教育係と忘れていたこと
「どこ行ってたんですかリタさん! 心配しましたよ!」
日が暮れ夜になり、冒険者ギルドに戻った私はユキノちゃんに怒られていた。
「ご、ごめんごめん。まさかこんな時間になってるとは思わなくて……」
あの赤髪の冒険者が教えてくれた採取ポイントには薬草がたくさん生えていた。
それこそクエスト分採取するには十分すぎる量で、採りつくすという心配もない。
採取は完了したしさあ帰ろうと森を出たらまさかの日が暮れているという事態で焦った。そこまで薬草採取に熱中していたのかと思うと、余裕がなさ過ぎて泣けてくる。
「えっと、キール君は?」
「もう遅い時間だったので、ロールさんと一緒に帰ってもらいました。これキール君の分の薬草です」
そう言ってユキノちゃんは薬草でパンパンの袋を二つ私に寄こす。
「キール君も心配してましたよ。いつまでたっても戻ってこないから、例のガリ……レオ? にやられたんじゃないかって」
「ガリウスね。そっか、キール君にも謝らないとね」
どうやら余計な心配をさせてしまったようだ。クエストの報酬を渡すときに会うから、そのときに謝ろう。
私は薬草が入った袋を持って受付に向かった。
冒険者ギルドの受付は朝早くとも夜遅くとも必ず誰かしらいる。朝しかできないクエストや、夜しか活動できない冒険者など、そういった時間的問題を排除するためらしい。
「あ、お帰りなさい。薬草採取は無事終わりましたか?」
幸い受付の女性はこの薬草クエストを受注手続きした時と同じ人だった。
私は薬草の入った袋をカウンターに置く。
「時間はかかったけど、この通り。無事完了です」
「それはよかったです。ロールさんも喜びます」
「あれ? ロールさんって確かキール君のお姉さんでしたよね」
ユキノちゃんが首をかしげた。
そう。ロール・ケットはキール・ケットのお姉さんで、確かこのギルドの衛生員だったはずだ。
なるほど、と私は心の中でつぶやく。つまりはこういうことだ。
「依頼主はロールさんだったのね」
クエストボードは冒険者にクエストを行わせ結果と引き換えに報酬を渡す、いわば大きな依頼書だ。実名でクエストを出している者もいれば、ギルドを通して匿名でクエストを出している者もいる。
今回の薬草採取のクエストは後者だった。ギルドの職員であるロールさんだったらクエストボードにクエストを出すくらいわけないだろう。
「もしかしてロールさん、キール君にやってもらいたかったのかなこのクエスト」
「そうかもね。薬草採取だったら魔物討伐より危険度は下がるし」
普段から討伐クエストしかやっていない弟に、これ以上危険な目に合ってほしくなかったのかもしれない。だからギルドを通して匿名でクエストを出したのだろう。
まあそのクエストを受注したのは私たちなんだけど、結果キール君も参加したから問題ない。多分。
報酬はとりあえず私とユキノちゃんの分だけもらい、キール君の分は預かってもらうことにした。聞くとキール君は毎日ギルドに訪れているらしい。彼が出没する時間帯を教えてもらい、私たちはギルドを後にした。
外はすっかり暗くなり、もうどの店も開いていない。
静けさの中、私たちは宿泊中の宿への道を歩いていた。
「それにしても、リタさんが一人で森の奥に行っちゃったときはどうしようかと思いましたよ」
「うっ……ごめんねユキノちゃん。勝手なことしちゃって」
パーティメンバーが勝手に行動するのはよくないことだ。どうもここに来てから冒険者としてのルールを守れていない気がしてならない。以前ならこんなことなかったんだけど、やっぱりたるんでるのだろうか。反省反省。
「魔物だっているかもしれませんし、それに例のガリ……レイ? だっていつ出てくるか分かったもんじゃないし」
「ガリウスね」
わざとやってるんじゃないだろうか。
「とにかく、もう単独行動はだめですよ。リタさんに何かあったら、プレミアさんになんて言えばいいか」
「ユキノちゃんは私の親かっ」
こ、これじゃどっちが年上かわからない。
完全に先輩冒険者としての威厳が失われつつある現状に憂いていると、不意にユキノちゃんの足が止まった。
「ユキノちゃん?」
振り返ると、彼女はうつむいたまま顔を上げようとしない。心なしか少しだけ体が震えている。
「前に一緒にクエスト行ったとき、リタさん大怪我しましたよねあの時わたしたち別行動になっちゃって」
「あれは、グリンドラゴンなんて普段いない魔物がでたから」
「今回もっ!!」
静かな街道にユキノちゃんの叫び声が響く。
「今回もリタさん一人になっちゃって……前と状況おんなじで……リタさんになにかあったらって思ったら、わたし……」
綺麗な顔が真っ赤になっている。目からは大粒の涙があふれだし、それは流れることを止めようとはしない。
どうやら、想像以上に心配をかけてしまったようだ。
ゆっくりとユキノちゃんの元へ行き、優しく頭をなでる。
「ごめん。もうしないよ。ユキノちゃんを一人にしない」
どんなに強い力を持っていても、どんなに振る舞いが大人っぽくても。
彼女はたった一人でこの世界に来た女の子だ。
(そんなことまで忘れていただなんて)
静かな街中にユキノちゃんの小さな泣き声が響く。
私は宿に戻るまでの道中、ユキノちゃんが落ち着くまで頭をなで続けた。