教育係とイザーク
投下します。
「さて、と」
拳を握り直し、セリスはロズウェルにゆっくりと向かっていく。
アベルの実力は未知数だ。ランクSのセリスを前にしてあの余裕。倒しきるには相応の覚悟が必要だろう。間違っても私が敵う相手ではない。ロズウェルもアベルを戦力に数えていたようで、確かにあれほどの実力者がいれば、ランクSを前にしても大きく出れる。
だがそのアベルに文字通り見限られた今、ロズウェルにもはや勝ち目はない。
「ここで滅することもできるけど、教皇様から捕まえて来いって指示が出ているの。おとなしくしてね」
「捕まえるだと? 教皇め、どこまでも舐め腐りおって……っ」
「やっぱり、元仲間だから殺しはしない?」
私の問いにセリスは首を横に振る。
「そんな甘い人じゃないわよ。教皇様に引き渡した後こいつがどうなるかは……想像したくないけどね」
前にプレミアから聖教会の教皇はとても優しい人だと聞いたことがある。だが今のセリスの表情を見て、やるときはやる人なんだと認識を改めた。
ロズウェルの触手による抵抗ももはや意味をなさず、セリスに首を掴まれ持ち上げられると、拘束の魔法で手足の自由を奪われる。
「これでクエストはクリアね。リタもお疲れ様。それと、ごめんなさい」
セリスはロズウェルを床に転がし頭を下げる。
「リタに持たせた水晶玉で一部始終を見ていたの。ヴァレスタが腐敗している確たる証拠を見つけたくて。でもあんなことになるだなんて……本当にごめんなさい」
「やめてよセリス。受けたのは私なんだから。そりゃちょっとは大変だったけど、こうしてロズウェルも捕まえることができたし」
「そういってもらえると助かるわ。アリスからも謝罪があると思うから聞いてあげてね。あの子、罪悪感でいっぱいだと思うから」
「優しいんだねアリスは。もちろんセリスもね」
冒険者は危険がつきものだ。クエストを受けて、必ず無事でいられる保証はない。確かに拷問は受けたけど、五体満足で生還した。それに私が拷問にあったことで結果的に力になれたのなら、あの痛みも無駄じゃなかったことになる。
「じゃあ行きましょうか。下にアリスたちもいるし。ロズウェルの受け渡しは聖教会本部から審問官がが来てからにしましょう。あとはヴェルグ卿はどうやって連れて行こうかしら」
「その心配は不要ですよ」
聞き覚えのある声とともにがれきをかき分け現れたのは、長身に眼鏡をかけた聖職者。
「イザークさん! 無事だったんだね」
「ええ。ご心配をおかけしました」
私がヴェルグ卿に連れていかれるとき猛抗議してくれたイザークさん。連行された後姿を見ていなかったけど、無事な姿を見られてほっとした。
「魔物との戦闘が長引いてしまい到着が遅れてしまいました。申し訳ありません」
「そんなのいいって。それよりイザークさん、お願いがあるんだけど」
私はイザークさんに事情を説明し、壁に寄りかかっているヴェルグ卿の元へ急ぐ。セリスのおかげで血は止まっているが傷は完全にふさがっていない。一刻も早い治癒が必要だ。
「ヴェルグ卿」
「イザーク、か。見っともないところを見せてしまったな」
「いえ。私の方こそ配慮が足りませんでした。相手がロズウェル大神官であればあなたが本気を出せないことはわかっていたのに……」
「どういうこと?」
イザークさんの言う通り、ロズウェルと戦っていたヴェルグ卿は本気でない気がしていた。魔物相手に鬼の形相で剣を振るっていた騎士団長としてではなく。戦いの中であって相手を諭すような。
「魔に堕ちたロズウェルを葬る役目は譲れなかったのだ。聖教会に所属する者として……同じ苦楽を共にした友としてな。だが結果このありさまだ」
「ヴェルグ卿とロズウェルが、友?」
「お二人は聖教会の同期なのですよ。ロズウェル大神官は聖職者の、ヴェルグ卿は聖騎士の道を歩まれました。聖教会という一つの組織にある二つの道。お互い違う道を歩むことで、それぞれの道を正しいものにすると誓い合った仲なのです」
「話しすぎだぞイザーク。ゴホッ!」
ヴェルグ卿が咳とともに血を吐く。イザークさんの前だからか気丈にしているがれっきとした重傷者だ。
「とにかく下へ! セリス様、ロズウェル大神官をお願いします。魔人である彼を聖女様の元へ連れていき更なる拘束を。私はヴェルグ卿を担いで後から」
「その必要はないわ」
突如セリスの右拳がイザークさんに振るわれた。とっさにガードするも衝撃は抑えられず、イザークさんは壁に激突する。
「セリス!?」
「ぐっ! セリス様、何をっ!?」
「イザーク、あんた今言ったわよね。魔人である彼を聖女様の元へって」
両こぶしを合わせ、セリスは再び戦闘態勢を取る。
「どうして今ここに来たあんたが、ロズウェルの正体を知っているのかしら?」
ロズウェルが魔人の姿をさらしたのはアベルを除きここにいる三人だけ。それ以外の人が知るわけがない。
イザークさんが眼鏡をはずし床に落とす。そしてぐしゃりと踏みつぶす。
「あーあ。こんなにも早くバレるだなんて。まったくついていない」
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