
だが、もし万が一絶滅ということになっていれば、この森の生態系も変わってくる。スライムを捕食している魔物も多くいたはずだ。捕食対象がいなくなった場合捕食者は別の捕食対象を見つけるために活発になるだろう。
そんないやな考えが頭をよぎったが、草むらから出てきた一匹のスライムによってその考えは吹き飛ばされる。
「なんだ。やっぱりいたじゃない」
ピョンピョンとせわしなく跳ねるスライム。私たちを警戒しているのかどんどん奥へ逃げていった。
「あれを倒せばいいんですね。待てー!」
「あ、ユキノちゃん」
スライムを見つけたユキノちゃんは後を追いかけていった。今回のスライム討伐数は三匹。今のスライムにうまくほかの個体の場所へ誘導してもらおうかと思ったけど、それは次の機会にしよう。
今はユキノちゃんを追いかけるのが先だ。
「ちょっと待って、ユキノちゃ」
彼女を追いかけようとしたその時、ものすごい風が私の周りに吹き荒れる。
何事かと思い辺りを見渡すが、特に何かが現れたわけではない。
そう、地上には何もいなかった。
「グルギャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!」
すさまじい咆哮。バサバサという風を切る翼。常人でも感じ取れるプレッシャー。
私は恐る恐る上空を見上げる。
緑色の鱗に身を包み、二つの翼で雄々しく空を舞う、本来であればけしてこの周辺には現れない存在。
竜種『グリンドラゴン』。
化け物が両の眼で私を見ていた。