教育係と覚醒
投下します。
貫通した腹から血が噴き出し、ヴェルグ卿が片膝をつく。
「おや、間に合いましたか」
「貴様がこいつらを連れてこなければもっと安全に覚醒できたのだがな」
ロズウェルの姿はもはや人のそれではなかった。肌の色は黒く背中から触手が生え、瞳は赤く染まっている。そして頭の上には魔力で作られた輪っかが光を放っていた。
「覚醒?」
どうやら本当に時間稼ぎをしていたようだ。魔物を使って街を襲撃し戦力を分散させたのは、自身の力を蓄えるためだったのだ。少しずつ距離を取りつつ、それに気づかれないように会話を続ける。
「てっきり逃げるための時間を稼いでるのかと思ったよ」
「ぬかせ小娘が。ヴェルグ卿ならまだしも、貴様なぞ覚醒する前でも殺せたわ」
「ぬ……っおぉぉおおおおおお!!!!!」
ズバッッ!!! とヴェルグ卿は腹に突き刺さっていた触手を斬る。地面に落ちた触手は動かなくなり、魔力となり四散した。一方でロズウェルと繋がっている触手は斬られた先から瞬時に再生する。
「さすが団長殿。腹に穴が開いた程度では死なんか」
「ロズ……ウェル、貴様ァっ!!」
ヴェルグ卿は怒りをにじませ剣を地面に突き立てる。戦う意思を見せているが立っているのがやっとの傷だ。このまま血を流し続けると出血多量で最悪死ぬ。だが逃げようにも出入り口は後ろのドア一つだけ。ドアに向かう最中で攻撃され二人とも死ぬのが目に見えている。
「私はなヴェルグ卿、あの聖女が、人々に崇められているあの聖女が魔に堕ちるところが見たいのだ。洗脳し、意識を変え、守るべき人々をその手で蹂躙する。なんと素晴らしい光景だろうか」
「そこまで歪んだか。何がそこまで貴公を変えたのだ……っ」
「変えた? ああそうか、そう見えているのか」
ククッ、と薄気味悪い笑みを浮かべたロズウェルは背中の触手を部屋の四方に広げる。触手から目に見えるほど強大な魔力が流れ出していた。おそらく結界か何かを張っているのだろう。どういう効果があるかはわからないが、状況はますます悪化した。
「変わってなどいないよヴェルグ卿。君たち第三騎士団とともに過ごした私も、君と魔物を討伐した私も、そして今の私も。聖教会という組織を乗っ取り、魔族としての地位を上げ、そして魔王へと至る! 目的は初めから何も変わってはいない」
「聖教会を乗っ取る、だと?」
「そうだ。ヴァレスタを支配し、聖女をこの手に収め、教皇を滅ぼす。その功績を手土産とし私は魔王となるのだ」
ロズウェルの背中の触手が伸び、私の首をつかんでそのまま上にあげる。
「がっ! ぐぅぅっ!!」
息が出来ずくぐもった声を出す。触手を引きはがそうと足掻くが締め付けが増すばかりでさらに苦しくなった。
「フレイバー! がふ……っ!」
「無理をしない方がいいヴェルグ卿。君には聖女が堕ちるその時まで生きていてもらわなければな」
だが、とロズウェルはさらに締め付けを強める。
「君は別だよリタ・フレイバー。やはり地下室に連れて行かずに殺すべきだった」
死ぬ。本当に死ぬ。次第に意識が薄れてきた。ロズウェルが何かを言っているが聞き取れない。
「アベルが警戒するよう言ってきたが何のことはない。どこにでもいるただのランクD冒険者だったな。もう用はない。このまま死ね」
「あのーロズウェルさん。水を差すようで悪いんですけど」
「なんだアベル」
「下からなにか来ますね」
意識が切れる寸前、突如床が突き破られ首をつかんでいた触手が外された。地面に放り出された私は何が起きたかわからずせき込みながら辺りを見渡す。
ロズウェルが立っていた真下には大きな穴が開き、ソファーや本棚は半壊している。
「ぐっ、いったい何が起きたというのだ……」
下からの衝撃をまともに受けロズウェルは後方へ吹き飛ばされたようだ。よろよろと立ち上がる彼の前に人影が立ちふさがる。
「待たせたわね、リタ」
長い髪をなびかせ、両こぶしを合わせる聖女の姉。
セリスティア・ロードベルグが床を突き破って現れた。
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