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 街のにぎわいは常と変わらなかった。


 大陸北部に位置するセーヴェル国、その王都ギエフ。

 露店で買った木の器入りのスープを手に広場を見回し、リッガはふうと息を吐いた。歳の頃は十五かそこら、セーヴェルには珍しくないハーフエルフの少年である。

 秋の終わり、吹きつける風はすでに肌を刺す冷たさをはらんでいる。冬の到来はもう間もない。じきに雪が降り始めるだろう。感じた肌寒さに思わず身震いすれば、手の中の器から仄かな温もりが伝わってくる。


 リッガがいるのは、街の中心部にある広場のひとつだった。九日に一度の市が立つ日とあって、昼下がりの今時分、広場は露店商や買い物客でごった返している。

 牽いてきた荷車の向こうに立ち、穀物や旬の果物を売る農夫。露店では美しい布地に女たちが目を輝かせ、大道芸人を囲む人々からは拍手喝采が上がる。どこもかしこも鮮やかに賑わい、笑いさざめいている。いつもと変わらぬ日常の光景だ。


 それでも、行き交う人々の話に耳を傾ければ、聞こえてくるのは巷を騒がせる〝事件〟のものが大半を占めていた。昨夜も犠牲者が出たとあって、声高に、あるいはひそひそと囁き交わす声があちらこちらから聞こえてくる。


「……また殺されたんだってね、例のあれに」

「ああ、今度は貴族様だってさ」

「これで何人目だ?」


 三十四人だ。そのうち、昨夜殺されたのが十一人。貴族とその従者、そして護衛たち。

 リッガは声には出さずつぶやいた。つい先刻、盗賊ギルドで仕入れたばかりの情報だ。正確さは疑うべくもない。


 ──それにしても、一晩で十一人か。


 心のうちで反芻した数字に、あらためて多いなと感じた。一度にこれほどの犠牲者が出たのは昨夜が初めてだ。今までは一晩にひとりか、せいぜいが数人だったのだから。


 街を騒がす殺人鬼──その凶行が始まったのは、およそひと月前のことだ。最初に殺されたのは職人通りに住む木工細工師だった。その次は、巡警中の衛士が二人。そして、それを皮切りに、このひと月の間にすでに両の手足の指を遙かに超える人数が殺されている。老若男女、一切の区別を問わず。

 犯人の正体は未だ掴めず、手がかりさえもないという。


昨夜(ゆうべ)は何人も殺されたんだろ。あたりは血の海だったって」

「早く捕まってほしいもんだよ」

「まったく、衛士は何をやってるんだか……」

「……魔王の、呪いだって話もあるじゃないか。ほら、神殿の……」


 リッガが考えを巡らせている間も話は続いている。そのほとんどはリッガにとって既知のもの、あるいは噂話の域を出ないものだ。話題が殺人鬼から隣家の娘が先月産んだ子供へと移ったところで、リッガは意識を向ける対象を他へと切り替えた。


 ──特にめぼしい情報はないか。


 それからもしばらく周囲の噂話に耳を傾けていたが、ギルドで仕入れた以上のものはなさそうだった。あるいは犯人につながる噂のひとつでも聞ければと思ったが、そもそも簡単に人の口に上るような輩であれば、とっくに御用となっているのだろう。


 ──まあ、ギルドでも何も掴めてないもんなあ……。


 盗賊ギルドの情報網にさえ何もかからないのだから、そう易々と手がかりが見つかるはずもないだろう。


 ──なんにしろ、王都(ここ)も物騒になったもんだ。


 空になった器を露店の主人に返すと、リッガはそのまま雑踏のなかへと姿を消した。行きがけの駄賃とばかりに、すれ違った人々の懐からいくつかの財布を抜き取りながら。

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