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夜と夢の狭間で

 酔い潰れて酒場を出たイドラは、裏通りの片隅でいつの間にか眠りこんでいた。身体を巡る酒気が、彼女を心地よい微睡みへといざなう。


「……に入っているな。ずれた時に、命の……」

 誰かが話している。眠りの世界に入ったままの頭で、イドラはそれを聞いていた。


 ──ああ、(うるさ)い。

 どうして邪魔をするのだろう。夢の世界は兄に会える唯一の時間だというのに。もはや面影としてしか存在しない兄に会えるのは、夢の神がもたらす気紛れな夢の中だけなのに。


「……うん、わかって……」


 だが、幸せな幻は長くは続かない。夢はいつも同じ場面で終わるのだ。

 兄が死ぬ、その瞬間で。


 イドラは彼の死を直接目にしたわけではない。それなのに、夢は繰り返し繰り返し、兄の死を彼女に見せつける。実際には見ていないその光景は歳月を経るうちに、いつしかイドラの記憶に真実のように焼き付いていた。


 イドラの内に、急速に現実の感覚が戻ってくる。薄く開けた瞼の隙間に、ほのかな光が入り込む。


 話し声はまだ続いていた。眠っている間は間近で言葉が交わされているように感じたのだが、声は思っていたよりも遠い。


「……の右の壁から、頭一つ分離れたところでいいんだよね」


 おそらくは声変わり前の、少し高い少年の声。直後に響いた軽い足音は、彼が走り去る音だろうか。

 それに続くようにして少年とは別の、暗い声音が響く。


「……あの男の息子に、万が一という言葉があてはまるはずもないか」


 ──なにを、言っているのだろう。

 わざわざ身体を起こす気にはなれず、首だけを巡らせて、視線を声のする方へと向ける。月明かりの下、黒い影が壁に寄り掛かっているのがぼんやりと見えた。


 夜に溶け込むような黒い装束に身を包んだ男だ。身じろぎひとつせず佇む様は、どこか生きていないもののようにすら見えた。口から漏れる白い息の帯が見えなければ、死体か彫像と間違えてもおかしくはないだろう。あるいは影に潜む亡霊だろうか。


 癖の無い赤毛、情を感じさせない蒼い瞳。暗闇の中だというのに、男の纏うその色は明瞭にイドラの目を射抜く。


 あれは誰だろう。誰、だったろう。あまり働かない頭で考える。記憶をかすめる何かがあったような気もしたが、すぐにその思考を放り出す。どこかの賞金首か、それとも賞金稼ぎか、あるいは傭兵か。いずれにしろ知らない顔だ。


 やがて男は、黒い布で顔を覆うと、傍らに立てかけてあった槍を掴む。

 そして、音もなく闇に消えた。

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