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騎士団

「街の見回り……、ですか」


 明らかに気乗りしない様子で、ロイズは告げられた言葉を繰り返した。

 ロイズの属する銀狼騎士団、その団長ヴァストークの執務室でのことである。


 ヴァストークは三十代半ば、ハーフエルフであるから実際のところは外見の倍ほどの年齢になる。厳めしい顔つきだが、人望は篤く、部下を鍛えることに躊躇いがない。口数は少なく、真面目で誠実。低い声は甘く腰に響くと、男女の別なく評判が高い。現に、男の色気について若い騎士たちが熱く語っているのをロイズも何度か耳にしている。アルトリウス家の次男で、女性からの人気は若い頃から未だに衰えることがないが、当の本人は常に鍛錬に精を出しているため独身だ。


「城の警備を強化しろってならともかく、街の警備は衛士の仕事でしょう。なんでこっちにまでお鉢が回ってくるんです。体よく押しつけられてませんか」


 上級騎士とはいえ一介の騎士にすぎないロイズが砕けた口を利けるのも、形よりも実益を取るヴァストークの性格ゆえだった。気さくというのとは少し違うが、彼が礼儀についてやかましく言うことはない。


「愚痴を言いたいのはわかるが、衛士だけでは手に負えないとのことでな。騎士団からも人を出すことになった。暇な連中は全員だ、諦めろ」

 対するヴァストオークは、仕方がないだろう、といった口調である。


 二人が話題にしているのは、王都(ギエフ)で起きている事件のことだ。秋の終わりに始まった、無差別ともいえる連続殺人の被害者はすでに数十人に及ぶ。犯罪の取り締まりは衛士の役目だが、一向に解決の気配を見せない。そこで、騎士団の協力が求められているのだ。


「騒ぎにつられてか、街に物騒な連中が入ってきているとの報告もある」

「それこそ衛士の仕事でしょう。知りませんよ」

 ロイズの不満げな声に、ヴァストークはただ肩をすくめた。


「俺たちまで駆り出されるとなると、城の警備が手薄になるのでは。街中に我々を引きつけておいて、その実狙いは王の首だったらどうするんですか」

「それについては問題ない。深狼の連中がいるだろう」


 深狼騎士団は王の近衛だ。王家を──つまりはツァイスタールの血筋の守護を司る。常に王を守護する彼らがいる限り、城が手薄になることはないだろう。ロイズの指摘をあっさりと受け流し、けれどヴァストークはふと声をひそめた。


「……お前、賊の狙いが王の命だと、本当に思っているのか?」

「さあ、そこまで手の込んだことをする奴がいるとも思えませんが……」


 ないだろう。少し考え、ロイズはかぶりを振った。

「意味がない。王を弑したところで王位争いは起こりませんよ、この国では」


 ハーフエルフの家を継ぐのはハーフエルフに限られる。それはツァイスタール王家であっても例外ではない。ハーフエルフであること、それが家督を継ぐ絶対の条件だ。

 そして、ハーフエルフからハーフエルフの子は生まれない。だからこそ、どの家も血統の維持には気を遣い、婚姻の計画を立てるのだ。大抵は早いうちに、一族内のもっとも優秀な子供を後継者として指名するという形を取るが、その仕組みが後継者争いを起こりにくくしているともいえる。実際、王位を巡っての変事など、セーヴェル建国以来、一度しか起きてはいない。


 記憶の棚をさらい、ロイズは学んだ知識を引っ張りだす。


 およそ百年ほど前のことだ。知勇ともに卓越した双子の兄弟がいた。どちらが王になっても優れた王になるだろうと言われていたが、王太子の擁立にあたって双方が譲らず、それぞれの主張にそれぞれの後ろ盾がつき、支持者を巻き込んでの大規模な戦いとなったのだ。

 セーヴェルの歴史の中でも最も愚かな出来事として記憶されており、教訓ともなっている。結果として双方ともに馘首となり、家も取り潰された。その後、王位に就いたのが現在のツァイスタール家だ。


「まあ、ハーフエルフ以外も重用すべきだという声は根強くあるようですが」

「それは事件とは関係ないだろうな」

「ですね」


「だがまあ、最悪には備えるべきだろう」

 室内に、ヴァストークの声が重く響く。


 彼の言う〝最悪〟とは、どこまでを指しているのだろう。

 ちらりとそんな考えが浮かんだが、特に言うべきことでもないのでロイズは口を噤んだ。


 もうひとつ、思いついたが口にはしなかったことがある。


 百年前といえば、人間であればとうに死んでいるほどの昔だ。だがエルフやハーフエルフにとっては、さほど長い年月ではない。当時の関係者が現在も生き残っている可能性は十分にある。だとすれば、彼らはその怨みを忘れていないのではないか。その可能性に思い至ったのだ。


 あるいはこの国の底には、ロイズの知らない事実が眠っているのかもしれない。

 ──さすがに考えすぎか。

 事件のせいで、疑い深くなっているのだろう。内心で苦笑しつつ、ロイズは部屋を辞した。

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