教育係と海魔のウワサ
投下します。
冒険者ギルドまで乗せると言ってくれた商人は、道すがらこの都市について教えてくれた。
貿易都市イースター。
海沿いに位置するこの都市は最初は小さい島だった。島に住んでいた船乗りたちが各地に散らばり食べ物や布などを持って帰り、それを近隣の村や町に売り出したのが起源らしい。島は都市に、船は貨物船となり、今では通常の商品は当然ながら各地の珍しい特産物までも扱っているとか。そうして規模を拡大し、貿易都市の地位を確立したのだ。
「ここは武器に防具はもちろん、薬草やポーションといった冒険には欠かせない物が数多くあります。きっとフレイバーさんも気に入るものがありますよ」
「へぇ。それは楽しみね」
ちょうどポーションを数本買おうと思っていたところだ。これだけ店が多いんだし、安く売っている場所もあるに違いない。護衛代で多く依頼料をもらったとはいえ散財はダメだよね。
「じゃあ私はこれで失礼します。フレイバーさん、ありがとうございました」
「こちらこそ。それじゃ」
商人のおじさんに別れを告げ、私は目の前の建物を見上げる。
石造りのしっかりした建物で窓がいくつもあり、そこからは仕事をしている人たちが見える。このイースターの冒険者ギルドだ。大きな出入口からは装備を整えた冒険者たちが出てくる。剣士に魔法使い、盾持ちに……あの子はなんだろう。背中にいっぱいの荷物を背負ってるし探索者かな。これからクエストに行くのかも。
冒険者たちが去った少し後に、今度は色鮮やかな布で作られた服に身を包む人たちが入っていく。おおよそ荒事とは無縁そうなふくよかな体つきをした人たちが抱えているのは液体を詰めた瓶。あの色は私もよく使ってるポーションだ。
「今日の納品分です。どうぞ」
「ありがとうございます。いつも助かります」
ギルドの中では先ほどのふくよかな人たちとギルドの職員が金銭のやり取りをしていた。どうやら彼らはギルドにポーションを卸しに来ていたようだ。
「いえいえ。では私たちはこれで。これからもどうぞご贔屓に」
ポーションを渡し金銭を受け取ると、商人たちは冒険者たちには目もくれずその場を後にした。
商人たちが去った後、奥にいた冒険者の一人が樽のジョッキを乱暴にテーブルに置く。
「ケッ! あのごうくつばりどもが。何がご贔屓に、だっ!」
そういったのはスキンヘッドでガタイのいい冒険者だった。すぐ横には背丈ほどの巨大な斧が立てかけられている。この冒険者の武器だろうか。スキンヘッドの冒険者は空になったジョッキに再度飲み物を注ぐ。
「おいおい。やけ酒はやめろって」
「そうだぞ。それに、一番そのポーションの世話になってんのは誰だよ」
スキンヘッドのいかつい冒険者が怒りをあらわにし、周りはそれをなだめる。
「けどよ。実際ポーションの値段は上がりっきりなんだぜ? 半年前の値段と比べてみろよ。十倍だぞ十倍!」
「十倍!?」
十倍って。どんな高級な薬草を使ってるんだそのポーションは。それがハイポーションとかそれ以上のものであれば効力も相まって値段相当だと思えるけど、聞いていた感じ普通のポーションっぽいし。
思わず反応した私に気づいたのか、スキンヘッドの冒険者がふらふらと近づいてきた。
「何だねーちゃん。ねーちゃんもポーションを買いに来たのか?」
「そうじゃないけど、十倍って聞こえたから驚いちゃって」
「だよなぁ! やっぱりおかしいよなぁ!」
「おいガイーア、絡むなって。すまねぇな、こいつ酔っててさ。これやるから許してくれ。な」
スキンヘッドはガイーアという名前らしい。そのガイーアを引っ張っていったバンダナを頭に巻いた冒険者から渡されたのは、瓶に入ったポーションだった。
「え、いいの? ポーション高いんじゃないの?」
「急に絡んだ迷惑料とでも思ってくれ。それなら邪魔にはならないはずだ。ほら行くぞガイーア。マシューはこいつの斧持ってくれ」
「はいよ。ガイーアの悪酔いにも困ったもんだぜ」
「離せオルテガ! 俺はまだこのねーちゃんに話があるんだよ!」
ガイーアを半ば強引に引きずり出口へと向かう。三人の冒険者はやかましくもギルドを後にした。
「お騒がせして申し訳ありません」
出口の方を見ながら呆けていると、ギルド職員のお姉さんが駆け寄ってきて頭を下げた。
「いいのいいの。ちょっと驚いただけだから」
「ありがとうございます。普段は全く問題のない方たちなんですけど、鬱憤が溜まっているようでして」
「あの。さっきポーションの値段が十倍って聞いたんだけど」
「おそらくはそれも原因かと。それ以外にも……」
神妙な顔で話を進める職員だったが、ふと私の顔を見てハッとする。
「失礼しました。ところで、あなたは冒険者の方ですか? 当ギルドに何かご用事でしょうか」
「ああ、うん。私はランクD冒険者のリタ。海上都市に行く前にここのギルドでクエストを受けて路銀を稼ごうかなって」
「私は当ギルドの職員を務めるレビルと申します。よろしければギルドカードをお見せいただけますか?」
「もちろん。はいこれ」
私はギルドカードをレビルさんに渡した。あれこれ説明するよりもギルドカードを見せた方が色々と手っ取り早い。自身のランク、討伐履歴、初めて登録した冒険者ギルド等様々な情報が載っており、身分を証明するのにこれほど手軽なものはなかったりする。
「拝見します。……ランクは申告通りDですね。あっ、オリジンで登録されたんですね」
「そうなの。オリジンから来たんだ」
「それは遠路はるばる、ようこそおいで下さいました。と言いたいんですけど……」
レビルさんは困った表情でギルドカードを私に返す。
「今この都市に来たのはタイミングが悪かったかも知れません」
「どういうこと?」
「リタさんの目的地はこの先の海上都市リヴァイアなんですよね」
「一応ね。海産物がおいしいっていうから行ってみようかなって」
もちろんそれだけが理由じゃないが、食欲は時に海を渡る。
「実は、今イースターからリヴァイア行の船は一隻も出ていないんです」
「一隻もって……どういうこと? 船ならいっぱいあったけど」
イースターに入ったとき、海沿いの港には大きな貨物船が停泊していた。冒険者ギルドに来る道中にも、波に揺られている船が数多く存在していたのを覚えている。
「船を出してもリヴァイアにはたどり着けないんです。今あの海域にはとんでもない魔物が居座っているんです……」
「とんでもない、魔物……?」
私の問いかけに恐怖で震えながらも、レビルさんは詳細を話してくれた。
「そうです。いるんです。二十本もの手足で海に浮かぶ船をことごとく海中に引きずり込む、恐ろしい海魔が……っ!!」
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