教育係と擬態変異
投下します。
豹変したイザークさんは壊れた眼鏡を踏みつけ一歩後ろに下がる。
「まさかこうもたやすく見抜かれるとは。さすが凄女だ」
イザークさんの背中からロズウェルと同じ触手が現れた。その姿はまさしく魔族そのもの。
「貴様らを先に行かせてからヴェルグ卿を始末し、合流したあと隙を突いて聖女を洗脳しようと思っていたが。これで台無しだ」
そしてセリスの抱えていたロズウェルの体が溶け始め、形を保てなくなった液体が地面に水たまりを作る。
「なるほど、擬態変異ってわけね」
「擬態変異?」
「自身の姿を別物にする魔法の一つよ。私たちの油断を誘うためにイザークの姿に変異したのね。そうなんでしょロズウェル!」
イザークさんの体が液体に代わる。どろどろと緑色の液体が体積を増し、そして再び大神官の姿を形どった。
「今までの戦闘も、言動も、行動も、すべてこの時のための布石だったんでしょうけど。残念だったわね」
「そうだな。計画はすでに修復できぬほど軌道を外れている。もはや私が魔王になれる可能性はなしに等しい」
ロズウェルの姿がヴェルグ卿に代わる。
「聖教会を裏切り、魔族に身を堕とし、魔王となるべく暗躍してきたが……ままならないものだな」
「安心しなさい。ゲル状の体を保管できる入れ物があるの。そこで十分悔いてから滅してあげる」
「果たしてできるかな?」
再び姿が変わる。
「私がこの魔法を使わなかったのは、使えば確実に私の存在がばれてしまうからだ。そこにいないはずの人物に変異するのだからな。常駐しているヴェルグ卿は真っ先に怪しむだろう」
純白のローブに身を包んだ小柄な少女が現れた。その声、その顔は、あの地下室で見たものと寸分の違いもない。
「だからこそ今なのだ。混戦が続く今。聖女がこの地にいる今! この姿で語り掛けてやる!! 魔族に屈しよと!! 魔族に平伏せよと!!!」
聖女、アリスティア・ロードベルグの姿に変異したロズウェルは、セリスがあけた下の階に続く大穴に飛び込んだ。
「あいつ、アリスの姿で何するつもり!?」
「私の前で、よりにもよってアリスに変異するなんてね。命知らずにもほどがあるわ」
セリスは倒れているヴェルグ卿に歩み寄り、回復魔法をかけた。
「ごめんなさいヴェルグ卿。できる限りの回復はしたわ。私はロズウェルを追わないと。ロイたちを見かけたらすぐここに行くよう伝える」
「その必要は、ありません。もし彼らを見かけたら魔物の排除を優先させてください。私は自力で脱出します」
ヴェルグ卿が剣を使い立ち上がる。セリスの回復魔法のおかげでだいぶ顔色が良くなっていた。
「リタ・フレイバー。色々すまなかった。この騒動が終わったら改めて謝罪する」
「私はいいよ。その代わり、レクトくんとしっかり向き合ってね」
私への謝罪よりもそっちの方が優先だ。ヴェルグ卿もそのつもりだったのか深く頷いた。
「話は済んだわね。じゃあ行くわよリタ!」
「え? ちょっ、待って! この高さは死―――」
ガシッと私の腕をつかみ、セリスはロズウェルの後を追うべく大穴に飛び込んだ。
大穴から底までの高さは大体十数メートル。いくら身体強化系の魔法を使えるとはいえ、この高さから飛び降りたら無事じゃ済まない。悲鳴を上げつつせめて生存率を少しでも上げようと自身とセリスに身体強化の魔法をかけた。
落ちていくさなか、セリスは私の体を抱きかかえ壁を伝って降りていく。俊敏な動きに舌を噛みそうになったが、歯を食いしばって耐えた。
そして私を抱えたまま、セリスは無事に着地した。
「到着っと。あれ? リタ、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
フラフラになりながらもなんとか自分の足で立つ。
「さすがランクSだね。あの高さから降りても平気だなんて」
「え? ランクSになる前から、これ以上の高さから降りてたわよ?」
「うん?」
「さすがに小さい頃は無傷とはいかなかったけどね。修行中だったし。でも今はもう全然問題ないわ」
「あ、ああ。そう……」
どうやらただ単にセリスの身体能力がおかしいだけだったみたいだ。凄い女、凄女の名を体現している。
「さっ、早くあの偽物をとっ捕まえましょう。中身は違うとはいえ、姿と声はアリスとまったく同じだから放っておけば厄介なことになりかねないわ」
「うん。急ごう」
半壊したヴァレスタ支部のがれきをかき分け、私とセリスはロズウェルの後を追う。
誤字脱字、ご感想などあればよろしくお願いいたします。