教育係と聖女への賛辞
投下します。
宜しくお願いします。
「これはどういうことだアベル!」
室内に大神官の怒号が響き渡る。アベルが作った異空間はどうやら大神官のいる場所につながっていたみたいだ。向けられた怒りに対し、アベルは両手を軽く上げる。
「だから言ってるじゃないですか。助けてくださいって。運悪くリタさんたちに会ってしまってピンチなんですよ」
「助けだと? 白々しい……っ」
「まあまあ。その代わり、人数はだいぶ割いてきましたから」
アベルのその言葉でふと、ロイとそのほかの騎士たちの姿が見当たらないことに気づく。どうやらここにたどり着けたのはヴェルグ卿と私だけのようだ。
「ロズウェル大神官」
ヴェルグ卿が剣を構え一歩前へ出る。その気迫は魔物を相手にしていた時のそれだ。
「どういうことだ、はこちらのセリフだ」
「ぐっ、ヴェルグ卿……」
「今回の魔物騒動。裏で手を引いていたのは大神官、貴公か?」
ヴェルグ卿の問いにロズウェル大神官は答えない。アベルに至ってはいつの間にかソファーに座り、どこから取り出したのかティーセットを用意しカップに飲み物を注いでいる。
「立ち話もなんですから座られては? ちゃんとお茶菓子も用意していますから」
「敵から出されたものを素直に飲むとでも思っているのか?」
「一応聞いてみただけですよ。聖騎士様は頭が固くていけません。もっと柔軟に対応しないと。リタさんは飲んでくれますよね?」
「私もいい。いらない」
「そんな!? この前は喜んで飲んでくれたじゃありませんか……」
ヴェルグ卿の鋭い視線が私に向けられる。違うんです、無理やりだったんです。信じてください。
アベルはがっかりした様子で用意したカップを異空間にしまい込み、うなだれながらソファーから立ち上がるとロズウェルの横に着く。わざとらしく大きなため息を吐き、場を切り替えるために咳払いをした。
「さて。あなた方をわざわざここにお通ししたのは、ロズウェルさんが心配していたからです」
「心配、だと?」
「はい。聖教会聖騎士団団長の一人であり、ヴァレスタを守護するアルフォード・ヴェルグ。ランクDでありながらもあの幻惑のアンドラスと対峙し生き残った冒険者、リタ・フレイバー。この二人をどうやって始末したらいいか、とね」
「え?」
「なっ!?」
いつの間にかアベルはヴェルグ卿の懐まで接近していた。とっさに剣を振るも先にアベルの杖がヴェルグ卿の腹を突く。杖の先から光が放たれ、そのままヴェルグ卿を壁まで吹っ飛ばした。
「ヴェルグ卿!」
「問題ない。不意を突かれただけだ」
ヴェルグはそう言って立ち上がり剣を構える。攻撃を受けた部分は焼け焦げ腹部があらわになっていた。あの鎧を貫通する衝撃波を受けたのだ、問題ないわけがない。
アベルはやれやれと大げさに首を振り、杖を手元で回しながらロズウェルの元へ再び戻った。
「ヴェルグ卿の頑丈さには参りますねぇ。今のは体を貫通するほどの威力だったんですけど」
「だとしたら……大したことはないな。昔戦った魔獣の方が強かったぞ」
「それは困りました。どうしましょうロズウェルさん」
言葉とは裏腹にアベルは楽しんでいる。おそらく今の攻撃は全力ではないのだろう。つまりアベルは遊んでいるのだ。ヴェルグ卿でも気づけないほどの速さで近づける実力を持ちながら、私たちを殺そうとはしてこない。
「アベル。あんたの目的は何? アンドラスの時といい、今回といい、何を企んでいるの?」
「企むだなんてそんな物騒な。ボクはただ魔人の皆さんのお手伝いをしているだけですよ」
「お手伝い?」
「おっと。これ以上は教えられません。企業秘密ですので」
人差し指を立てて口元に持っていくしぐさに、私はこれ以上追及しても無駄だと察した。
「アベル、貴様……私の計画を邪魔する気か?」
「邪魔だなんてとんでもない。聖女をどうにかするという点ではボクとロズウェルさんの利害は一致しているんですから」
「聖女?」
「何の話だ」
「アリスティア・ロードベルグ。彼女は清廉潔白だ」
ロズウェルは椅子から立ち上がりゆっくりとこちらに向かってきた。
「常に人々のことを考え行動し、慈愛に満ちた振る舞いはまさに聖女の名を有するにふさわしい」
ロズウェルの演説は続く。
「聖教会内部では、次期教皇は彼女だという声も出てきている。特に騎士団を中心にな」
「そういった声が騎士団内で出ているのは事実だ。だが担ぎ上げようなどとは思っていない。聖女様の行動がそう思わせるのだ」
「ヴェルグ卿。私は別に騎士団に何か言いたいわけではない。ただアリスティア様は人々の希望だと。人類の光だと。それを言いたかったのだよ」
「ロズウェル……大神官」
剣を握った手がわずかに下がる。
そして、
「それでなヴェルグ卿、思ったんだが」
ドシュッッ!!!!
鈍い音が室内に響く。音のした方を見ると、ロズウェルの背中から生えた四本の触手の一本がヴェルグ卿の腹を貫通していた。
「そんな聖女が魔族に堕ちたら、人の世はどうなると思うかね」
聖女への賛辞を語っていた大神官はもういない。薄ら笑いを浮かべた魔族が、残りの触手で襲い掛かってきた。
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