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Gratify Sword 《グラティファイソード》  作者: 冬待丸
第二章 冬のはじまり
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言葉のわからない少年 2

 デライラが発動のための(コマンドワード)を唱えると、指輪に篭められた魔力が発動する。見た目の変化はないが、魔力探知の魔法を使えば、指輪が鮮やかな魔力の輝きに包まれているのが分かるだろう。魔法が発動するのに十分な間を置いて、デライラは口を開いた。


『私はデライラと言います、あなたのお名前は?』

 デライラが話しかけると、寝台に身を起こした少年は小さく顔を傾け、どこかほっとしたような表情を浮かべた。ようやく言葉が通じて安心したのだろう。


『キトリ』


 会話には問題はないようだ。デライラは傍らで見守るルムティエに頷いてみせた。室内にはデライラとルムティエの他に、シセラの姿がある。キトリの言葉を理解しているのは指輪を持つデライラだけだ。


『……ここは、神殿ですか?』

『ええ、ソラグ神殿の治療院です。昨夜のことは覚えていますか? きみは例の殺人鬼に斬られて、ここに運び込まれたんです』

『斬られた……』

 デライラの言葉に、キトリは不思議そうに身体を見下ろす。


『傷はもうありませんよ。ただ、傷口を塞いだだけなので、あまり動かさないようにとのことです』

 デライラが言うそばから、キトリは身体の具合を確かめるように上半身を捻り、痛みに顔をしかめる。デライラは思わず唇をほころばせた。

『だから、あまり動かないようにと言ったでしょう?』


 表面的には傷も癒えているからか、キトリは襲われたことについてはあまり引きずっていないようだ。随分肝が据わっているなと感心すると同時に、デライラは安心する。もしかすると、それほどはっきりとは覚えていないのかもしれない。


『どこの言葉なら話せますか?』

『西方語だったら喋れます。あと、アグダラ語も少しなら……』

『どうして言葉も話せない国に来たんです?』

『セーヴェルには父さんの仕事で来てるんです。でも色々と忙しいから、仕事が終わるまでギエフで待ってるようにって言われて』


 それからしばらくは、キトリの身の上に話が及ぶ。彼の説明によれば、父親は商人ということだった。もっとも、キトリの話を聞いている限り、旅商人というより冒険商人に近いかもしれない。


『でも、言葉がわからない場所にひとりで残していくなんて』

『父さんがどこかに行くのはいつものことだから。今回みたいに隊商全員で出払うようなことは滅多にないんだけど』

『言葉が通じないと大変じゃないですか?』

『うーん……、そうでもないかな。全然言葉が通じないってわけでもないし、愛想良く笑ってると大抵誰かが手を貸してくれるから』


 逞しいことをあっけらかんと口にしつつ、キトリは笑う。


 西方語はその名の通り、西方諸国を中心に使用されている言語だ。そこから派生したいくつもの方言を含めれば、大陸で最も使われている言葉と言ってもいい。セーヴェルを含む大陸北部ではなじみが薄いが、デライラが想像するほどには不自由はないのかもしれない。


『どうして夜に一人で出歩いていたんです? 危ないのに。事件のことは知らなかったんですか?』

『えっと……』

 デライラの問いに、キトリは困ったように頬を掻いた。


『殺人鬼が出るから夜は出歩かないほうがいいって話は聞いてたんだけど、街をあちこち見てたら、つい宿に戻るのが遅くなっちゃって。途中で道にも迷ったし……』


 説明の途中でキトリは、そうだ、と顔を上げた。


『ほんとは神殿にも行きたかったんだけど、遅くなったからやめちゃったんだ。あの魔剣って神殿(ここ)にあるんだよね。まだ見られる?』

『礼拝所にありますよ。誰でも自由に出入りできますから、あとで見に行きましょうか』

『やった!』

 喜ぶキトリの様子に笑みをこぼしながら、デライラは話を戻す。


『ところで、君に斬りつけた男の顔は覚えていますか?』

 その問いにキトリは首を傾げ、考え込むような表情を見せた。

『髪は紅くて、目は……暗かったのではっきりとは。肌はちょっと浅黒くて、冷たい感じの人だった……、かな』


 キトリが挙げた男の特徴は、外見を示すものとしては申し分ない。あの一瞬で、よく観察しているとデライラは素直に感心する。もし自分だったら、おそらく男の顔などまともに見ていないだろう。

 とはいえ、赤毛の男というだけでは広い王都ギエフから人ひとりを探し出すなど不可能だ。


『種族は?』

『……種族?』

『人間か、ハーフエルフか、それともエルフか』

 そう訊かれ、キトリは一瞬きょとんとしてから、何かに気がついたというようにデライラを、それからシセラを見る。


『どうかしましたか?』

『あ、ええと……本当に、ハーフエルフやエルフの人が多いんだなって』

『ここはハーフエルフの国ですから』

『そっか』


 キトリは感心したように頷くと、記憶を辿るように目を細め、悩みつつ口を開いた。

『種族……は、よく覚えてないや。人間……だったと思うけど』


『もう一度、顔を見ればわかりますか?』

 その質問に対する答えは、笑顔で返って来た。

『顔は覚えてるから、もう一度会えば』

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