枢機卿の謀
投下します。長かった第四章もこれで最後となります。
「城塞都市の件、どうするおつもりですかな」
聖地アレクサンドリア。数ある聖地の中でも特に秘匿性が高く、聖教会の本部がある場所だ。
その中心に建てられた大聖堂の一室。教皇の間において、咎める意味でそう言葉を放った男がいた。
聖教会内において教皇の次に力を持つ、三人いる枢機卿の一人。シリウス・シルベーヌ。
「どう、とは?」
シリウスの問いに、教皇レティシア・バームロウルは問いで返した。
ヴァレスタの大神官ロズウェル・フォードが魔族とつながっている可能性がある。そのことは以前から報告を受けていた。十分な証拠がなく、普段の振る舞いは聖職者として恥じないものだったので、本部内でも与太話だと一蹴され続けていたのだ。
「ヴァレスタという、聖教会にとって重要な場所を混乱に陥れたロズウェル・フォード。その目的は恐れ多くも聖女様の命。そして聖教会の乗っ取り。これほどまでに凶悪な考えを持つ男に長年あの都市を治めさせていた責任、どう取るおつもりかと聞いているのです」
レティシアはシリウスの言葉を聞いて小さく息を吐く。確かに強硬手段をとればいつでもロズウェルをヴァレスタから追いやることはできた。だが当時のロズウェルへの評価は聖職者として模範的な存在。本部でたびたび上がった疑惑の件も証拠不十分で流されていた。そんな状態で強制的にロズウェルを排除してなどできるはずがない。
そしてなにより率先してロズウェルの無実を主張していたのはシリウスだった。
「あなたは随分とロズウェル・フォードの肩を持っていたと記憶していますが」
「今にして思えば愚かでした。あのような痴れ者の擁護をするなど」
シリウスはわざとらしく首を横に振りため息をつく。
実のところシリウスはロズウェルが魔族と繋がっていることは薄々感づいていた。だがそれを進言しなかったのには訳がある。
「さて教皇猊下。今回のヴァレスタの一件で聖教会内に魔族の手が紛れ込んでいる可能性が出てきました。ヴァレスタには聖女様自らが出向かれましたが、ほかの主要箇所すべてを聖女様だけが回ることは困難かと思われます。これも猊下が本部の神官を外に出さなかったのが原因かと」
シリウスの言う通り、聖女一人で各地にある聖教会の調査をするのは不可能だ。それこそ王国中を年中巡礼しなければ終わらない。その間にどこかで今回のようなことが繰り返される。それだけは避けなくてはならない。
「シルベーヌ枢機卿。回りくどい言い方は止めて、はっきりと言ったらどうかしら」
「これは失礼いたしました猊下。話が長くなるのは私の悪い癖ですね」
シリウスは足を止めレティシアに向き直った。
「あなたには退いていただきたいのですよ。教皇の座からね」
「狂いましたか」
「とんでもない。私は正常ですよ。そのうえでご提示したのです。今回の責任の取り方をね」
「責任は取るつもりです。ですが教皇の座を退けなどと、あなたに言われることでは」
「こちらをご覧ください」
シリウスはレティシアの言葉を遮り巻物を取り出して机に広げる。そこには仰々しい言葉がずらりと並び、シリウスのほかに二名の名前が記載されていた。
巻物には今回のヴァレスタの件が書かれており、その責任を教皇であるレティシアがとる。そしてその取り方とは、教皇の座を降りることだった。
「お分かりですかな猊下。これは我ら枢機卿の総意なのです」
「………………」
枢機卿一人の意見であればこうはならなかった。だがこれは枢機卿全員の意見だ。とても無下にできるものではない。それに枢機卿の一人は知己でもある。その者ですら、この意見に賛同したのだ。
「ああ、あなたがいない間は私たち枢機卿が聖教会を取り仕切りますので。どうかご安心ください」
「そう、ですか。それがあなた方の意思なのですね」
「はい。その通りです猊下」
シリウスが指を鳴らす。すると教皇の間の扉が開き、数名の大神官が入ってきた。
「抵抗はしないのですか?」
「あなたたち三名の決定でしたら仕方ありません。従いましょう」
「賢明なご判断です」
レティシアは大神官たちに魔力封じの枷を両手足につけられ、そして罪人の証でもある首輪をはめられる。その姿から先ほどまでの神々しさは消えていた。
「連れていけ」
シリウスの命令で首輪の鎖を持った大神官が進む。鎖を引っ張られた影響で首が締まり、うめき声を上げながらレティシアはそのあとに続いた。
「そうそう。猊下が治めている冒険者ギルドですが、そちらも我々で運営しますのでどうぞご心配なく」
「シリウス」
教皇の間から出た回廊で、レティシアは横目で見据える。
「その選択に、後悔はありませんね?」
「ええ。ありませんとも」
下卑た笑みを浮かべたシリウス。その問答を最後に扉は閉ざされた。
これにて第四章終了です。
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