教育係とギルドマスター
ファラさんの絶品料理をいただいた翌日、私はユキノちゃんを連れて街を歩いていた。
見るものすべてが珍しいのか、ユキノちゃんはしきりに歓声を上げている。
「うわーすごいですね! まるで中世の世界みたい!」
「チュウセイ……? よくわからないけど、喜んでもらえたなら案内した甲斐があったよ」
「ありがとうございますリタさん。わたしこういうファンタジーっぽいの大好きなんです!」
時折彼女が言っている言葉が全く理解できなかったが、この笑顔を見れたことを思えば些細なことだ。
案内したのは武器屋に雑貨屋、それに市場と教会。すべて今後の冒険者としての生活にかかわってくる場所だ。それにもう一つ、冒険者として生計を立てていくうえで必ずかかわってくる場所がある。
「よし、ついたよ」
オリジンに来る者の目的地。始まりの場所。すべての原点。
大層な物言いをされているが、それほどの言葉がふさわしいだろう。冒険者ギルド『オリジン』だ。
中に入ると、冒険者たちが雑談を交わしている。やれ装備を新調しただの、高位の魔物を倒しただのとても賑やかだ。
「これからユキノちゃんにはクエストを受注してもらうけど、初めはどんなのがいいかな」
私は中央のクエストボードに目をやる。このボード、実に優れモノでまずギルド登録をしないと文字を視認できない仕組みになっており、なおかつ自分のランクのクエストしか視認できるようにならない。
つまり私ならDランクのクエストまで見えるが、ユキノちゃんにはFランクのクエストしか見えないということだ。
「薬草集めとか、植物採集。討伐系だとスライムやゴブリン討伐の依頼があるね」
Fランクのクエストといっても討伐系をいきなり受注させることは私はあまりしない。なぜなら今まで魔物とかかわりを持っていなかった者がいきなり戦えるというとそうではないからだ。
そういった戦闘が得意と豪語する新米もいるが、大半が魔物を前にすると足がすくんでしまう。
「スライム討伐に行きましょうリタさん! わたしスライムならここに来る前に何匹か倒してます」
「おっ、そうなんだ。じゃあそうしようか」
これは予想外だ。確かに魔物を倒すのは冒険者だけじゃない。騎士や魔法使いのように自衛手段を持つ者は自身の鍛錬や魔法の探求などで魔物と対峙する。しかしまさかユキノちゃんがそのたぐいだったとは驚きだ。
ユキノちゃんにクエスト受注のやり方を説明し受付に向かわせる。窓口にいたのは最近入ったばかりのこれまた新米受付だ。お互い新米同士少し時間がかかるだろう。
「おい、あれ」
「ああ、子守り役だ」
時間がかかってよかった。ユキノちゃんにはこんなところ見てほしくないからね。
子守り役。いつからか私についた隠語だ。
冒険者にもいろいろな種類が存在する。オリジンで冒険者登録を済ませた冒険者はほとんどが気のいい奴らで助けたり助けてもらったりといい関係を築けていた。だが中にはいつまでも低ランクの私を力のない冒険者だと下に見る者もいる。
私自身実力がないのは重々理解してるし、蔑まれようが別に気にはしていない。
でも外でならまだしもここでそういうことはあまり言わないほうがいいと思うよ。面倒な金髪が来るから。
「あれれー? ずいぶん暇そうにしてるじゃないリタ」
思ったそばから寄ってきた金髪の女。彼女は子守りといった冒険者たちをひとにらみする。彼らはひきつった顔であわててその場を後にした。
「いつも言ってるけど、別にそんなことしなくていいからね」
「だってむかつくじゃない。リタの事悪く言うやつは追放よ追放」
「あんたが言うと洒落にならないから。でも、ありがと」
「やーんかわいいっ!!」
ぎゅっと抱きしめられ私は硬直する。毎度ながらこうなってしまっては彼女が飽きるまで我慢するしかない。何か気を紛らわすものがないかと周りを見るとタイミングよくユキノちゃんが戻ってきた。
「リタさん、クエストの受注終わりましたよ。受付の人とも仲良くなれました!」
「それはよかったね。今後はあの子がいる窓口を優先して利用するといいよ。ギルドの職員に知り合いを作るのも冒険者として必要だからね」
「そうそう。いまのワタシとリタのように、あの子とも仲良くしてあげてね」
「あっ、昨日の受付のお姉さん。こんにちわ!」
ユキノちゃんが挨拶する。やっぱり、ユキノちゃんを私のところに向かわせたのは彼女だったようだ。
「はいこんにちわ。無事リタに会えたようでよかったわ」
「やっぱりあんたの差し金だったのねプレミア」
「差し金だなんてひどいわ。ワタシはただこんなかわいい子を一人でどこかの宿に泊まらせるなんてできなかっただけよ。ちゃんと事前にファラさんにも連絡しておいたしね」
相変わらず根回しはうまい。だが確かにユキノちゃんを狐の宿に向かわせたのは正解だ。こんな子を一人で別の宿に泊めようものなら、いろいろとよくないことが起こりそうで危険極まりない。
「プレミア……さん? あれ、なんかどこかでその名前見たような」
プレミアの口元が緩みニマニマとした笑みを浮かべている。どうやらユキノちゃんの反応を楽しんでいるようだ。この部分も相変わらずである。
「ユキノちゃん。ギルドカードは発行してもらったよね」
「え、はい。さっきしてもらいましたけど」
「裏面見てみれば、疑問がなくなるよ」
私に言われた通り、ユキノちゃんはギルドカードを裏返しまじまじと見る。
「えーっと、『オリジンの導きに従い貴殿をFランク冒険者と認める。GMプレミア』って、……プレミアっ!?」
素っ頓狂な声を上げるユキノちゃんの反応を十分に堪能し、彼女は私から離れ芝居がかったお辞儀をした。
「改めまして、オリジンGMのプレミアよ。以後よろしくね」