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王城にて

 城では常に様々な噂が飛び交っている。その内容は、各地の収穫の状況や辺境での魔獣の被害といった実際的なものから、どこそこの令嬢が誰と恋仲だというものまで、実に多岐に渡る。人が集まれば噂も集まるというのは、どの時代、どの国であっても変わらないのだろう。


 現在のシファリスはまさに、そんな噂の渦中にあった。


 巷を騒がせる殺人事件、その被害者のひとりがヴィセント家の当主──つまり、彼の父親だったのだ。


 シファリスを知る文官や女官、城勤めの者たちが、すれ違うたびちらちらと視線を向けてくる。好奇と憐れみの入り交じった目だ。嫌でも注目されているのがわかる。


 視線の多さと交わされる囁き声にうんざりしながら、顔がよくてよかった、と半ば投げやりな気分でシファリスは思う。エルフやハーフエルフと比べても遜色ない容姿のおかげで、昔から注目されるのには慣れていた。とはいえ、向けられる視線の意味はだいぶ違っていたが。


「犯人の心当たり、ねえ……」

 衛士長との会話を思い出しながら、シファリスはつぶやいた。


 そんなものがあれば、とっくに犯人は捕まっているだろう。

 そもそも父の交友関係など、シファリスはほとんど知らないのだ。城での地位はそれなりだったのだろうが、数日前に殺されたエインズレイ卿と違って、これといった要職に就いていたわけでもない。だからこそ。


「そこまでの恨みを買うようなことはないと思うんだけどなあ……」


 考えたところでわかるはずもない。知らないものは知らないのだ。

 上流階級の礼儀作法、さまざまな役職や家系が担っている役割、一部の重要人物が持っている奇癖。そういったものは教養の一環として教えられていたが、それだけだ。シファリスが政治の表舞台に出ることはない。彼はヴィセント家の長子ではあるが、継嗣ではないのだ。もう少し(まつりごと)にも興味を持っておけばよかったと思うが、今となってはもう遅い。


 噂のなかには、シファリス自身を疑うものもあった。彼は家を継ぐ立場ではなかったから、それを恨んで凶行に及んだのだろうと。馬鹿げた話だ。殺された者は他にも大勢いるというのに。


「だいたい、親父殿を殺したところで俺が家を継ぐことにはならんだろうが」


 セーヴェルには、大陸諸国に聞こえるある呼び名がある。

 すなわち、ハーフエルフの国。

 この国では、なによりハーフエルフが尊ばれるのだ。


 森の妖精族であるエルフと人間との間に生まれた子供。二つの種族の血を引く彼らは、人間とエルフ、いずれの社会にも馴染めず、どちらからも疎まれることが多い。迫害されていたハーフエルフたちが集まり興したのが、この国(セーヴェル)の始まりだという。

 ゆえに、この国ではハーフエルフがもっとも尊ばれるのだ。


 それはセーヴェルのあらゆるに制度に表れている。貴族の家の当主となるのはハーフエルフに限られているし、重要な役職のほとんどはハーフエルフが占めている。例外はシファリスの知る限り、わずかに二人だ。


 そして、ヴィセント家もまたハーフエルフの家系だ。人間である彼が当主となることはない。

 そんなことはシファリス自身、とっくに理解していた。


 かといって、シファリスが冷遇されていたわけではない。ハーフエルフからハーフエルフの子は生まれない。ヴィセント家の血を次代へとつなげるのがシファリスの役目であり、その意味ではシファリスの代わりはいない。家を継ぐのは彼の子供となる。それはヴィセント家だけでなく、どの家であっても変わらないことだ。


 父とも悪い関係ではなかった。特に家にしばられることなく、好きにさせてもらっている。放蕩息子とはいかないまでもときおり羽目を外しすぎている自覚はあったから、内心ではそんな息子を苦々しく思っていたかもしれない。

 だがそれに関して小言を食うこともなかったし、表立っていがみあうこともなかった。他家の親子事情は知らないが、うまくやっていたのではないか。少なくともシファリスはそう思っている。


 父の顔を思い浮かべた。ハーフエルフである彼は、外見は人間でいえば三十半ばほど、シファリスと並ぶと親子というより年の離れた兄弟のようだった。今はまだシファリスのほうが若く見えるが、やがては追い越していただろう。生きていたならば。


 誰が父を殺したのだろう。なぜ。


 たまたま犯人の目に留まり、標的となってしまったのか。それとも初めから父を狙ったのだろうか。後者だとすれば、次にシファリスが狙われる可能性もないとは言えない。


「護衛とか、俺もつけたほうがいいのかなあ。でもエインズレイ卿は、護衛ごと皆殺しだしなあ……」

 護衛が一人や二人いたところで、どれほど役に立つだろうか。

 つらつらと考えながら、足を動かす。


「すっかり注目の的ですわね、シファリス様」


 中庭を囲む回廊に差しかかったところでそう声をかけられ、シファリスは歩みを止めた。

 声の主へと視線を巡らせれば、鮮やかな金髪が目に広がる。中庭の手摺に腰掛けたハーフエルフの娘が、シファリスを見つめていた。


 丁寧に巻かれた艶やかな金髪に、長い睫毛に縁取られた青紫の瞳。大きく開いた胸元からは深い谷間がくっきりと見え、腰は折れそうなほど細い。男ならば誰もが視線を奪われるだろう。


 ──彼女は確か、アスモルフ卿の。


 愛人、という言葉を呑み込んで、シファリスは笑みを浮かべた。宴の場ならばともかく、城にまで連れ込んで何を考えているのだろうか。表情に感情が滲んでしまうのを堪え、あまり評判の良くない貴族の顔を脳裏に描く。

 野心家、切れ者、人によってアスモルフの評価は様々だが、どうやら女性の好みは合いそうにない。自分ならば遊び相手であっても、もう少し奥ゆかしいほうがいい。そんなことを考えながら、当たり障りのない挨拶を交わす。


「これはアルシデッダ嬢、ごきげんよう。今日はアスモルフ卿はご一緒ではないのですか?」

「さあ、どこで何をしていらっしゃるのか。おかげでわたしはこうして、暇を持て余していますの」

 ほう、とわざとらしい溜息をついて、アルシデッダが目を伏せる。

「シファリス様こそ、城にいらっしゃるなんてめずらしいのでなくて?」

「父のことで、色々と片づけねばならない雑事がありましてね」

 ああ、とアルシデッダはうなずいた。

「ヴィセント卿は残念でしたわね。あの方とは以前、少しの間ですけれど、親しくさせていただきましたのよ。とても良い方でしたのに。早く下手人が捕まるとよいのですけど」

「ええ、私もそう願っていますよ」


 ──親しく?

 アルシデッダの言葉にふとした疑問を抱きながらも、シファリスは笑顔でそう応じた。

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