死者と亡霊
「随分と浮かれているようですけれど、なにか良いことでもありましたの?」
アルシデッダは寝台から身を起こすと、傍らで身繕いをしている男に視線を向けた。
「……わかるか?」
男は襟元の釦を留めながら、そう答えを返す。
彼──レナートは、セーヴェル建国時から続くアスモルフ家の当主で、アルシデッダの現在のパトロンだ。周囲からの評判は、野心家、というところだろうか。無論、その評価に見合うだけの能力を持っている。羽振りがよく、男ぶりもなかなかだ。
「わからないと思いましたの? 鼻歌でも歌い出しそうな浮かれ具合でしてよ」
「そこまで酷くはないだろう」
小さく笑うと、レナートはあえて言葉を選ぶように、意味の取りにくいことを口にした。
「……たとえば、死んだはずの者が目の前に現れたとしたら、面白いとは思わないか?」
誰のことを言っているのだろう。殺されたエインズレイ卿やヴィセント卿だろうか。なんとなく、そのどちらでもないだろうと思いながら、アルシデッダは浮かんだ言葉を唇に乗せる。
「そうですわね、死んでしまった恋人が生き返ったというのであれば、嬉しいのでしょうけれど」
「ほう、そのような付き合いの者がいたのか」
少し意外そうに、レナートが片眉を上げる。
「あら、もしかして妬いていますの?」
声にからかいの色を滲ませて、アルシデッダは上目遣いに問う。瑠璃を思わせる青紫の瞳が愉しげにきらめいた。
「安心なさって。いま愛しているのは貴方だけですから」
「……見え透いたことを」
「悪い気はしないでしょう?」
くすくすと笑うアルシデッダに、レナートは曖昧な笑みを返す。
「それで、先程のお話はなんでしたの? 死者が生き返るとか、妙なことをおっしゃっていましたけど」
「死んだ人間が生き返ることはないさ」
アルシデッダが話を戻すと、どれだけ話していいものか、そんな表情でレナートは顎をさすり、やがて口を開いた。
「そうだな……、二十七年目の亡霊、とでもいったところか……」
そう口にしたところで何かを思いついたのか、レナートは言葉を切り、言い直す。
「……いや、悪霊かな」
その語尾に、小さな笑いが重なった。
「まるで、謎かけですわね」
「まあ、いずれわかる時が来るさ。お前にもな」
「どうせ教えてくださる気なんてないのでしょうけど、あまり期待しないで待っていますわ」
アルシデッダが言うと、レナートは小さく肩を竦め、この話は終わりだとばかりに背を向けた。
「しばらく城に滞在する。あまり構ってやれないが、好きに過ごすといい」
言いつつ、懐から小さな箱を取り出して机の上に置く。そしてレナートは部屋を後にした。
「本当に、随分と楽しそうですこと。……なにを企んでいらっしゃるのかしら」
彼の去った扉を見つめながらアルシデッダは呟き、レナートが置いていった小箱を手の中で転がした。
「あら、紅玉の耳飾り。あの人、以前にねだったのを覚えていたのね」